ここ嬬恋村は一年を通して冷涼な気候が特徴ですが、夏が涼しくて過ごしやすいぶん、紅葉が落ち始める今時分から始まる冬の寒さはとても厳しいです。比較的早く溶けるとは言っても、しっかりと積もる雪とマイナス15度の氷点下の世界です。暖房はしっかり効いていますが、湿気のなさは如何ともしがたく、30数パーセントの湿度では肌ものどもからからです。そんな日々が11月〜4月後半の半年間続きます。
乾燥した長い冬の部屋に閉じこもるしかない日には、温かい料理を用意しながらキッチンの火口の前にへばりついていたいものです。今回はそんな日に作る煮込み料理の話を。
出汁をとる、煮込むという作業は子育てに似ていると、尊敬する偉大なシェフが著作で著していましたが、煮込み料理はまさにそんな作業です。難しいテクニックはいらないのですが、愛情と根気のある作業が必要です。
煮込み料理というものは、ぼこぼこと沸き立ってもダメですが、沸かない状態もダメで、ちょうど良い火加減を維持しながら、少しずつ出てくるよくない成分、つまりアクや不必要な油分だけを取り除きながら見守り、煮詰まったら水分を足し、火が弱ければ強め、必要な調味料を足し、ちょうど良い、ぴったりの火加減を長く維持しながら、その素材に応じた加熱時間を守って、優しく作っていくのが最大のコツでしょうか。そうすれば素材は自らの持ち味を少しずつ出して、その美味しさを充分に発揮してくれます。火をひたすら強めても、また弱すぎても、本来持っている味が出てこないものなのです。
僕も修行時代には出勤してすぐ出汁の当番から始め、アクのすくい方や、脂のとり方、火加減の調節の仕方などを先輩諸兄にみっちりと厳しく仕込まれたものです。煮込み料理には根気がいると知ったのもこの頃だったでしょうか。
フランスで長く愛される煮込み料理はたくさんありますが、代表的なものだと赤ワイン煮込みが挙げられます。焼いて食べるには堅い肉を野菜と共に赤ワインだけでしっかりと煮込んで肉を柔らかくし、うま味を引き出した煮汁から作ったソースと共に食べる料理ですが、これが寒い冬にはぴったりの料理です。
寒い部屋の中で一点だけの暖かい場所、それが台所の火口の前です。ここに立ち、肉を切ったり、野菜を切ったりして煮込みの準備をし、たっぷりの赤ワインで煮込み始め、部屋中にぶどう酒の香りが充満すると、これから始まる楽しい食事への期待感を高めてくれるようです。付け合せのじゃが芋や青味の野菜を切ったりゆでたりしているうちに、蒸発した水分で部屋の湿度も上がり、快適になってくるのです。もちろんこんな日は換気扇をオフにして、窓の内側に付く水滴が下に流れていく様子を楽しみながら料理を仕上げます。
鶏肉と言えば、バターライスを添えたクリーム煮込みも選択の余地としては捨てがたく、ゆっくりブイヨンと野菜で煮込んだ鶏肉を少量のクリームで仕上げたとろりとした料理です。バターを入れて炊いた米との相性がよく、これも寒い日にはぴったりです。鶏と言えば、トマト煮込みも忘れられません。白ワイン、玉葱、ニンニク、パプリカと共に煮込むこの料理も部屋中にトマトの香りが広がり食欲が沸き立ちます。
フランスで煮込み料理の原点と言えば、いわゆるおふくろの味わいで、地方によっても、家庭によっても変わりますが、その地のもので作るのが通常です。地産品どうしだと安く上がりますし、味わいの相性もばっちりです。ワインの生産地ならワインで、クリームの生産地ならクリームで、シードルの生産地なら…と言う風に、その地方特産の酒類や製品で作ります。家庭によっても、それぞれのレシピの煮込み料理があるものです。
やはり僕も寒いときは煮込み料理で食事を楽しみます。ここ嬬恋で僕が作る冬の煮込みといえば、こっくり甘く煮込んだ豚角煮と炊き立ての白い御飯は日本の冬を感じさせてものすごく大好きな料理ですが、ことフランスの煮込みで今日は楽しみたい!となるとやっぱり鶏肉の煮込みが多いでしょうか。日々妻と晩酌に赤ワインをよく飲みますが、二人で1本空けてしまう日が多いわけではありません。どうしても余ってしまう赤ワインをためて置き、一定の量がたまれば赤ワイン煮込みの日です。クリームがあればクリーム煮込みの日。トマトがあれば…
鶏肉を焼いて、煮込んで、ソースを漉して。そんな煮込み料理の楽しみはやはりあふれ出る湯気と香り。ことこと重いなべでゆっくりと煮込んでいきますが、重いふたが蒸気に押されてあがってくると、長い冬もこれで越えられる、などと思うわけです。
寄稿 原田 理 フランス料理シェフ ( ホテル軽井沢1130 )
■「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507250515326 ■「嬬恋村のフランス料理」2 思い出のキャベツ料理 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507282121382 ■「嬬恋村のフランス料理」3 ぼくが嬬恋に来た理由 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508021120200 ■「嬬恋村のフランス料理」4 ほのぼのローストチキン 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508131026364 ■「嬬恋村のフランス料理」5 衝撃的なフォワグラ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508272156474 ■「嬬恋村のフランス料理」6 デザートの喜び 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509051733346 ■嬬恋村のフランス料理7 無限の可能性をもつパスタ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509112251105 ■嬬恋村のフランス料理8 深まる秋と美味しいナス 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509202123420 ■「嬬恋村のフランス料理」9 煮込み料理で乗り越える嬬恋の長い冬 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201510212109123 ■「嬬恋村のフランス料理」10 冬のおもいで 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511040056243 ■「嬬恋村のフランス料理」11 我らのサンドイッチ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511271650435 ■「嬬恋村のフランス料理」12 〜真冬のスープ〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201601222232375 ■「嬬恋村のフランス料理」13 〜高級レストランへの夢〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603031409404 ■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603172259524 ■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604300026316 ■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201607061239203 ■「嬬恋村のフランス料理」17 〜会食の楽しみ〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201609142355513
■「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611231309133
■「嬬恋村のフランス料理」19 〜総料理長への手紙 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201707261748033
■「嬬恋村のフランス料理」20 〜五十嵐総料理長のフランス料理、そして帆船 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201707291234426
■「嬬恋村のフランス料理」21 コックコートへの思い 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201709121148442
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