環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意が10月5日にアメリカのアトランタで得られることになった。現在、参加した12カ国は批准のための作業を行っており、それは情報公開やダメージを受ける産業への手当などである。
新聞各社で多少のトーンの違いこそあれ、新聞を手にして日本が心配していた最悪の事態は避けられたという印象を持った人も少なくないだろう。コメの関税が維持されたことや、著作権の親告罪化に一定の基準が置かれて、野放図な摘発にはならないだろう・・・という安堵感である。しかしながら、著作権についても、実際にどのような運営が警察によって行われるか不明であるし、また著作権も長期化され、著作権者の死後70年たってはじめて著作権が切れるとするアメリカンスタンダードとなった。
日本で盛んな漫画の二次利用したパロディ作品が摘発の対象になるかどうかにつき、毎日新聞はこう報じている。
「もとの著作物の収益に大きな影響を与えない場合は非親告罪を適用しないとの例外を盛り込み、「パロディーは問題ない」(政府関係者)という合意内容にしたという。ただ、関係者からは「どうやって収益に影響があると判断するのかなど12カ国で考えを共有できているのかが疑問」といった声も根強い。」
さらに、今回の協定は7年後に参加国の間で見直しや調整作業があるとされる。そもそも、TPPの起源は2006年にチリ、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイの4カ国で始まったP4と呼ばれる自由貿易協定だった。後に日米などの大国が参加し、さらに今後はアジアではAPEC(アジア太平洋経済協力、21の国・地域)全体に拡大していく見通しがある。中国の参加も射程に入っているという。これはアメリカのブッシュ政権の時代に構想された環太平洋に自由貿易圏をつくるプランである。
そうなると、今回、日本政府が重要五品目として守る意志を示したたコメや乳製品などの関税も今後さらに自由化を迫られていくことが考えられる。新たな参加国が出てくることで、その都度、交渉が再開されるからであり、時々刻々と国際情勢の変化を理由に協定の数字や文言は変わっていくはずである。これだけでとどめた、と政府が誇ったとしても、その小さな穴から将来、ダムが決壊することはありえることだ。
TPPを肯定するグループが書き上げた「TPPと日本の決断」(文眞堂)という本の中にTPPに至る自由貿易協定の流れが記載されている。それによると、1990年代に入って、WTO(世界貿易機関)の枠組みでの協定作りが困難になっていったことが記されている。WTOでの交渉が進まなくなったために、その後は地域間の自由貿易協定や二国間の自由貿易協定(FTA)、ないしは経済連携協定(EPA)が盛んになっていったという。「日本は1998年から1999年にかけて、多国間貿易自由化に加え二国間でも貿易自由化を行う重層的通商政策に転換した」(TPPと日本の決断)。
1999年にシアトルで行われたWTO閣僚会議は決裂し、さらに後の2001年に立ち上げられたドーハ・ラウンド(ラウンド=多角的通商交渉:WTOではラウンドと呼ばれる交渉を行ってきた)は障壁が多く、未だに出口が見えないままになっている。本書によればその理由は153カ国が参加するWTOにおいては日本も含めた西側先進国と、新興国、発展途上国の利害が調整できず、次第に国連のようにものごとがなかなか決められなくなってきたことが背景にある。そこでWTOに替えて米国が新たに立ち上げたのがNAFTA(北米自由貿易協定、1994年発効)やCAFTA(米国・中米間自由貿易協定、2006年発効)と呼ばれる地域間の自由貿易協定だった。これなら参加国が少ないために、交渉がもっとシンプルになるからである。とはいえ、参加国が少ないために小国が大国の政治力や経済力に押し切られる傾向が強い。いずれにせよ、1990年代以後、GATT体制・WTO体制から、二国間ないしは地域間の自由貿易体制へとトレンドが移っていった。
今後、TPPには参加国が増えていくことが予想され、すでにフィリピン、韓国、インドネシアなどが参加を求めていると報じられている。今回、日本だけが農業の保護を他の11カ国よりも実現できたものの、将来、参加国が増えれば自由貿易の対象となる品目も増え、農業などのさらなる貿易自由化への圧力が強まってくるのではないだろうか。このことは国々が自国で産業政策を独自に取ることが難しくなることを示している。補助金の是非も交渉内容になりえるからだ。
「21世紀の資本」を書いたフランスの経済学者トマ・ピケティ教授は自由貿易協定の問題点は貿易で利益を得た産業と不利益を被る産業があり、その構造によって利益を得る人々と不利益を被る人々にわかれ、前者から後者に富が補填されることが非常に乏しいことにあるという。言い方を変えれば一部の競争力のある多国籍企業の大企業群が関税撤廃によって自由貿易圏内の市場を独占できるシステムである。同時に国内の競争力の乏しい小さな産業は刈り取られていくだろう。
しかし、問題は収入の格差だけでなく、食料政策や医療政策、環境政策などのような国のセキュリティや主権の領域が切り崩されていくことである。しかも、協定の交渉が国民の目から隠されるという進め方自体にも問題がある。そして、恐ろしいことはTPPのような大型の自由貿易協定は地域の中に「バスに乗り遅れるな」という圧力をもたらすことである。参加しなかった場合、輸出産業は他国の競合産業に関税で差をつけられることにもなる。だから、自国内の不利益に目をつぶっても参加することが国是とされ、それに抵抗することが難しくなっていくことである。こうして1%と99%の問題がより大きくなり、縮小か崩壊させられた国内産業の人々はより低い賃金の労働者として市場に放り出され、多国籍の流通企業などに雇用されていく。
強い企業がますます強くなり、地域の地場の企業を席巻し、どの町を訪ねても同じブランドばかりが目に付く・・・90年代以後、日本で進行した現象が環太平洋でも進行することになるだろう。規模や効率性がより重要視され、この世界から多様性が失われていく方向に向かうだろう。
■TPP参加12カ国 オーストラリア,ブルネイ,カナダ,チリ,日本,マレーシア,メキシコ,ニュージーランド,ペルー,シンガポール,米国、ベトナム
■APEC参加国・地域(TPPの将来の射程) オーストラリア,ブルネイ,カナダ,チリ,中国,中国香港,インドネシア,日本,韓国,マレーシア,メキシコ,ニュージーランド,パプアニューギニア,ペルー,フィリピン,ロシア,シンガポール,チャイニーズ・タイペイ,タイ,アメリカ,ベトナム
■TPP、拡大の機運 フィリピンなど参加表明続々
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS18H8F_Y5A111C1EA2000/
■中米自由貿易協定 発効6年 エルサルバドル投資貿易研究所所長エルガルド・ミラ氏に聞く(赤旗)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-03-19/2012031906_01_1.html 「CAFTAは、食料主権や経済主権を奪い、大企業をもうけさせる道具です。国民のためには、この協定を破棄するしかありません。しかし、国際協定の破棄にはその通告から始まって長年の交渉による相手国との合意が必要になります。」
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