マイナス20度の世界になり、外に出ると耳がキーンとしてくる底冷えの嬬恋村の真冬は、厳寒一色の銀世界。夜な夜な温かいものに飢えるこの季節は、色とりどりのスープが身も心も温めてくれます。フランスも嬬恋もあたたかなスープは母の味わい。今回はそんなスープの話です。
出勤時間が徒歩で3分ほどのホテルまでの路も、夜間に雪が降り積もったあとの早番の出勤だと、一歩ずつスノーブーツで踏みしめながら前に進み、積もり具合によっては10分以上かかります。嬬恋の冬の室内はホテルも家も、ボイラーで炊く暖房の副作用でとても乾燥して、慢性的な冬の脱水状態が続きます。からっからで唇もかさかさ。仕事をしていてもリップクリームと水分補給は必須です。閑散期とは言えそれなりにたくさんのお客様の料理を提供して、仕事も終わり、家路につくころには除雪も終わり、さくさくと歩いて帰ることが出来ますが、寒さの厳しさと言ったら!
そんな思いで家に着き、ドアを開けても乾燥状態は変わりません。部屋も体も温かさと水分に飢えています。こんな日々は必然的にスープが一番のご馳走で、野菜を切って炒め、ブイヨンを足して煮込み始めると蒸発した水でだんだんと部屋が暖かく、湿気も増えてきます。
おなじみのコーンスープもよく作りますが、フランスでは余り見た事が無いのです。冷蔵庫整理も兼ねて、よく作るスープのマイブームはなんといっても野菜たっぷりのミネストローネ。妻もこれが大好きで、今年の冬は週に一回くらいのペースで本当によく作っています。一度作れば2,3日はもつので、昼の軽食や夜の前菜代わりに使え、僕自身も楽な料理です。ミネストローネと言う名前はイタリア語ですが、フランスでも同種のスープは名前こそ違ってもあるのです。
5〜6種類と言わず、12〜16種類のさまざまな野菜を、切るそばからゆっくりと炒めながら足していき、ブイヨンか水を注いで、ことことゆっくり弱火で煮込んでいきます。玉ねぎ、人参、ニンニク、セロリ、茄子やズッキーニにトマト、大根、じゃが芋、インゲン豆など根菜も果菜もたっぷりと。月桂樹の葉やタイム、ローズマリーやバジルで香りをつけてオリーヴオイルたっぷりで煮込むこのスープは、できたても、落ち着いてしばらく寝かせても、味わい深くてとても優しいスープだと思っています。そして何よりも水分がたっぷり!口に運ぶたびに足りないものが満たされていくような幸せな気持ちになるのです。これは料理の腕ではなく、野菜の本来持っている力なのだと感じます。野菜ばかりで取れないカロリーの補給はパンの薄切りを沈め、パルミジャーノチーズを振りかけると、更にコクと脂肪分がプラスされ、一食分のヴォリュームとなって、胃にも心にもとても美味しくしみわたるものです。
大好きなスープ料理をもう一品紹介しましょう。
フランスのカフェやビストロで冬の定番と言えばなんと言ってもオニオングラタンスープ。分厚い陶器に入ってぐつぐつと煮え、飛び跳ねた雫が焼けて美味しいそうな焦げ跡を残して提供されるこのスープは、スープと呼ぶには余りにもどろりとして、しっかりと甘く、液体はほどほど、焼けたチーズの香ばしさと相まってペーストなのではないかと思えるほど濃いものもあります。これを真冬のパリで寒いテラスのテーブルで食べることは、人生の記憶に残る楽しみと言えるかもしれません。真っ黒で愛想も何も無く、ただ煮えているだけのこのスープの何処にこんな魅力があるのか、それは食べた人だけのお楽しみというものでしょうか。玉ねぎを薄く切って、時間をかけて真っ黒に近い褐色を呈すまで炒め続け、ブイヨンで伸ばしてグラタンに。見た目のシンプルさとは裏腹に「きちんと仕事がされている!」とでも表現するようなその味わいは家に帰ってから即座に作れるようなものでもなく、妻にはまだ一度しか作れていませんが、どこにも出かけないこの冬の休日に一度は作ろうとおもっています。
1月ももう終盤を迎え、冬のピーク真っ盛り。と、言うことは、まもなく春の足音が聞ける合図でもあります。今年の冬も寒いうちにあと何度、分厚い鍋でスープを煮ていくチャンスがあるでしょうか。
原田理 フランス料理シェフ ( ホテル軽井沢1130 )
■「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507250515326 ■「嬬恋村のフランス料理」2 思い出のキャベツ料理 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507282121382 ■「嬬恋村のフランス料理」3 ぼくが嬬恋に来た理由 原田理(フランス料理シェフ)
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http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508131026364 ■「嬬恋村のフランス料理」5 衝撃的なフォワグラ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508272156474 ■「嬬恋村のフランス料理」6 デザートの喜び 原田理(フランス料理シェフ)
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http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509112251105 ■嬬恋村のフランス料理8 深まる秋と美味しいナス 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509202123420 ■「嬬恋村のフランス料理」9 煮込み料理で乗り越える嬬恋の長い冬 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201510212109123 ■「嬬恋村のフランス料理」10 冬のおもいで 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511040056243 ■「嬬恋村のフランス料理」11 我らのサンドイッチ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511271650435 ■「嬬恋村のフランス料理」12 〜真冬のスープ〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201601222232375 ■「嬬恋村のフランス料理」13 〜高級レストランへの夢〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603031409404 ■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603172259524 ■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604300026316 ■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201607061239203 ■「嬬恋村のフランス料理」17 〜会食の楽しみ〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201609142355513
■「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611231309133
■「嬬恋村のフランス料理」19 〜総料理長への手紙 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201707261748033
■「嬬恋村のフランス料理」20 〜五十嵐総料理長のフランス料理、そして帆船 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201707291234426
■「嬬恋村のフランス料理」21 コックコートへの思い 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201709121148442
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