昨年2015年は戦後70年ということで、ナチスやアウシュビッツを描いた映画が多く公開された。中でも「顔のないヒトラーたち」は昨年のベストワンに価する映画だった。いつかはアウシュビッツに行かなければ、と考えていたので、その時期が来たのだと感じネット上にアップされているナチスの記録映像を次々に観た。映画も「ミケランジェロ・プロジェクト」「黄金のアデーレ」「ヒトラー暗殺、13分の誤算」などなど。
ちょうどポーランド航空が成田との直行便を1月から就航させることになり、旅行会社にはポーランド旅行のツアーが並んだ。予算との兼ね合いで、全行程添乗員付きという不自由な旅が始まった。
今回の旅の目的のアウシュビッツとビルケナウへは濃霧の中ワルシャワからバスに揺られた。ポーランドは社会主義の名残か、都市ごとにガイドを雇わなければならない。連日代わるガイドの話も魅力のひとつ。
アウシュビッツはドイツが付けた名前。ポーランドではオシフィエンチムと呼ぶ。大型バスがたくさん停まっている。15歳から25歳の若者が見学者の75%を占めるという。みな熱心に教師やガイドの話に耳を傾ける。広島や長崎で被害者としての見学をすることはあっても加害者としての歴史を学習する場所がない日本を思った。
穴がポコポコと開けられただけのトイレ。悪臭がひどいので見張りも殆ど来ることはなかったと。おかげで女たちはトイレで赤ちゃんを産み、隠し育てた。連合軍に解放された時、ここでは43人の赤ちゃんが生還したという。
アウシュビッツで会いたかったのが日本人ガイドの中谷剛さん。彼はアウシュビッツに衝撃を受け、ポーランド語を学び、外国人として初の公式ガイドになった方。彼のガイドは独特。例えば、アウシュビッツが一杯になりビルケナウが建設されるが、ビルケナウには鉄道の引込み線が作られた。貨車で運ばれて来た人々はすぐさま医師の「選別」を受け直接ガス室に連れて行く人と生かしておく人とに分けられる。これはナチスが自らの仕事を減らすために楽をするために考えたこと。日本の老人施設で介護士が老人を突き落として殺した事件があるが、これも同じこと。オーバーワークになって「いなくなればいい」と考えての行為、と。ひとりの青年の出来事ではなく、社会全体の問題として捉えなければならないことではないか?と。
ナチスが捉えたのは先ず、ポーランドの政治犯、ドイツの侵攻に抵抗した人びと、本来は英雄なのだと、びっしりと写真が並ぶ廊下に案内してくれる。またジプシーと蔑称で呼ばれていた人びと。障がい者、同性愛者、精神病の人びとも虐殺されたことを紹介しながら、日本では堂々と街中のデモが許されている差別主義者たち。ヘイトスピーチを規制しない日本もヨーロッパが直面している難民差別問題も同じではないか?と。しかし彼は断定的なものの言い方はしない。問いを投げかけ、見学者に考えるよう語りかける。日本びいきのガイドが日本の都市や文化と比較して話すことはあっても、今起こっていることを話題にして見学者に考えさせるガイドを他には知らない。
ポーランドのツアーではアウシュビッツの場合は自由行動を希望する人もいるがそれは2割程度とのこと、ポーランドまで行って「見たくない」という人がいることに驚かされるが、実際ユダヤの男性たちが毎日手入れを欠かさないカールさせたもみあげの赤茶けた山やホウロウ食器の山、膨大な眼鏡、よそ行きの靴の数々、後で返すからと騙され日付と名前を白いペンで大きく書き込んだ大きな皮の鞄の山。そんな物を見ているといたたまれない気持ちになる。そして手が込んだかわいいベビー服の展示を見たときは涙を止められなくなってしまった。
射殺された数え切れないほどの人びとの血を吸ったであろう死の壁では正装したユダヤの青年たちが花を手向け祈りの歌をろうろうと唄っていた。それは哀切がこもりながらも力強い歌であった。ピルケナウの引込み線にポツンと短い貨車が一台置かれていた。そこでもユダヤの青年が貨車にもたれて記念撮影をしていた。どんな思いでそこに立っていたのだろうか。
ワルシャワに帰るバスの中で、ポーランドのガイドのアンさんに聞いてみた。
「何故、ポーランドはEUの優等生と言われるほど経済が安定しているのに、日本同様右翼政権が支配し、マスコミを弾圧しているのか?」
中谷さんを尊敬していると言っていた日本人ガイドは慌てて「そういう政治的な質問はしないで」と遮ろうとしたが、アンさんは「これまでの政権が年金の支払いを67歳からに繰り延べると発表したことで国民の支持を失った。ポーランドはカソリックが多く、田舎の人はみんな坊さんの言うことを聴いて投票する。現政権はEUからの離脱まで口にしている。今は自由に何処へでも行けるがそれができなくなると困る。私は反対です」と明確に答えてくれた。ツアーに参加する醍醐味は現地の方にその国の生活の様子を伺うこと。食べ物やお土産はガイドブックにも掲載されているが、生活実感はわからない。
木村結 東電株主代表訴訟事務局長
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