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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2016年03月23日21時38分掲載
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小林茂監督『風の波紋』 「ああ、おれは狐に化かされていたんだなあ」 大野和興
映画は狐のお面をがぶって白装束で身を包んだ子どもたちの朗読劇ではじまる。雪が降り積もっている。一面銀世界。酔っぱらった大人がススキの原で浮かれ、そこにあったまんじゅうを「おいしい」「おいしい」と食べました、と声をそろえる子どもたち。
場面は一転して、深い雪の村。屋根のてっぺんのところを、どう見ても80をだいぶん超えたばあちゃんがしゃべるを手に持って、ひょこひょこと確かな足取りで歩き、雪下ろしを始める。そのしゃべる使い、身のこなしの鮮やかなこと。ふっとばあちゃんの姿が見えなくなった。「あれ落ちたか」と身を乗り出して画面を見ると、なんと雪の屋根に座り込んでうまそうに煙草を吸っている。
画面が切り替わる。春、色が白一色から緑一色になり、その緑の中を八木を一頭積んだ軽トラが走る。
映画の舞台は越後妻有の里。ご多分にもれず人口減少と高齢化の波が押し寄せ、耕作放棄地と空家ばかりが増える。しかし一方で、田舎暮らしを望んで移住してくる人もいる。映画はその一人、木暮茂夫さんと連れ合いの孝惠子さんを軸に進行する。報道写真家だった木暮さんがこのむらに住んで14年になる。捨てられた田んぼを鍬で起こし、潰れかけた百姓家をもう一度生き返らせることに情熱を注ぐ。
いや情熱じゃないなあ。なんとなく行きがかりでやっているという感じで、その脱力感がたまらない。自分で再生した狭い棚田に水を張って苗を手植えする。植えながらぼそぼそ話す。捨てられた田んぼが目の前にあったので耕してみた。耕したら稲を植えなければと思って苗を植え始めた。収量は6俵くらいというから、コメどころであるこのあたりの平均収量の六割程度か。放棄された田んぼを起こすこと自体、難儀な労働なのだが、そんあことはおくびにもださない。いや、なかなか楽しいですよ、やっているうちに好きになって、アートですね。
譲り受けた百姓家の再生もそんな具合だ。東日本大震災と同じ時期、信越を襲った地震で傾いてしまった。もう駄目かなと思ったのだが、地元の大工の棟梁を呼んでみてもらったら、なに、簡単だよ、といわれた。その気になってはじめたらこれが難工事で、傾いた家をまっすぐにするところで大工さんたちは四苦八苦。いろいろ機械やら道具を使って何とかまっすぐにした所へ棟梁が現れ、柱をぼんぼんと叩いて、若い衆にこうやったらと指示らしきものを出す。若い衆は、「それはやってみました」。棟梁はふうん、といってそれでおしまい。若い衆が「もう一度やってみますか」、棟梁「いややってのならそれで」。そのいい加減さがまたとてもいい。
無事普請も終わり、一同い揃っての寄り合い。酒が出て、棟梁が歌い出したのが「夜明けは近い」。演歌じゃないんだ。
いろんなエピソードを盛り込んで99分が過ぎていく。古いむらは時代の波の中で消えかけているが、脱力感あふれる木暮さんを軸に、新旧まじりあって、新しいむらが動き出しているようにも見える。ぼくは埼玉県秩父に住み、村歩きが仕事なのでよくぶつかるのだが、移住組が入ってきても移住者だけが固まってしまい、新旧がまじりあわない。映画は、それが実に自然に、うまい具合に人と人がまじりあっている。監督の小林茂さんが撮りたかったのは、この世界なのだなあと思いながらゆっくり時間が流れる99分を堪能した。
最後のシーン。朝日が昇り始め、遠くの山から次第に明るくなる。日がさし、そのお日様が次第に近づいてきて手前に田んぼを照らす。ゆっくりとゆっくりと。歌が流れる。なんだか知らないが涙があふれてきた。険しい山々に囲まれ孤立したむらが点在する四国山脈のどん詰まりにある、ぼくが生まれ育ったむらがふいに蘇ってきた。
映画が終わり、地下の小劇場から階段をのぼって外に出ると、そこは銀座。すこし冷え込んでいるが、日がさし、まだ明るい午後4時ごろ。またふいに思った。「ああおれは狐に化かされていたんだなあ」。
写真:Copyrightカサマフィルム (小林茂監督作品、製作カサマフィルム) 3月19日からの東京渋谷「ユーロスペース」を皮切りに全国上映。お問い合わせは配給会社「東風」03−5919−1542まで。
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