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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2016年06月02日13時40分掲載
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文化
【核を詠う】(210) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(4) 「戻れないもう戻れない戻りたい三者三様に今を苦しむ」 山崎芳彦
今野金哉歌集『セシウムの雨』の作品の中に、大熊町に住み原発の危険に警鐘を鳴らす歌を詠い、歌集『青白き光』の作者として知られ、原発事故の被災者としてふるさとを奪われ、避難先のいわき市で亡くなられた佐藤祐禎さんを偲び、たとえば「原子炉の爆ずるを危惧せし君なりき『青白き光』を残して逝けり」その他の歌が収められている。深い思いのこもった作品が多い。この連載の中で、原発詠を読み始めた最初の頃に佐藤祐禎さんの作品を何回かに分けて読み、記録したが、福島県の歌人の多くが佐藤さんの憤死ともいうべき死を悼み、惜しんでいる。月刊総合歌誌「現代短歌」4月号は好企画「特集・東北を詠む」を編み、福島をはじめ東北各県の歌人の作品と、読みがいのあるショートエッセイをまとめた多くの頁を組んでいるが、その中で福島県の歌人である伊藤正幸さんが佐藤祐禎さんを詠うとともに、彼岸にある佐藤さんに宛てた手紙のかたちをとったエッセイがある。心を打たれる1ページに、筆者は福島歌人の、ますます深くなっている思いの深さ、原発事故被災の苦難の中で結ばれている歌の縁の強さを改めて思った。今野さんの『セシウムの雨』を改めて大切な歌集と思いもした。
伊藤正幸さんは、佐藤祐禎さんが福島県歌人会会長であった時(平成17〜20年)の事務局長を務め、平成23年〜26年には会長の任を背負った。その伊藤さんの「現代短歌」4月号の「七つの星よ」と題した作品7首と、ショートエッセイを記録させていただく。 ○ふるさとを遠見るごとく原発の工事を語りき祐禎(いうてい)さんは (昭和四十二年、東京電力の福島第一原発の工事が始まった。) ○賛成派は「東電」と呼ぶを祐禎さん神話の町にて静かに言ひき (反対派は少数であったが、「原発」と呼んでいたという。) ○農ひとすじの祐禎さんは原発のなき世にあらば農民歌人 ○意識失せ管つながれしその姿われは怖くて近寄らざりき ○人住めぬ大熊町の北天に七つの星よ美しからむ ○福島に多くを学ばず再稼働断ち切れぬわれの酒のごときか ○「なあ、イトオ君よ」と語りかけくれし祐禎さんの訛りなつかし
ショートエッセイ「佐藤祐禎さんへ」 「早いもので、貴方が逝って三年、原発事故から五年が経ちました。貴方が避難先のアパートで倒れる前に詠まれた『廃棄物は地元で処理だとふざけるな 最終処分場にされてたまるか』『原発にわれの予言はぴたりなり もふ一度いふ人間の滅亡』の歌のその後についてお知らせします。大熊町と双葉町にまたがる土地に、保管期間三十年間の中間貯蔵施設が建つことになりましたが、用地買収に行き詰っております。なお、貴方が孫の代には線量が下がるだろうと言っておられた先祖代々の土地は、小さな川を挟んで買収を免れることになりました。貯蔵施設と隣り合わせという問題は残りますが、ひとまずご安心ください。原発のその後については、昨年八月の川内原発を皮切りに、次々と再稼働される残念な見通しとなっております。いわきの地より北の夜空を見上げつつ、現況をお知らせ申し上げます。それではまた。」
福島原発事故は終わっていない。人びとの苦しみが様々な様相を示しながら続いている。事故原発の廃炉作業が見通しがつかないまま、たとえばメルトダウンしてどのような状態にあるのか知ることのできない格納容器の底のデブリの取り出し、処理の方法が編み出せないまま廃炉作業の完了はあり得ないのだから、何十年を必要とするのか、誰も言えない。汚染水問題もなお深刻であり、破壊された原発施設からの放射能漏出について多くは明らかにされないが、その実態と影響はどうなのか。いま新緑の季節を迎えた山々や、川や、大地、海の放射線汚染はどのような実態なのだろうか。五年を経ても、除染を重ねても放射線による汚染は解消されないから「放射線安全神話」が「創作」され、帰還基準20ミリシーベルトなどという無法が「合法化」され、被災避難者の帰還促進が補償打ち切り策とセットで進められている。被曝による健康への影響はこれから幾十年あるいは幾百年にまで及ぶのではないか。
「自主避難」をし流浪を余儀なくされている被害者を、政府、電力企業は切り捨てている。誰もが安心して暮らせる安全な環境を願っているのだが、その願いを理不尽に踏みにじり、再びの惨禍を各地の原発再稼働によって「経済が、金が大事」のアベノミクスのもと、福島の原発事故の災害がなかったかのごときまやかしが行われている。
だが、歌集『セシウムの雨』は、そのような欺瞞に満ちた、人間の生きている現実を黒く塗りつぶす企みの罪深さを許さないのだ。福島の歌人だけでなく、多くの歌人たちが「うたの力」で、核の力に依存する社会を拒否する作品を、その短歌表現によって生み出し続けるだろう。 引き続き『セシウムの雨』の作品を読んでいこう。
◇海坂(抄)◇ 今見れば穏やかなるにこの海の狂ひし二年前のまがごと
老い人の数多は声を上ぐるなく仮設暮らしに二年過ごせり
原子炉の爆ずるを危惧せし君なりき『青白き光』残して逝けり
避難して丁度二年の経ちし今日新居に入らずに君は逝きたり
心なき大臣(おとど)の言葉に幾たびも虐げられて福島に住む
側溝の土砂揚げ禁止の二年なり線量高き水の溢るる
被災後に避難続けて十一回転居の友の千葉より還る
原子炉の爆ぜて漏れたる地下道(トレンチ)の水が示せる億のbecquerel (ベクレル)
増えゆける鼠の駆除も課題なり避難家屋に殺鼠剤置く
◇播種(抄)◇ 「オレンジは希望の色」と君は言ふ彼の日の夜の焚火の色と
風評に売れざる野菜も季(とき)来れば播種する我の習ひなるべし
作りても利の見込めざる茄子苗を義務のごとくに畑土に植う
どの家の梅も熟せる実を保(も)てり線量高く今年も採れず
農民の声は東電に届かざり風評被害の補填もあらず
風評の被害損失請求書出だせど東電は無視を続くる
歳月は人を待たずか被災者と我が呼ばれつつはや二年経つ
核災の日に避難して戻らざる家は荒草に隠れて見えず
◇除染(抄)◇ 心なき大臣(おとど)のロゴス今日もまた狭き仮設に老人の逝く
除染にて出でし多量の汚水をも側溝に流せる業者疎まし
風評に収入皆無の畑なり課税は三年前と変らず
穏やかに寄する海波を見る間にも廃炉作業の人ら蠢く
放射能汚染に操業自粛せる漁師ら黙し網をつくろふ
漁業の火消さずと意思を保ち来し漁師の出づる試験操業
獲り来たる魚に放射性物質の未検出続くと漁師安らぐ
「勝兵は水に似たり」の言葉あり汚染地下水海に流るる
◇震災慰霊碑(抄)◇ 「禍は独り行かず」の言葉あり原発事故の収束ならず
外つ国の飢餓思ひつつ風評に売れざる果物幾トンを棄つ
如何ばかり除染の効果あるならむ向日葵の花風に揺れをり
被曝より鼠の臭ひに住めざりと避難三年目の君の言ひたり
◇歔欷(抄)◇ 「避難地に土地を求めて家を建つ」米寿に近き君の言ひたり
避難して三年経てる君にして憂ひをカメラの趣味に紛らす
彼の君も無辜なる民の一人とし寒さの迫る仮設舎に住む
避難区に日々増えゆけるイノブタと鼠が帰還の夢を砕ける
三年(みとせ)経て仮設の窓の明滅を老いの歔欷とも思ひつつ見つ
見え難き苦悩も君の言に識る長引く避難を嘆きつつ生く
劣悪な住環境も関はるか震災関連死が直接死を超す
◇廃炉作業(抄)◇ 壊れたる駅舎折れたる電柱も彼の日のままに三年(みとせ)過ぎたり
吹く風は容赦もあらず仮設舎の屋根打ち壁打ち玻璃窓を打つ
平静を装ひつつも方丈は長期避難者の自死を嘆けり
ソチ五輪に賑はふ衢その間も廃炉作業の人ら休まず
中間の貯蔵と言へど最終の処分候補地未だ決まらず
彼の日より三年経てり学ぶべきものより失ひしものの多かりき
避難指示区域の家庭に配らるるネズミ対策駆除のマニュアル
◇堤防の壁(抄)◇ 避難して二年目の日の関連死君の無念を思ふ春の日 (佐藤祐禎氏)
『青白き光』に原発事故危惧の歌を残して君の逝きたり
核災に郷を逐はれし君にして遠く大阪に透析の日々
相次げる失態の責任を取らずして今日も高濃度汚染水漏る
今日もまた汚染水漏れ事故ありと発表担当者悪びれもせず
賠償の誠意あらざる東電に苛立つ寒の一夜眠れず
避難して三年経てる君言へり酒に溺るる日々うとましと
セシウムに花粉に黄砂に今日はまたPM2・5の注意報出づ
戻れないもう戻れない戻りたい三者三様に今を苦しむ
◇殉職の君ら(抄)◇ 住民を避難誘導中に殉職の君らを讃へ花を供ふる
風評に今年(ことし)の大蒜(にんにく)また売れず冬芽伸びしを畑隅に棄つ
多核種の除去の装置のトラブルの続きて汚染水の増えゆく
避難地の雪の深さを嘆きつつ人情深きことも知れりと
体力の低下と肥満が課題なり外遊びせざる福島の子ら
汚染水事故は故意とふこゑ聞こゆ汚染水タンクの敷設進まず
災害を原発事故を詠み継がむ防災・事故の警鐘として
国よりの除染予算の激減に基準値を超す土地の多かり
避難して三年明けし君の家ネズミの害に帰れざると言ふ
足元の落ちつかざると君の言ふ被災避難の四年目に入る
福島の震災関連死二千超す避難長期化に悩み増すべし
汚染土の行き場のなくてをちこちにフレコンバッグ積まれつつあり
次回も今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力にかかわる作品を読む。 (つづく)
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