フランスでは労働法改正をめぐって労働組合、市民、学生の抗議運動がパリだけでなく、全国各地で起きています。この労働法改正は社会党政府のバルス首相が推進しているものですが、解雇が簡単になったり、残業時の割増料金を減らしたりするなるなど、経済界寄りの改正だとして労働者の強い反対を呼び起こしています。
24%を超える若者の失業率の改善のためには既存の労働者の権利を切り詰めるしかない、と政府は説明しています。しかし、政府の説明ではこの改正で利益を得るところの学生たち自身の中にもこの労働法改正を批判している人が多いのです。
というのは、将来、自分が就職できても、いつ解雇されるかわからない。そんな改革を「若者のため」と言われても、すっきり喜ぶことはできないのだそうです。また、たとえ中高年の労働者の解雇が楽になるからと言って、実際に企業が若者を多数採用するかどうかもわからないと言うのです。ふたを開けたらただ単に労働者の解雇が楽になった、あるいは経営者の声が大きくなって、労働者の力が弱くなった、というだけで終わる可能性もあるのではないか。
要するに、今まで労働法と言う法律で経営者側が過酷な労働を強いたり、賃金の過度な抑制をしたりできないように一定の規制を敷いていたのですが、その労働法を大幅に規制緩和して、経営者と労働組合の個別交渉で、柔軟に労働条件を変えてよい、というのがこの労働法改正なのです。そうなると、労働法そのものが存在価値が小さくなってしまいます。労使関係ですべてきめればよい、となると、失業率が高い昨今、労働者の方が声が小さくなり、経営者の声が強まってもおかしくありません。そういうわけでフランス各地の大学の中で、労働法を守れ、と学生たちが反対運動を起こしています。この法改正がなされたら、「労働者が経営者の前に膝を屈することになる」と怒っているのです。そのことには老いも、若きもありません。
パリの共和国広場ではこの労働法改正反対に端を発してNuitdebout(立ち上がる夜)という運動が起きています。毎日、仕事や学校が終わったあと、市民や学生が広場に集まってきて、労働法改正問題や、その他、政治経済、難民、男女の差別、住宅問題など様々なことを論じています。この「立ち上がる夜」は市民による討論なのですが、フランスの放送局では一種の極左暴力集団であるかのように報じている傾向があるようです。まじめに市民が広場で、討論をしていることを知らないフランス人がかなり多いのだそうです。
「立ち上がる夜」のある参加者によると、TV局の取材陣は討論会などがとっくに終わった深夜の時間帯にやってきて、午前2時ころまで近くのカフェで待機しているのだそうです。なぜかと言うと、深夜になると、「立ち上がる夜」の討論会とは関係のない酔っぱらいが広場にやってきて警察と悶着を起こすので、その映像を狙っていると言うのです。広場に来るのは討論会に参加する人だけではないからです。そうした運動と無縁の酔っぱらった人が警察隊と戦っている映像を撮影して、これが「立ち上がる夜」の真実だ、という風に報道しているらしく、それをTVで見た各地の市民は「とんでもない暴力集団だ」という風に印象が刷り込まれるのです。そして、広場で議論している中身はまったくといっていいほど報じないそうです。
TV局はフランスでも、日本でも、スポンサーが経済界だったり、政府だったりします。そして、今、経済界と政界が癒着して、特権層にやさしく、庶民に厳しい、民意に反する政治を行うケースが全世界で起きています。そういう中で、政治経済のあり方を真摯に一から考えようとする運動をつぶそう、という意図がTV局に生まれても決しておかしくはありません。
「立ち上がる夜」では広場で暴力行為が起きると、広場自体が閉鎖されかねないため、実は警察隊と協力関係にあるのだそうです。「立ち上がる夜」の中には先述のように広場にやってきて騒動を起こそうとする人々をなんとか説得して、静かにさせようとする自発的な警備体制が敷かれています。しかし、市民だけでは対処できないこともあり、広場の周辺に待機している警察と連携して、酒を持ち込む人を取り締まってもらったり、泥棒やすりを取り締まってもらったりしているそうです。
この「立ち上がる夜」はパリのアンヌ・イダルゴ市長側との交渉で、広場で暴力行為を起こさず、毎日設置したものは必ず撤収して帰ることを条件に、討論会の継続を認められているのだそうです。社会党のイダルゴ市長は自らの属する社会党の政策が批判されている運動ながら、度量の大きさを示して「若者たちが自発的に討論を行うのはよいことだ」としているそうです。そういうわけで、立ち上がる夜の人びとはパリ市当局とは了解済みなのですが、ひとたび暴力行為が起きると運動が続けられなくなるために、集まって討論をしている人は暴力が起きないように自警団を組織するなど、用心をしているというのです。
■ニューヨークタイムズの6月9日付 ’Why French workers are so mad ' written by Sylvain Cypel (フランスの労働者はなぜ怒っているのか)はフランスの現状を的確に述べている。寄稿者はかつてルモンドの記者だった人のようだ。
http://www.nytimes.com/2016/06/09/opinion/why-french-workers-are-so-mad.html?_r=0 特にこの記事の中で、過去30年来、フランスの労働者の状況が悪化し、賃金は下がり、雇用が不安定化してきた歴史が述べられており、フランスの労働者は社会党政府が何を言おうと、その延長線上に見えてしまうのだと指摘している。実際にその通りである。寄稿者のシルバイン・シペル氏が書いているのだが、解雇を簡単にしても、雇用が増える保証はどこにもない。「論理的に考えたら、むしろ雇用の危機だよな」と。
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