今回、自民党の憲法改正案はそれだけでも激変ですが、憲法改正を容易にする、という将来のことも含まれていて、安倍首相は決して憲法改正の試みをこれだけで止めようとは思っていないであろうと思われます。特に、天皇の地位と政教分離の条文、9条、男女の平等、思想・表現の自由などは継続して改変していく可能性はないでしょうか。兵役の義務とか、共同体への奉仕の義務、また宗教上の義務なども将来は書き込まれるかもしれません。大学の役割とか、文化の方針、歴史観などが記載され、さらに新しい行政制度も作られるかもしれません。出生率を上げるための夫婦の目標なども書かれるかもしれません。今回の改憲で、改憲を発議するには衆参両議会の議員総数のそれぞれ過半数の賛成があればよいことになり(自民党改正案 100条)、これまでの3分の2に比べるとはるかに容易に改憲ができる時代になります。
では今回の自民党による改憲の意味はどこにあるかと言うと、西欧が作り出した「憲法」を我が国は廃棄するよ、という意志表示にあるのではないでしょうか。「個人の尊重」の削除はそれを象徴しています。安倍首相がこれまで言及してきたことから考えれば、日本独自の憲法観を今後は示す、というのが今回の改憲の大きな意味でしょう。今後、憲法は政府を縛るものではなく、国民の方針を述べるものである、という憲法観の転換、というよりもむしろ憲法の廃絶があります。そうなると国民の方針を決めるのは「行政府の長」としての首相である、と安倍首相は考えているようですから、首相の思い一つで将来憲法が適宜、書き換えられていく可能性があることを示唆していると思います。ファシズム国家の定義はまさにこれに該当します。行政を行う内閣が憲法を自ら制定する存在になるのですから。法律はこのニュー憲法に沿って作られる形になるでしょう。
改憲案が通ると今後は憲法で政府の権力を縛るのではなく、憲法は政府が国民に統治方針を示す、その時々の上からの告知板みたいなものになる可能性が高いと思います。時々の政治経済状況で方針も変わりますから、その都度、憲法案が内閣から発表される時代が来るかもしれません。今回の自民党改憲案では発議要件として両議会の過半数の賛成という風に条件が大幅に緩和されていますが、未だ国民投票による多数決が課せられています。しかし、将来はこの国民投票すら削除される可能性があると思います。憲法や法律で立法・行政を縛るという立憲主義や法規範を捨てて、政治結社が指導する「運動体」に立法・行政の基盤が変容し、その「運動」に反する個人は排除されたり、強制収容されたりすることが危惧されます。
特に今回の自民党改憲案の98条と99条に記された緊急事態宣言は首相が<法律と同等の効果を持つ政令>を創り出せる絶大な権限を与えることになります。外国からの武力攻撃や内乱などの社会秩序の混乱、さらに地震などの災害時を想定したものとされますが、政府が圧政を行ったことに対して民衆がデモやストライキなどを行った場合などにも適用される可能性が高いでしょう。その場合に国会ではなく、行政府に過ぎない内閣が法律を自ら創り出せる、ということは刑法や刑事訴訟法、その他の治安維持関連法を瞬時に首相の意志1つで成立させることができるものです。そうした場合に反政府活動を行った政治家や社会運動家、デモやストライキの参加者が一網打尽になる可能性があります。
改憲案では緊急事態宣言は事後でもよいので国会の承認を得る必要があるとされていますが、もし与党が衆院で過半数の議席を持っていれば恐らく緊急事態宣言も承認される可能性が高いことになります。そしてまた、緊急事態宣言の最中にできた法律(厳密には政令)によって拘束されたり家宅捜索を受けたりした人々の権利回復が可能になる保証はまったくありませんし、また、これについても事後に国会で承認されれば政府の措置は正しかったことになってしまいます。もし国会の過半数を与党が占めていれば自動的に緊急事態宣言も、またそれによって発令された法律(政令)によって発生した権利侵害などについても、政府の行動は合憲かつ合法ということになってしまいかねません。
1933年にドイツ首相に就任したばかりのヒトラーは国会放火事件をきっかけとして大統領緊急例を布告し、共産党や社会民主党の国会議員を多数、逮捕し、野党を崩壊に追い込み一党独裁の道を創り出しました。今回の自民党改憲案に盛り込まれた緊急事態宣言がこのような政敵の封殺を目的として行われない保証はありません。別に野党議員を一網打尽にしなくても野党再編のキーマンだけでも逮捕すれば大きな違いとなるでしょう。このことは民主党政権になった時に小沢一郎議員(民主党)が陸山会事件の容疑で起訴された事件を思い出すだけでも十分です。小沢議員は最終的には無罪判決を得ましたが捜査が行われた期間、政治家としての活動は大きく制限されることになりました。
今、自民党と公明党は衆参両院で過半数の議席を持っていますから、自民党の憲法改正案が実現した場合は、緊急事態宣言を国会で承認できる状況にありますし、どのような法律(政令)も国民に課すことができる状況にあります。そして、緊急事態宣言の下で起きたことに関しても、事後に国会で多数決によって承認することができるのです。これは政府にフリーハンドを与えることに他なりません。改憲がもし今年に行われた場合に、次の衆院議員選挙(解散がなければ2018年末)までの期間が緊喫な問題になってくるでしょう。
■自民党の憲法改正案 (平成24年決定 自民党憲法改正推進本部)
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf
■山口定著「ファシズム」2 〜全権授与法(全権委任法)と国家総動員法〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312031412342
■山口定著「ファシズム」(岩波書店)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201307301109292
|