6月23日、今日、英国では欧州連合に留まるか、離脱するかの国民投票が行われる。不思議なことだが、首相のデビッド・キャメロン氏は離脱反対を唱えていると報道されている。しかし、そもそも、この国民投票を行うと国民に提示したのはキャメロン首相に他ならない。
2014年1月に筆者は英国の欧州連合離脱問題をキャメロン首相に絡めて本紙に書いた。タイトルは「欧州連合 ~英国と独仏の確執~2013年のキャメロン首相の国民投票宣言の波紋~」である。少し長くなるが、歴史が大切なのでここに引用したい。
「昨年(2013年)の英国のデビッド・キャメロン首相の発言がさらに波紋を呼んでいる。もし2015年の総選挙でキャメロン率いる保守党が政権を維持できれば、2017年までに英国で<欧州連合にとどまるか、離脱するか>を決める国民投票を実施すると宣言したことだ。キャメロン首相の発言は37分におよぶもので以下のテレグラフ紙のウェブサイトで視聴できる。キャメロン首相が非常に演説が巧みであることがわかるだろう。英語学習教材の吹き込みをお願いしたいくらいの人である。
http://www.telegraph.co.uk/news/newsvideo/uk-politics-video/9820375/David-Camerons-Europe-speech-in-full.html ここで彼は欧州連合の問題点と改善点を指摘している。問題点として大きく3つあげている。
①(英国は参加していないが)共通通貨ユーロの通貨管理が不安定である ②欧州の競争力がアジアやアメリカに比べて低下している ③欧州連合間に経済格差があり、経済が不調の国々への支援に先進国の国民が嫌気がさしている
キャメロン首相はこれらの問題に対して、5つの対策を挙げている。これらを要約すれば以下のようになる。
競争力を上げる対策を行う事。その柱は欧州連合が1つの自由市場であること。つまり規制緩和し自由市場を欧州域内に作れば加盟国内の競争が激しくなり欧州の競争力が高まる。その結果、アジアやアメリカに対しても競争力が高まるということ。
さらに欧州連合内においては柔軟性を持ち続けることが大切であると言っている。同一基準にすべての国を縛るべきではないというのである。国の政策の自由度を維持すること。 また、ギリシア通貨危機のようなことを起こさないために国々の政策の責任を明確にすること。これはギリシア通貨危機のようなことを起こさないように、財政の透明度を高めることでもある。 そして、国々によって加盟することでむしろ損をすることが(力を失う事)ないこと。
キャメロン首相は単一自由市場の形成こそが英国が欧州連合に参加する意味だと言っている。これは欧州連合の新自由主義化であり、大陸の独仏の考える欧州とは大きな開きがある。
キャメロン首相はこれらを欧州連合に提案しつつ、2017年までに国民投票を行うとする。国民投票を行うことで、欧州連合を引っ張っているドイツやフランスに対して譲歩を迫っていると受け取れる。これに対して欧州連合の柱であるドイツのギド・ヴェスターヴェレ外相(当時)は「いいとこだけ取ることはできない」と強く批判した。この会見は49秒で以下のテレグラフ紙のウェブサイトで見ることができる。
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/eu/9821136/Cherry-picking-EU-benefits-not-an-option-Germany-warns-David-Cameron.html 'cherry-picking is not an option," (チェリーピッキングは許されない)とヴェスターヴェレ外相は英国に対して言っている。ギリシアへの支援策をしぶしぶ認め、血を流してきたドイツから見ればキャメロン首相の発言は単一自由市場だけを手に入れようとする都合の良い考え方に見えるのだろう。」(引用はここまで)
このように、キャメロン首相は欧州連合に参加するとしても、もっと美味しい参加の仕方があるとして、欧州連合改革を欧州連合に提案し、国民投票をてこにして圧力をかけようとしたフシがある。ところが、「アラブの春」によるおびただしい難民・移民の流入もあり、英国ではこれ以上移民を受け入れるな、という声が強まり、キャメロン首相の思惑を超えて本当に離脱に向けて拍車がかかってきた。そこでキャメロン氏はそうなると本末転倒と思い、慌てて欧州連合に留まることを熱心にアピールしはじめたのではなかろうか。さらに言うなら、去年の選挙で独立を掲げるスコットランド民族党が躍進し、英国からの分離独立に向けて大きな力をつけてきていることもキャメロン首相にとっては脅威だろう。欧州連合から英国が離脱し、さらにスコットランドがその英国から分離独立した場合、英国は孤立する恐れもある。
この国民投票でもし、離脱派が過半数を占めて離脱することに決定した場合、英国経済は苦境に陥る、という報道が複数出ている。その代表的なものが英紙ガーディアンで報じられた投機家のジョージ・ソロス氏の言葉である。ソロス氏はもし離脱派が勝利した場合のポンド・スターリングの下落幅は1992年9月に起きた15%以上になるだろう、と語っている。さらに、当時は金利を大幅に下げる余地があったが、今はすでに0.5%の超低金利であるから、これ以上金利を下げて景気対策をすることもできない、と警告している。
ソロス氏のヘッジファンドは1990年から92年にかけて英国の通貨ポンド・スターリングに対して空売りを仕掛け、巨額の利益を得たことで知られる。ソロス氏が空売りをしかけた理由は英国通貨が欧州連合諸国と連動する欧州為替相場メカニズム(ERM)に参加していたことだ。当時のドイツの高金利政策につられて英国もまた高金利に引きずられ、英国経済は強いプレッシャーを受け、経済が困窮しつつあった。そこに目を付けたのがソロス氏だった。英国がERMに留まるには限界があるとソロス氏は読んだ。英国通貨ポンド・スターリングを空売りで売り浴びせることで、ソロス氏は英通貨当局に闘いを仕掛けた。そして外貨が払底したイングランド銀行は白旗を掲げ、最終的に英国はERMから撤退することになる。このことは英国が欧州通貨ユーロに参加しないことにもつながっていった。ポンド・スターリングが暴落した結果、空売りをしかけたソロス氏は歴史的な巨額の利益を得たことで世界にその名を知らしめた。
そのソロス氏が皮肉にも、今日、英国は欧州連合に留まった方がよい、と警告を発しているのである。さらに、報道ではアメリカのムーディーズやスタンダード&プアーズといった格付け会社が英国の信用度を格下げする可能性もあると指摘されている。すでにこの1年ほどを見ると、対ドル為替相場でポンド・スターリングは下落してきている。ポンド・スターリングが通貨価値を下げることで(アベノミクス同様に)英国は競争力を上げて景気が良くなるのだろうか?
英国の中には景気の悪化した欧州連合よりもアジアやアメリカなど、欧州域以外に活路を見いだせ、という主張もあるようだ。しかし、今、欧州連合はアメリカと自由貿易協定(TTIP)を結ぼうとしており、アジア太平洋地域でもTPPが締結されようとしている。これらは一種の経済ブロック圏とも考えられる。欧州域を離れた英国が、現在、ブロック化しつつある世界でどのように巻き返しが可能なのだろうか。
■二大政党制の元祖英国の選挙 保守党331議席(36.9%) 労働党232議席(30.4%) スコットランド民族党56議席(4.7%) 労働党の敗因分析がどう報じられているか
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507221737023
■スコットランド民族党、二コラ・スタージョン党首「もし英国が欧州連合離脱を決め、スコットランドが欧州連合残留を望んだ場合、スコットランドで英国からの独立を求める住民投票を求める声が非常に強まるでしょう」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201606240447285
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