ニューヨークタイムズ紙はジャーナリズムの原則は尊重するとしながらも、政治的中立はうたっていない。ニューヨークタイムズはヒラリー・クリントン氏を大統領に推薦すると以前、公表していた。Hillary Clinton for the Democratic Nomination'(1月30日 NYT社説)においてである。この一文で共和党候補者たちの軽薄さをののしり、ヒラリー・クリントン候補が歴史的に見て大統領候補としての最良の資質を持っていると激賞しているのだ。
http://www.nytimes.com/2016/01/31/opinion/sunday/hillary-clinton-endorsement.html?_r=0 そのニューヨークタイムズが「TRUMPWORLD VS CLINTONWORLD 」と題する社説を発表した(7月23日)。直訳すれば「トランプの世界 VS クリントンの世界」となる。共和党の公認大統領候補と、民主党の公認大統領候補と、二人の政治姿勢がまったく異なることを言っている。
http://www.nytimes.com/2016/07/24/opinion/sunday/trumpworld-vs-clintonworld.html ヒラリー・クリントン候補は(ヒラリー・クリントン氏が1期目の国務長官を務めた)オバマ政権よりも、より一層、積極的な軍事介入派となるであろうと同紙では見ている。シリアやリビアへの積極介入によって、その後にそれらの地域で起きたことを考えると、むしろ恐ろしい要素に思える。とはいえ、もちろん、ニューヨークタイムズはヒラリー・クリントン候補を応援する姿勢は変えていないだろう。むしろ、もっと一貫した介入が必要だったということなのかもしれない。
その流れから、今回発表されたばかりの社説を読めばトランプ大統領が誕生した場合、NATOへの参加も条件付き(場合によっては脱退も?)、日本と韓国への米軍駐留は中止、トルコのエルドアン政権に法の順守を求めろ、という要求もせず、総じて外国に軍事介入せず、さらには「道徳的な介入もしない」という不干渉主義をモットーとすることになる。
今、日本にはアメリカ軍が駐留している。そのことは今、沖縄の基地を巡って地元で基地に反対する人々を押しのけて、東村高江にヘリパッド(基地)を建設しようとして紛糾していることや、名護での基地建設を巡って地元住民と政府が対峙していることに象徴的に表れている。しかし、トランプ氏が大統領になって、米軍の日本駐留をやめることになれば今、沖縄で行われている事態そのものが、実に馬鹿々々しいことだった、と後世になって思い出されるかもしれないのである。
それだけではない。安倍政権を支持する人々の中には右翼政権を望む人々もいれば、右翼支持者というほどではないけれども経済活性化を期待してアベノミクスにもう少し期待しようという人も少なくないだろう。後者のような、経済志向の人々にとっては安倍首相が米国と親密な関係であることが、いわゆる「瓶の蓋」と思われているのではなかろうか。「瓶の蓋」とは、アジア諸国が日本の軍国主義の復活を警戒する場合に、米国が日本の後ろにいる限り、昔のような事態にはならないだろう、ということを指す。
だから、与党に投票した人々の中にも安倍政権がいかに右翼的かつ復古的であっても、アメリカがバックについている限り、戦前のような軍国主義や弾圧は起こらないだろうと思っている人が少なくないかもしれない。しかし、トランプ政権になった場合、米軍の駐留がなくなるということは米軍基地が撤去されることだが、同時に、将来、日本国内でどのような民主主義からの逸脱行為があろうと〜どの政党の政権で起きるかは問わず〜米国は干渉を控えるという不干渉主義に転じる、ということでもある。ニューヨークタイムズが示唆していることはこのようなことだろう。
日本の左翼の人々はトランプ大統領のレイシスト的発言を批判しているけれども、左翼の人々の多くが希望している米軍基地の撤去を実現できるのはトランプ大統領の場合が最初で最後かもしれない。とはいえ、その場合に、日本国内の政治に対する「歯止め」もなくなる、ということなのである。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)も中止するほか、これまでの自由貿易協定自体も見直す、とトランプ氏は言っているようである。アメリカからの外圧がすべてなくなる。もちろん、どこまで本当かは不明だ。しかし、米軍基地の撤去を望む限り、日本の政治を変えるために外圧を求める、というねじれた考え方もまた捨てなくてはならなくなるのである。こう読むと、ニューヨークタイムズのこの社説は外国の読者をリアルに想定して書かれたような気もする。
|