ガブリエル・ズックマン著「失われた国家の富〜タックス・ヘイブンの経済学〜」が日本で翻訳されたのは去年の3月。それからおそよ1年後の今春、「パナマ文書」が暴露された。課税を逃れるためにいわゆるタックス・ヘイブンという課税がゼロだったり、課税率が低かったりする場所に法人を設立したり、そこへ資産を移していたりした企業や個人の名前が公開され、世界をゆすぶったことは記憶に新しい。本書の著者ガブリエル・ズックマン氏は「21世紀の資本」で著名なフランスの経済学者トマ・ピケティ氏の弟子であり、同時にピケティ教授が資料を集める時に欠かせない若手研究者である。
本書が書かれた時には未だパナマ文書は公にされていなかったが、欧州ではタックス・ヘイブンがらみの暴露事件は以前にも起きており、フランスでは社会党の予算大臣(当時)ジェローム・カユザック氏まで疑惑が浮上して辞任した経緯がある。本書によれば2012年にインターネット新聞のメディアパール(Mediapart)がカユザック氏がタックス・ヘイブンであるスイスの銀行UBSに口座を持つことを示す古い資料を公開した。カユザック氏はその後、スイスから(同じくタックス・ヘイブンの)シンガポールに資産を移していたことがフランス政府から独立したフランスの司法調査によって判明し、辞任に追い込まれていた。左翼政党のはずの社会党の経済担当大臣がこのような事態だったことはオランド政権にとっては傷となっただろう。
このカユザック氏は、国民戦線創設者のジャン=マリ・ルペン氏らと並んで、今春暴露されたパナマ文書にも名前が出ていた。タックス・ヘイブンはパナマなどのカリブ海の島々に焦点が当たりがちだが、もともとは英国やスイス、ルクセンブルクなどの欧州や米国なども、深く関係しているようである。
ズックマン氏はヨーロッパ金融危機の核心にあるのが、タックス・ヘイブンである、と本書を書き出している。とてつもなく大きな問題であり、解決しなくてはならないというのだ。そして、ズックマン氏が提案するのは株式や債券などの金融証券の持ち主を明らかにする世界規模の帳簿を作成することだ。
「21世紀の資産を課税するには、これは必要不可欠な条件である。読者は、この提言を夢物語だと思うだろうか。ところがスウェーデンには、名義人が記載されたこのような帳簿がすでに存在する」
翻訳者の林昌宏氏によると、師匠であるピケティ教授もまた、同じ見解を持っているのだという。タックス・ヘイブンについては、ジャーナリストによる様々な本が書かれているが、本書は経済学者が自ら書き下ろしたという点に価値があり、本書の中で未知の部分が大きくとも、明らかなデータをもとに様々な試算を行い、問題がどの程度の規模であり、それが世界経済にどのような意味を持っているのか、といったマクロ的な分析と解決策を提示していることが興味深い。
■La richesse cachee des nations(本書の原題がこれである)
http://gabriel-zucman.eu/richesse-cachee/ 著者のガブリエル・ズックマン氏はパリ経済学校でピケティ氏のもとで博士号を取得後、渡米した。このサイトではカリフォルニア大学バークレー校の准教授と肩書が書かれている(2013年)。本書は2013年11月にスイユ社から出版された。フランスにとっては2012年5月の大統領選でオランド大統領が選出され、富裕層への課税問題が検討され、実際に75%の累進課税が富裕層に課せられたが、課税逃れのためにベルギーなどへ国籍を移す人々が200人以上に及んだことから、この課税案は撤回されることになった。
■JETROが日本企業がタックスヘイブンのシンガポールに法人を設立するケースについて書いている
https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07001006/report.pdf 日本企業がアジアに進出する場合に法人の拠点をタックス・ヘイブンのシンガポールに置き、企業グループ全体で日本よりも低い税率の適用を受けようとするケースがあると指摘されている。
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