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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2016年08月18日01時09分掲載
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ナチスの徹底した偽装工作に医師はだまされた 「生者が通る」(Un vivant qui passe ) クロード・ランズマンのインタビューから
排外主義の特徴の1つがある特定の民族をゲットーなどに押し込めてしまうことです。これは南アフリカでもアパルトヘイト政策として行われていました。その隔離された施設でいったい何が起きていたのか。1944年、チェコスロバキア(当時)にあったナチスのテレジエンシュタット強制収容所に赤十字国際委員会の視察団が訪れます。ところが、彼らはナチスの偽装工作に騙されてしまったのでした。
フランスのドキュメンタリー作家クロード・ランズマンはホロコーストを記録した映画「ショアー」で知られていますが、その映画を製作していた時にスイスの医師にインタビューしていました。このインタビューは独立したドキュメンタリー作品として公開され、さらには活字として書店にも並ぶことになりました。「生者が通る」(Un vivant qui passe )というタイトルです。ランズマン氏がインタビューしたスイス人の医師は第二次大戦末期の1944年にチェコのテレジエンシュタット強制収容所を赤十字国際委員会の視察団団長として訪れました。
CL=クロード・ランズマン
CL「あなたの一行の視察にドイツ側がどう備えたのか、それに関する細かい情報を入手しています。あらゆる対策が取られていたのです」
医師「そうです」
CL「対策は実に並外れたものでした。それはあなたが書いた報告書を読めば如実にわかります。あなたは好きなだけ写真を撮ってもよかった、と報告書に記しています。正確を期すなら、彼らはあなたが写真を撮ることに期待していたんです。」
医師「もちろん、そうです」
CL「彼らはそれを望んでいた・・・たとえば施設をすべてきれいに掃除させ、アスファルト舗装をさせていました。これらが最初の段取りです。テレージエンシュタットではカフェの前の重要な場所に音楽堂を建設させました。あなたが訪れるわずか数日前のことです。そこでオーケストラが演奏しましたが、あなたがご覧になって報告したのもこれですよ。」
医師「あまりよくは覚えていなんだ。信じてもらえますか」
CL「ええ、もちろん」
医師「ありがとう、ありがとう」
CL「でも、あれは以前は存在しなかったものです」
医師「そうでしょうね」
CL「しかも、あの後にも存在していません。いや、私が言いたいのはいかに法外な偽装工作が行われていたのかってことなんです。そしていかにそれらが準備されたのか。次に彼らは椅子をしつらえました。その場を公共の広場と称していました。あなたは子供たち、幼児や子供のための児童施設もあると驚きを込めて報告しましたね。そこは動物の絵で飾られていた。調理場もあり、シャワーや小型のベッドまで設置されていました。それらはすべて・・・」
医師「そうです」
CL「・・・すべてあなたが訪れる数日前に。そしてその後、きれいさっぱり消えた。その理由は単純明快です。出産は実際には禁じられていたんですよ・・・」
医師「そうです」
CL「・・・テレージエンシュタットでは。強制的に堕胎をさせられていたんです」
医師「あぁ!」
CL「子供なんかつくらせたら、ユダヤ人絶滅政策と矛盾するでしょう・・・」
医師(さえぎるように)「もちろんだよ!」
ナチスは赤十字国際員会に「現場」を見せることで、好感度UPを画策したのでした。実際に視察団長はその策略にはまって、素晴らしい施設だと報告書を書いてしまったのです。「現場」を訪ねたからと言って、それが真実だとは限らないのです。
1944年から30年以上たった戦後に映画監督のクロード・ランズマンから、現地で何を見たのか、1つ1つ視察団長だった医師が問いただされていきます。しかし、医師は視察の前にある強い先入観を持っていたのでした。それは視察する収容所はユダヤ人の中でも特権階級の人々が収容される施設であり、富裕層だからその資金力で通常のユダヤ人よりも待遇がよいに違いない、と思い込んでいたのでした。「現場」に入る前に、先入観があったために、現場の人々の沈黙の意味を医師は見誤ってしまったのです。とはいえ彼は当時25歳くらいで臨床経験もほとんどない医師だったのです。スイスで徴兵されて国境警備に携わるのが退屈だったために郷里の先輩のつてで、赤十字国際委員会のベルリン支部に勤務することで徴兵解除にしてもらえたのでした。こうした中で、その頃、赤十字にはアメリカのユダヤ人社会から、強制収容所の視察をするように、という願いが届いていたのです。
当時まだ若かった医師が収容所を訪ねたとき、本当にひどい施設なら、ユダヤ人の誰かがナチの目を盗んでこっそり実情を耳打ちしてくれたり、何らかのサインを出してくれたり、メモを手渡ししてくれたりするはずだ、いやそうでないとおかしい、と思っていたのでした。ところが、収容所のユダヤ人たちは何一つ彼に話さなかったばかりか、むしろ彼との接触を避けようとしていたのです。そのことが、視察団の彼に悪い印象を与えてしまったようです。実際には収容されたユダヤ人たちはもし密告でもしたなら、即座に処刑されるとナチスに脅されており、誰一人そうすることができなかったのです。そして、施設の混雑度を解消するべく、視察団が到着する前に多くの人々がアウシュビッツに送られ、ガス室で殺されていたのでした。つまり、施設内には恐怖が蔓延していたのです。
CL「私に対してではなく、私の協力者に対してあなたはこんなことをおっしゃったことがありますね、収容されている人たちがあなたをまるでペストを見るように避けていた気がしたと。」
医師「そうです。その通り。人々は私から逃げていた。それも事実です」
CL「それも劇場であった、と?あなたから逃げる芝居?もっと正確に言えば、彼らは劇を演じることができないと感じていた、劇場の舞台の上で」
医師「おそらく、おそらく。誰も自分から語ろうとしなかった。誰も自分について語ろうとしなかった。<よろしい、私はとにかく叫び声をあげよう、何か話そう>とか。しかし、そんなことはまったくなかったのです。」
CL「それは即座の死を意味しましたからね」
医師「即座の死。質問は出ませんでした。もっとも私もまたどんな反応をしてよいかわかりませんでした。私は決して腰に銃を下げていたわけではないんですよ。ですから、彼らの受身さを理解するのは、まったくもって難しいことでした」
CL「あなたは彼らに有罪を押し付けています」
医師「いや、裁こうとしているのは私じゃありませんよ。ただね、驚きだったんです。こんなにも大勢の人々が1つの筋書きを持った芝居を演じていて、それがうまく行っていたということに。」
CL「ユダヤ人は俳優でしたが、演出家はドイツ人だったんです」
医師「そう、だから質問は起きなかった」
CL「あなたは報告書をこう結びました。<私たちの報告は誰の判断も変えることはないであろう。第三帝国がユダヤ問題の解決でとっている方法を非難することは誰しも自由である。ただ、もしこの報告書がテレージエンシュタットのゲットーにまつわる謎を多少でも消し去ることができるのであればそれで十分であろう>。これですが、あなたは正確に何を言いたかったのですか?あなたが判断を覆したいと思った人々とはいったい誰なんです?」
医師「いずれにせよ、私たちは人種隔離に反対していました。イスラエル人をゲットーに押し込めることに反対していたのです。それは私たちスイス人の国民性にまったく反することでした。私が絶滅収容所の実態を見ることがなく、また私たちがナチの集団虐殺に気づいていなかったのだとしても、私は人種差別自体がすでに恐怖であると考えていたのです」
CL「あなたはこの報告書のことを今になって悔いていますか?」
医師「私は他にどうすべきだったかわかりません。今でもこの報告書にサインをするでしょう」
CL「私があなたに話したことすべてを知った上でも?」
医師「もちろんです」
CL「彼らがあなたを欺いたと知ったとしても・・・」
医師「えぇ、ただ・・・」
CL「そして真実は・・・」
医師「・・それは・・・」
CL「・・・地獄だった。あなたは決してあれを天国だとは語ってはいません。しかし、バラ色だった、と報告書には記されました」
医師「そうです」
取材の現場には表の顔と裏の顔があり、経験が不足していると上辺の言葉、表情に騙されてしまうことがあります。クロード・ランズマンの問いかけに対して、医師は私には自分の目で見たこと以上のことは語れない。だから、施設で私が目にして感じたことをレポートした。そのレポートを書き換えるつもりはない、と言うのです。たとえ、それが偽装工作であったと数十年後に知ったうえでも、私にはそれ以上の何を「見る」ことが現場でできたのですか、と医師は問いかけます。現場には地層のように、複数の層があるのです。
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