今年のフランスの政治の動きをウォッチしている人々にとっては49-3という数字の意味するものが何かを知ることが絶対に不可欠でした。これを知らなくては春から夏にかけてのフランス議会の緊迫した動きが理解できなかったのです。そして、49−3を巡って議会の外でも、つまりフランス各地で抗議のデモが繰り返されました。49-3について、ご存じでしょうか?実は筆者も知りませんでした。
49-3というのはフランス憲法49条3項を指します。ある法案を政府(内閣)がどうしても通したい時、議会(下院)の多数決を回避する手立てが憲法にあります。内閣を信任してもらって下院で法案を内閣の一存で通すという制度です。えっ、そんなことが可能なのか?と思う人も多いでしょう。できるのです。しかし、首相が49条3項の適用を宣言して法案を力づくで通そうとした場合でも、もし野党が24時間以内に内閣不信任案を提出し、下院の多数決で不信任派が多数派を占めることができれば当然ながらその法案は流れ、内閣は解散。再度、組閣しなくてはならなくなります。つまり、首相が自分の地位を賭けてもこの法案を通すぞ、という時に使う最後の手なのです。
議会での十分な話し合いと多数決でものごとを決める民主主義の原則からすれば、かなり逸脱した非常事態の方法なのですが、社会党のマニュエル・バルス首相は昨年に続いて今年も49条3項を適用して賭けに出ました。今年適用した理由は労働法改正を目指す首相が、議会内での多くの反対を押し切るためでした。実は与党・社会党の中からも反対の声が多数出ていたのです。議会の外では労働者や市民が、労働法改正をめぐる議会の動きを見つめていました。非常手段を続けて使っているということでバルスは独裁者だ、という批判が当然ながら起きました。フランスの労働法は世界的に見ても手厚く設計されているため、それを大幅に崩そうとすれば当然ながら労働組合や労働者・市民らの強い抵抗が起きました。
この時、野党の共和党などから内閣不信任案がすぐに提出され、下院で投票が行われました。しかし、結論を言えばごくごく僅差で内閣不信任動議は否決され、労働法改正案は下院で可決されることになったのです。与党・社会党内部にも労働法改正に反対する議員が多数で、さらに本来、労働法改正案に政策的に近いはずの野党・共和党も反対に回っていたにも関わらず、不信任動議は否決されたわけです。その理由はなぜか。実は労働法改正に反対していたはずの社会党議員が、政策を個別的に見れば労働法改正案に反対しているものの、内閣に不信任をつきつけるかどうかという党の威信をかけた選択になると党を選んだ、と言うことになります。ぎりぎりのところでは組織が大切ということなのでしょう。
フランスの新聞やTVで「49−3」という見出しやテロップが多発すれば当然、それが何なのか知りたいと思うもの。そんなとき、駒沢大学法学部教授の大山礼子氏が書き下ろした「フランスの政治制度」はとても役に立つ一冊です。実はフランスの政治制度は考えてみると、同じ民主主義国と言っても意外と違っていて新聞などで触れた事態を理解することが難しいことがよくあります。特に選挙制度はそうです。投票も二回投票が基本になっていますし、上院と下院の役割とか選挙の仕方も日本と異なります。下院は日本の衆院に似ていますが、上院(セナ)の議員は有権者が直接選ぶのではなくて、選挙で選ばれた地方議員らが地方の声を代表させるために、地方議員らで選挙を行って上院の議員を選出します。そもそも議院内閣制の日本と比べればフランスは大統領制であり、その場合に大統領と首相の関係はどうなっているのか、などなど考え始めると知らないことが山積していることに気が付きます。
これはフランスに限らず、あらゆる国について言えることでもあると思います。ニュースでは政治権力者の交代劇など映像にインパクトのあるものを中心に伝えられますが、その国の政治制度を知っているのと知らないのとでは理解に大きな差が出てもおかしくありません。逆に言えばその国の制度を知らなければ起きている現象の解釈も誤ってしまう可能性があります。そういう意味で、こうした政治制度をわかりやすく一般読者も手にとって読めるようにまとめた本がいかに貴重か、ということがわかります。東信堂は「制度のメカニズム」というシリーズを出していて、非常にありがたいものだと思います。
■フィガロの記事 ’Loi travail : le gouvernement degaine le 49-3’ ( 労働法改正案 政府が49−3をついに使う)
http://www.lefigaro.fr/politique/le-scan/2016/05/10/25001-20160510ARTFIG00164-loi-travail-le-gouvernement-degaine-le-49-3.php
■フランス大統領選予備選 フランス大統領選とアメリカ大統領選の違いは決選投票があること 明日は注目の共和党予備選の投票日
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611191031406
■モンテスキュー著「法の精神」 〜「権力分立」は日本でなぜ実現できないか〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312260209124 ■「現代政治学の基礎知識」(有斐閣) 〜政治の再構築に向けて〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312020312161 ■ヒューム著「人性論」 ‘A treatise on Human Nature’ ヒュームは面白いが本気でやると難しい。でもヒュームを読んでおくとカントが楽になる
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508230129060 ■日本の司法は独立を保てるか? 最高裁判事が全員、安倍首相の応援団になる日 自民党改憲案の真の怖さ
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201606160619394
■久邇良子著『フランスの地方制度改革〜ミッテラン政権の試み〜』(早稲田大学出版)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202309181608131
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