2016年10月13日にプミポン国王が死去して以来、タイでは国民のほとんどが喪に服しているという。道行く人々は皆、黒い服に身を包み、街中の看板が国王を追悼するものに変更されているらしい。
http://synodos.jp/international/18328 このようなタイの現状を聞けば、日本人の多くは、「そりゃそうだろう。70年間も現役君主としてタイと共に歩んできた人物なのだから、その死を国民が悲しみ追悼するのは当然のことだ。」と思うだろう。実際、日本では大手メディアに限らず、タイの専門家や“タイ通”を自称するブロガーのほとんどが、追悼一辺倒の発信を続けている。
しかし、すべてのタイ人が国王を“愛していた”というのは大きな誤解だ。
まず、タイの政治と言えば、“赤シャツ”と“黄シャツ”の衝突を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。黄色は国王のシンボルカラーであり、文字通り“黄シャツ”は国王寄りで、“赤シャツ”は「反独裁民主戦線」という団体名をつけて国王の政治的介入に大きく反対している。要は、少なくとも“赤シャツ”と呼ばれるタイ人は、国王の存在を好ましく思っていないのだ。
プミポン国王は70年という長い年月の間に、軍と密接な関係を築き、たびたび政治に介入してきた。1976年に学生数十人が犠牲になった「血の水曜日事件」や、2010年に“赤シャツ”が2000人以上死傷した「暗黒の土曜日」の事実上の黒幕だったとも言われている。
そもそもが、タイでは憲法112条で、国王や王室を批判することが禁止されていて、違反者には3〜15年の禁固刑が課されることになっている。この条文は、クーデターで軍が政権を握るたびに拡大解釈され、逮捕者が続出し、メディアが自粛を余儀なくされるということが繰り返されている。
つまり、タイにおける国王の存在は、民主主義や表現の自由に反するもので、それに疑問を持つタイ人は、赤シャツに限らず相当数いる、というわけだ。
では、彼ら“反王政主義”のタイ人は今どうしているかというと、周りにならって喪に服している(あるいは振りをしている)人もいるが、国王の死をきっかけに本当の民主主義がタイに訪れることを期待して、これまで通り、国王に批判的な意見をSNSなどで発信している人もいる。
そして、後者は、「暴力主義者」だの「売国奴」だのレッテルを貼られ、なんと、魔女狩りならぬ“反君主狩り”の標的になっているという。
フランス大手各紙が取り上げたところによると、まず、本国では、国王や皇太子に批判的な意見をFacebookに載せた人が逮捕され、野次馬の前で国王の肖像に向かって謝罪を強要される、という例が各地で見られたといい、その様子がYoutubeなどに上がっている。
そして、“反君主狩り”は国内に留まらず、ここフランスにも及んでいてる。
その中でも、Aum Nekoという22歳のタイ人学生の例を、ルモンド紙からシャルリー・エブドまでのあらゆるメディアが取り上げた。
フェミニストで反王政主義者の彼女は、直近のクーデターが起きた2014年、フランスに亡命した。そして国王の死が世界中でニュースになった同日、自身のFacebookに載せたビデオが波紋を呼び、国王を擁護する団体などからおびただしい数の強迫を受けているという。
問題とされる複数のビデオで、彼女はひたすら自身の意見を述べている。タイ語の場合もあればタイ語訛りの英語で語り続ける場合もあるが、国王を侮辱しているようには見えない。
彼女が実際に何を言っているかというと、国王については「軍と手を取り合ってきた独裁者」、王室については「国民の目を盗みながら財を成す汚職の元凶」、君主制を尊ぶ風潮に至っては「子供のころから頭に叩き込み、国民の思考を停止させるプロパガンダ」と言い切っている。
こうして彼女の発言を要約しただけだと大袈裟に聞こえるかもしれないが、前述したとおり、国王は日本で報道されているほど純粋で平和的な君主ではなかった。また、リベラシオン紙によれば、タイの王室だけで国内総生産の6分の1を独占しているという。更に、国王が死去した後の国民の反応は、絶望や悲しみ以上の何か狂気に満ちたものを感じさせる。以上の事実を一つ一つ見てみると、彼女の発言は決して大げさではなく、根も葉もないことを言って国王を侮辱しているのではないことがわかる。
ここで最も問題視しなければならないのは、タイでは国王が絶対的な存在になり、彼に批判的な人間の命が危険にさらされているという実態である。
Aum NekoがFacebookにビデオを投稿してまもなく、王政主義団体によって彼女が通う大学が突き止められ、「大学まで来てやった。どこにいるか言え。」という趣旨のコメントが投稿されたり、殺し屋を雇うための金を募る者まで現れた。実際に命を狙われることを恐れた彼女が身を寄せた友人の名前と住居も、ほどなくして突き止められた。
本国ならともかく、亡命先のフランスでこのような目に遭わされるのは明らかに異常だ。
そして、異常なのは彼女ではなく、国王を崇拝しているばかりに狂気の沙汰に陥った王政主義者たちである。
これは、イスラム国の戦闘員が神を崇めたり、北朝鮮の国民が将軍様を絶対視していることに通じる。
リベラシオン紙がインタビューを取った、ドイツのボン大学・東洋研究学域で教鞭をとるOlivier Pyeの話が興味深い。
“王政を批判しただけで亡命しなければならないこと自体がすでに深刻な状況です。・・・今回の“魔女狩り”は、王政・国家・反民主主義の“黄シャツ”団体から発展したファシスト的国民感情を軍が利用している証拠です。プミポン国王に支持されていたファシスト団体は、1976年にタマサート大学で政府批判のために集まっていた学生たちを攻撃したことで知られています。彼らは、王位を継承する予定の皇太子が父親ほどのカリスマ性をもっていないことを危惧していて、体制に対する批判が表面化しないように、有無を言わせない雰囲気作りに躍起になっているのです。”
Ryoka (在仏ブロガー)
(参考記事 ↓)
http://www.liberation.fr/planete/2016/10/20/aum-neko-thailandaise-menacee-de-mort-en-france-pour-lese-majeste_1523177
http://www.humanite.fr/thailande-le-roi-est-mort-les-opposants-peut-etre-618574
http://www.lemonde.fr/asie-pacifique/article/2016/10/19/apres-la-mort-du-roi-de-thailande-les-derapages-des-ultraroyalistes-se-multiplient_5016356_3216.html
■イタリア人の映画監督がイタリア中部アマトリーチェ地震の被災者らをパスタにたとえた風刺画を読み解く 〜母に捧げる風刺画の読み方〜 Francesco Mazza(翻訳 Ryoka)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610200811454
■シャルリー・エブドはなぜイタリア人被災者をラザニアに例えたのか 〜 風刺漫画について〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610161954160
■シャルリー・エブドのシリア難民を扱った風刺画について 〜批判に対する作者RISSの反論〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201510021439525
■不可解な風刺画掲載本
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201503112107253
■シャルリー・エブドは難民を馬鹿にしているのではない
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509161922143
■拝啓 宮崎駿 様 〜風刺画について〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201503102218542
■「日本 川内原発が3・11のトラウマを呼び覚ます」 社会学者 セシル・浅沼=ブリス Cecile Asanuma-Brice (翻訳・紹介Ryoka)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604221513295
■フランスの原子炉相次いで停止、電力不足の懸念も Ryoka (在仏ブロガー)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610200750554
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