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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2016年11月13日22時42分掲載
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文化
【核を詠う】(特別篇2)『原爆歌集ながさき」を読む(4)「なみよろふ長崎の山・海を越え六万の鐘哭きてとどろけ」 山崎芳彦
日本政府の「内閣官房国民保護ポータルサイト」に『武力攻撃やテロなどから身を守るために』パンフレットがあるが、その中の「核物質が用いられた場合」の項を見て、核爆発による被害と対応についての記述のあまりの矮小化、歪曲に驚き、広島・長崎の原爆被害体験・被爆者に対する冒瀆ともいうべき内容に怒りを禁じ得なかった。「核爆発の場合」の留意点として、「閃光や火球が発生した場合には、失明する恐れがあるので見ないでください。」、「とっさに遮蔽物の陰に身を隠しましょう。地下施設やコンクリート建物であればより安全です。」、「上着を頭から被り、口と鼻をハンカチで覆うなどにより、皮膚の露出をなるべく少なくしながら、爆発地点からなるべく遠く離れましょう。その際、風下を避けて風向きとなるべく垂直方向に避難しましょう。」…などと書いている。広島・長崎の原爆被害や被爆者の体験はなかったことなのか。現憲法下でも核武装できる、国連の核兵器禁止条約づくりに向けた取り組みには反対、核発電を推進、の安倍政府の本質をここにも見る。
同パンフレットの「核物質が用いられた場合」を、もう少し見ると、「特徴」として、「核兵器を用いた攻撃による被害については、当初は主に核爆発に伴う熱線、爆風などによる物質の燃焼、建物の破壊、放射能汚染などの被害が生じ、その後は放射性降下物(放射能をもった灰)が拡散、降下することにより放射線障害などの被害が生じます。」と説明し、そこから前記の留意点を挙げている。前記した留意点のほか「屋内では、窓閉め・目張りにより密閉し、出来るだけ窓のない中央の部屋に移動しましょう。」、「屋内に地下施設があれば地下へ移動しましょう。」、「屋外から屋内に戻ってきた場合は、汚染物を身体から取り除くため、衣類を脱いでビニール袋や容器に密閉しましょう。その後水と石けんで手、顔、体をよく洗いましょう。」、「安全が確認できるまでは、汚染された疑いのある水や食物の摂取は避けましょう。」、「被ばくや汚染があるため、行政機関の指示などに従い、医師の診断を受けましょう。」と続く。
武力攻撃による核爆発の想定とは、広島、長崎の原爆投下時と同じことであり、原爆投下によってどのような悲惨な状態が起こり、無残に人が殺され、人が存在していた広範な地域が破壊されたか、生き延びることが出来た人びとがどのようにその後の生を生きたか、これまでに読んできた広島、長崎の被爆者の短歌によってだけでも、「武力攻撃の核爆発の場合」の留意点として政府の「国民保護」を称するパンフレットに記されていることのあまりの欺瞞は明らかだ。
「爆心地では、温度が3000度にも達し、火の玉によって『人々は内臓が煮えたぎり、一瞬のうちに黒焦げの塊になって燻り続けた』。何万人もの人が瞬時に落命した。その年が終わるまでに推定14万人、1950年までに20万人が死亡した。」(『オリバーストーンが語るもうひとつのアメリカ史1』 早川書房刊)、「怪我や火傷を負った生存者は激痛に苛まれた。被爆者はこれを地獄の苦しみと言った。体がひどく焼けただれ、裸同然の姿で、骨から皮膚が垂れさがった人々で通りが埋め尽くされた。負傷の手当を請う人、家族を探す人、迫りくる炎から逃げまどう人は、歩む足を宙で止めた姿のまま黒焦げになった死者の体につまづくこともしばしばだった。」(同)
「長崎の場合、爆風による建物の破壊は広島に比べより強烈だった。それに加えて、火災の激しさも想像を絶するものがあったのである。爆心地に近い山里町一帯の火災状況は、目撃者によって、『類焼だとか、延焼だとかで、燃えたのではない。一斉に大地が火を噴いて燃え、そして一斉に消えた。…地球が火を噴いて咆哮している。』と描写されている。」(『原爆災害 ヒロシマ・ナガサキ』岩波現代文庫)
前記した政府の内閣官房のパンフレットがどれほど悪意のある国民欺瞞の広報であるか、「『二度とこのようなおもいはさせたくない』という気持ちで発言してきた被爆者・戦争体験者の声は無視され、戦争の現実に向き合わないままに、戦前の状況が復元されつつある。」(高橋博子著『封印されたヒロシマ・ナガサキ』、凱風社刊)との指摘に、共感する。
アメリカのオバマ政権が導入を検討していた「核兵器の先制不使用政策」に安倍晋三首相は反対の意見をハリス米太平洋軍司令官に伝えたと言われ、 また国連総会第一委員会(軍縮)が10月27日に採択した核兵器禁止条約交渉の開始を求める決議に日本政府は反対し、核不拡散条約に加わらないまま核兵器を保有しているインドに原発を輸出し原子力技術を供与する日印原子力協定を結ぼうとしている。その安倍政府は「戦争法」を成立させ、多くの有事関連法を成立させているが、その一つである「国民保護法」、「国民の保護に関する基本指針」(2016年8月)にもとづくパンフレットのなかの「武力攻撃の類型などに応じた避難などの留意点」の「核物質が用いられた場合」の項の、核爆発による事態についての記述は、この国の政府がいかに広島、長崎の原爆被爆の実態、その被害者の受けた言葉に言い尽くせないほどの原爆によって起きた死と生の現実、歴史に真摯に向き合ってこなかったかを示し、さらにそれは福島原発事故によって新たな被曝者を生み出しながら人間不在の「復興」を歌いあげつつ非道な原発事故被害者への対応をすすめていることにつながり、この国の原子力政策の危険な本質を明らかにしている。
『原爆歌集ながさき』の作品を読み継ぐ。
◇放射能 多々良幸子 坐りたるまま焼死せし舅姑(ちちはは)の原爆忌今もわが胸を裂く 爆死せし父母を求めていもうとは余燼の中をさまよひしといふ 黒焦の爆死の父母をそのままに木切あつめて焼きたりといふ ただ一人被爆のがれし義妹(いもうと)を侵す放射能いやす術なし 放射能に侵されしいもうとの苦しみに耐へ得ず胃癌切除もむなし 食ふことに無欲となりしいもうとの一束の金魚草手より離さず (白血病にたほれて) 原爆の惨さ語りしいもうとの癌に耐へ得ずつひに逝きたり ケロイドの傷もつ友のよく耐へて嫁ぐことなく一人商ふ 原爆忌二十二回のめぐり来ぬみほとけの姑のうつしゑ若く ゆるやかに読経の声もまじらひて流灯(ろとう)はゆられつつ今離れゆく(原爆忌のろ灯流し)
◇焼原の道 田鶴初子 生き死をあやぶみし夫は帰り来てうから十三人は原爆死せり 十まりの骨箱はうから分け持ちて焼け原の道を黙し歩みぬ 結婚式場にのぞむうからもなくて旅先に匡は一人妻をめとりし 西田和子二十四才の名がありぬ長田国民学校収容者名簿に 原爆に身をやかれつつ西瓜を食べたしと言ひて死にし和子よ 原爆に戦場に夫を失ひし友の二人が一つ家に住めり トランク一つが全財産にして母と吾原爆落下の夜をさまよひし 原爆に生き残りし母疎開先の暗きにをりてひそかに死にき うかららの大方は原爆死して吾も亦血液に異状ありと宣せられたり うからの霊まつらむと来し丘にどよもし「原爆ゆるすまじ」のうた
◇ケロイドの皮膚 田吉千恵子 膝坊主重ねつぎせし国防色のズボンの出でぬ爆死の吾子の 学生が原爆死せるその跡の医学教室 真新しきに 原爆にセピアの色と変じたる過去をもちたり 稲佐の山は ケロイドの皮膚もつ夫と週末に山の湯を訪ふ友と知りたり 貴重なる資料なりとて疎開せし医学書遺し爆死す 吾子は 放射能にもだえもだえて血を吐きし山口学生が指させし書架 原爆に奪られし吾子を呼び呼びし亡夫臨終の声なほここに 片足の鳥居語りつげ 永久に原爆の惨ゆるし難しと
◇平和の祈り 田中政徳 長崎に死の灰降らし日本を最後となしぬ米を憎しむ 忍び難きを忍べとのらす大御言涙に聴きし通化まざまざと顕つ 幾万の長崎市民爆死せし米の非道許してなるか ものの是非辨えくれよアメリカよ非道な死の灰もう不要なり 爆心地浦上駅前住まひたる我が友どちの父子逝きけり ふるさとを隣家に住まひし竹馬の友君ら逝きしを引揚げ来て聞く 三菱に就職死出の旅となる君等と永久のわかれ悲しも ピカドンの凄さつぶさに語りけるわれの義母にも老いが来にけり 被爆時を満州に住み倖せはいのち保(も)ち来て今し不随に 長崎の復興なりしさま見む思ふわれには歩けず行けず
◇ケロイドの表情 田島則昭 水を求め爛れし皮膚を地にすりて死にゆきし浦上の川浅き底 ステンドガラス蝋の如くに熔けしのち半透明の塊となる 引きつりし半面の像異臭覚え逃れきぬ資料館嘔吐抱きて ケロイドの表情のなき顔を伏せぬ原爆に妻を子を失へり 吾れが踏む此処の大地はいまだにも骨埋みゐむ昼の虫鳴く 乾き癒す如くに平和を求めゆかむ思ひ一途にそよぐ木の枝 なみよろふ長崎の山・海を越え六万の鐘哭きてとどろけ 死にゆくは運命とは謂へ半生を原爆症のベッドに耐へぬ 爆心地の碑の前に焚く香の烟り風絶えて碑面にまつはり昇る 原爆公園夕かたまけて訪ふ人等ちらと碑面に目を向けしのみ
◇被爆の父 鳥越愛子 被爆者ら金比羅山を越え来たり医療所求め 諏訪の森下る 助けよと云われ思はず立ちすくむ赤肌やけて 一糸纏はず 被爆せし父の外傷浅ければ苦しむ父を 大仰といひし 放射能など知らず傷の浅き故励げますのみに死をば思はず 何といふ手当も無くて父は死に苦しいとのみ 云いつづけたり 敗戦を知らざるが慰めと母いひぬ八月十五日八時父は死にたり
◇焦土 中村元美 荒き風樹々に当れば爆死せる人の叫びに聞こゆこの丘 逝く身とて夜毎綴るは遺言か原爆症の友は乱れず 許すまじ原爆なれば後の世に語り伝えん被爆者吾れは 原爆忌迎へるたびに語り合ふ己が生命の今日あるを 原爆を知らぬ七つの子は逝けり原爆症と診断されて 平和を叫ぶ北見の友に送るなり原爆にとけしガラスの玉を 原爆のあの夜と同じ赤き月雲をよぎりて吾に迫りくる わき上がる入道雲を見るにつけあの日の雲を想ふ原子野 夏草の瓦礫のかげに赤き花あの日に散りし友の御霊か 目じるしの小川のほとり尋ぬれど友の家なく焦土あるのみ
◇閃光 田中早太郎 閃光一瞬 たちまちにして 巷には うじ虫ならむ うごめく人間の数 顔赤く 焼かれしいのち 声あげて 鬼面のごとく 逃げまよふあり 被爆者の 死にゆく姿態(さま)を 眼のあたり 見てゐる吾れに すべなかりけり 被爆われ のがれて山に 寝し夜は 草を枕に 星にもの言ふ はんどるを 握りしままの 姿態にて 焼死せる運転手に われは瞑目す 夏陽さす 原爆の碑に 掌は触れて 起る声なき もの聴かむとす 地上には 住む家もなく 広々と 焼野が原に 落ちゆく夕陽 被爆地に デモを思はす 蟻の列の 餌運びゐるを しみじみと視つ 慰霊碑に 花束供へし 乙女いま もの言はむとする 表情にて哭く 原爆の 傷痕と想ふ 地に咲ける 向日葵の陰影を 雲が消しゆく
◇いのちありき 秦 美穂 魚雷工場に命生き来し路香(るか)子よ助かりし路香子のこゑがきこゆる 天皇に降伏願へのビラ降らし空とぶは日本の響をたてず 八月九日朝食はむ豆粕を分けあひてそれぎりなりき山田女医武谷とくえさん 頭髪抜け出血とどまらぬ柏崎君に何せむ輸血二百瓦のみ いづれとさだかならぬ友の死にがらを並べ焼きたり二十三体 機械の如くただ一つのこと死にがらを集め死にがらを焼くのみなりき 分骨し骨壺持ちかへる暑き日なか道のアスファルトが燃えつつありし 朝の陽をさへぎらふなき丘の上焼けたちて白し大樹五六本 草の穂はうちしぐれをりいづ方(へ)にか人の御骨の曝(さ)れつつあらむ 動員学徒路香子が働きし地下工場その丘の上に老いて住みつく
◇カンナ咲く八月 平石貞子 原爆に老母焼死して姉生きて妹と不仲となりて友生く 原爆に焼けし土蔵の位置示す大和炬燵の茶色と変る 老母の愚痴は同じ事こぼす原爆に焼けし土蔵と宝物 浦上の焼け跡掘れば白骨の所々に出てきて友と合掌 醤油の配給受けむと出でし静子姉よ何処で爆死か夢にも佇たず 終戦となりて帰国の出来ぬ吾子母の実家の焼跡に泣く 朝靄に一間先も見えざるに焼跡整理に道迷ひ行く 戦地にて原爆逃れし兄弟よ母の遺骨出でず老い行く 緋のカンナ咲けば狂人めく人に思ひ出悲しき夏とはなりぬ 城山の服部一家の爆死せる様見届けし若人又逝く
◇姉のなき証 東 静子 水張りし盥は残り濯ぎゐし姿のままに君焼かれたる 爆死せし骨なき義姉のなき証(あかし)ただ一つなる碑の前に佇つ 義姉の骨も交りて居らむこの土地(つち)に幾歳月を照らふ夏の陽 黙禱の一分間に去来するおもひは二十年の歳月を越ゆ 原水禁の三の思想わめきあふ原爆忌前夜の平和公園 夾竹桃の枝をまとひて逃げまどひし原爆の日の乙女忘れず 浦上の夜空にひびかひ花火なる原爆前夜のざわめきに居り 常しづけきに晨より原爆公園にせめぎあふ思想のスピーカー響く わが義姉の遺骨さへ土と混じれるか爆心地近きこの家あとに 原爆に欠けたるままの夫の墓にも積らむ雪か師走のけふを
◇父母の骨 福田須磨子 夏の太陽裂けしと紛ふ白閃にわが父母は焼け給ひけり 気のふれし女走り来てまだいぶる焼け跡に倒れ動かずなりぬ 行き交ふ人々の眼のうつろさよ原子野をさまよふわれもその眼の一人か 一瞬のひらめきの中に抱き合ひて父母と姉は骨となりゐき 掌(たなぞこ)に掬へばあはれ父母の白骨は脆くわが膝に散る 風呂敷に掻き集めたるちちははのみ骨は貝殻のごとき音たつ 魂をぶち抜かれしごと原子野をたださまよひき足裏熱く 忽然と姿消したる肉親のあきらめられずさすらひし日々 生きながら焼かれ給ひしちちははを思へば今も涙たぎり落つ 原爆にみより死なしめしその日よりわが魂にやすらぎのなし
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