自由貿易協定を否定するトランプ氏が米大統領に選出されたことを受けて、TPPは終わったと見る人が多い。しかし米国のTPP離脱は未だ確定したわけではない。その理由の1つとして、前にも日刊ベリタで触れたのだが、自由貿易を推進する共和党の大富豪、コーク兄弟のネットワークが終盤でトランプ候補とどのような関係にあったのか、トランプ氏の毒舌ばかりが報じられて水面下のことがわからないということがある。
そう思っている中、2年前に創刊されたアメリカの調査報道メディア、The Interceptに興味深い記事が出ていた。スクープ報道で知られ、本も複数世に問うているジャーナリストで創刊者のJeremy Scahill氏が自ら書いたトランプ政権の副大統領であるマイク・ペンス氏にまつわる記事である。
https://theintercept.com/2016/11/15/mike-pence-will-be-the-most-powerful-christian-supremacist-in-us-history/ 政治はド素人であるトランプ氏の政権移行チームの要が政治のプロである共和党本流のマイク・ペンス氏と見てよいだろう。そうであるならペンス氏がどのような政治家か、ということはトランプ氏の人格と同等の意味を持っている。記事で引用されたトランプ氏の息子の話(※)によれば、トランプ氏は「アメリカを再び偉大にする」キャンペーンの方を担当し、国内政治と外交はペンス氏が担当だというから驚きだ。しかし、Jeremy Scahill氏も触れているが、この件についてはトランプ氏の息子は後に否定したとされる。
※これはニューヨークタイムズが7月に記事にしたトランプ候補の息子が副大統領候補への打診時に語ったという話である。Jeremy Scahill氏はこの言葉をNYTのリンクを張って記事で引用しているのだ。NYTの記事を読むと、トランプ候補(当時)は共和党のオハイオ州知事であるジョン・ケーシック氏の側近に副大統領にならないかとまず話を持ちかけた。ケーシック氏といえば自身が当初は大統領予備選の候補の一人だった人物である。その時、トランプ候補の息子は「史上最大の任務を持つ副大統領になる」と言ったそうである。その意味は先述のように副大統領が内政と外交を担当する(つまり実質的な大統領職)と言ったと書かれている。この話はケーシック知事の側近が匿名でリークしたものとされる。NYTはこれを記事にしたのち、トランプ候補やその選挙参謀に事実の確認を入れても二人は何も返答しなかった(つまり、否定もしなかった)と書き添えている。そのNYTの記事が以下。
http://www.nytimes.com/2016/07/20/magazine/how-donald-trump-picked-his-running-mate.html?_r=1 この件はアメリカでは大きく報道されたらしく、CNNの追跡記事ではトランプ候補(当時)はケーシック知事にこうした話を持ちかけたこと自体が嘘だと後日、ツイッターに書いたという。しかし、ケーシック知事の複数の側近がトランプ候補の息子が持ちかけた話は真実だと言っているそうである。以下がそのCNNの記事。
http://edition.cnn.com/2016/07/20/politics/john-kasich-donald-trump-vice-president/ 結果的に副大統領候補に最終的に抜擢されたのはインディアナ州のマイク・ペンス知事だった。インディアナ州もオハイオ州も中西部であり、選挙の鍵となった「ラストベルト」に位置する。しかも両州は隣り合っているのだ。Jeremy Scahill氏によればペンス氏は共和党にあってTPPやNAFTAなどの自由貿易協定推進派だという。さらにペンス氏はインディアナ州知事(現職)だったが、インディアナ州と言えば先述の通り、今回、トランプ氏の勝利を決めた大統領選の鍵を握る米中西部の「ラストベルト」に位置する州でもある。そして、ペンス氏が副大統領なら・・・と考える共和党右派のスポンサーも選挙資金を喜んで提供したというのだ。記事によればキリスト教原理主義勢力( Erik Prince氏ら )がペンス氏の一大スポンサーである。The Interceptが書いているのはこのようなことで、記事自体はTPPよりもむしろ、ジョージW.ブッシュ政権以上のキリスト教原理主義の台頭を予感させるものである。
さてここで再びTPPに話を寄せれば、ペンス氏の盟友が共和党のポール・ライアン下院議長であり、2012年に共和党のミット・ロムニー候補がオバマ大統領の二期目に挑戦した時の副大統領候補だった男だ。アメリカでの報道によれば当初は異端のトランプ候補を敬遠していたライアン議員はトランプ候補がペンス氏を副大統領候補に選んだ時、その選択を讃え、トランプ候補の支持に回ったとされる。そのライアン下院議長は投票前の10月に、トランプ=ペンスチームに花を送るように、新政権が発足するまでTPPの批准の議論は行わない方針であることを告げた。この声明が反TPPを売りの1つにしてきたトランプ候補に力を与えたことは言うまでもない。
このことでアメリカはTPPを破棄したのだ、と日本では解釈されているが、その可能性があるとしても、未だ確定したと見るのは時期尚早かもしれない。というのは、先ほど触れたペンス氏が実質的に政治を仕切るのであれば、TPPを大幅にアメリカに有利な協定に再交渉して批准する可能性がゼロではないのではないか、と考えられるからだ。アメリカは昨年10月にTPPを大筋合意に持ち込むために、終盤で自動車部品の原産地割合で大幅に日本に譲歩したり、著作権問題などでオーストラリアやニュージーランドなどに譲歩したりと言ったことがあった。トランプ政権が発足後、それらを再交渉して大幅に米国民が納得できるものに改造して共和党の手柄にしたい、と思う共和党議員は多数存在するはずである。ヒラリー・クリントン氏が大統領になっていれば、共和党は敵に花を持たせないためにレームダックの時期に一気に議会で批准したかもしれない。しかし、トランプ氏が大統領に選出されたということは、共和党議員にとっては時間ができたことを意味する。米議会の上下議会の議長(ともに共和党)がそろってTPP批准の議論は新政権発足後にする、と声明を出したのはトランプ候補の勝利が決定した直後だった。その意味ではTPPの行方はもうしばらく注目した方がよいのではなかろうか。
■ハフィントンポストが5月にインタビューしたトランプ氏の選挙参謀Paul Manafort氏の話「なぜトランプはヒラリーに勝つか」
http://www.huffingtonpost.com/entry/donald-trump-paul-manafort-general-election_us_574619eee4b0dacf7ad3e201?vqp8pvi= この中で、Paul Manafort氏はトランプ氏が考える副大統領について”He needs an experienced person to do the part of the job he doesn’t want to do.He seems himself more as the chairman of the board, than even the CEO, let alone the COO”(トランプは自分がやりたくない実務は経験豊富な副大統領にまかせたいんだ。トランプは大統領は企業の取締役会の会長職であり、COO=最高執行責任者でないのはもちろんのこと、CEO=最高経営責任者ですらないと思っているんだ)と語っている。
■トランプ大統領誕生 終盤、大富豪のコーク兄弟はどう動いたのか 気になるTPP とTTIPの行方
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611091624333
■バーニー・サンダースら上院議員12人がTPP再交渉をオバマ大統領に促す<<再交渉で致命的欠陥を是正するまで議会で批准の議論をすべきではない>> 上院議員たちが危機感を感じる複数の欠陥条項とは?
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611020218563
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