フランスの共和党の大統領候補になったフランソワ・フィヨン氏に対する反応は様々です。歓迎する人もいれば、危惧を感じる人も少なくないようです。フィヨン氏のカトリック信仰の強さがイスラム教徒との新たな確執を生むのではないか、と思う人もいる(※下記 注)ようです。
一方でユマニテ紙は左派の立場から、共和党右派のフィヨン政権が誕生した場合に生活が脅かされるであろう5つのポイントを発表しています。
1、退職年齢がまず65歳へ、次に67歳へ引き上げられる (※ 下の注をご参照ください)
2、同じ給料で1週間の労働時間が35時間から39時間に 延長される (※ 下の注をご参照ください)
3、消費税(正確にはVAT=付加価値税)がさらに3%引き上げられる
4、公務員50万人の削減によって治安が悪化する
5、医療保険の民営化が進む。 Secuでカバーされる医療の対象が長期患者と重症人 に限定される (公的医療保険的なものか)
フィヨン氏の政策の良しあしは別にして、ここから推察するに、フランスの財政がよくないことが想像されます。それをどう解決するか、という政策に当たってEUの方針と通底する財政負担削減の緊縮政策と見てよいでしょう。フィヨン氏はサルコジ大統領時代の首相でしたが、サルコジ前大統領のモットーは「もっと働きもっと稼ごう」でした。サルコジ前大統領の新自由主義経済政策がEUの求める緊縮政策と通底しており、こうしてみるとサルコジ前大統領が隣国ドイツのメルケル首相と欧州経済危機に臨んで親EU政策で一致していた理由がよくわかります。
ドイツが主導すると言ってもよいEUは欧州経済危機を乗り越えるために各国に財政規律を求めており、特にギリシアやイタリア、スペインなどの「南国」に緊縮政策を強要しています。そこにフランスも加えられています。フランスの金融機関はリーマンショックに連動して、リスクの高い国債や不動産担保証券などを保有していたため巨額の信用不安を抱えることになり、その時、ユーロ救済に巨額の出資をした欧州中央銀行やEUに多くの借りを作ってしまいました。そのつけが今日の社会党にもおよび、左派勢力の衰退につながっています。共和党のフィヨン氏が導入しようとしている経済政策はギリシアで一足先に起きた公務員削減や消費税の引き上げ、その他、様々な民営化とよく似ています。 今年、フランスの社会党が自ら規制緩和の方向に修正した労働法改正もまたその一貫と思われ、労働法改正に対する労組や市民の強い抗議デモはギリシアで起きた闘争を思い出させるものでした。ドイツが主導しているEUの経済方針に沿って緊縮政策を強いられたギリシアでは多くの若者が失業し、片やユーロ導入によって輸出面で有利になり好景気が続いているドイツに低賃金労働者として吸い寄せられているのが実情です。
一方、保守系の新聞、フィガロ紙でもフランソワ・フィヨン共和党候補の政策が紹介されていました。一週間の基本的な労働時間の制約が39時間へと延長されること、公務員の50万人削減、同性婚が養子をもらうことを全面禁止するなど保守化した政策が伝えられています。また外交政策ではイスラム国との戦いではロシアやシリアのアサド政権との協力を提唱しています。
http://video.lefigaro.fr/figaro/video/les-mesures-phares-du-programme-de-francois-fillon/5225998086001/ フィヨン氏が敵視している同性婚はオランド政権のクリスチャーヌ・トビラ法相時代に制定された未だ新しいものであり、恐らくはカトリックを信奉する保守派の立場(※)から、制約をかけようとしているのでしょう。
村上良太
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (※上の記事に対してフランス在住のブロガーのRyokaさんから 以下のご指摘がありましたので、ここに掲載します)
いくつか誤解(ユーマニテの意図的な誤報道?)があったので、またおこがましいとは思いつつも指摘させてください。
まず、退職年齢についてですが、現在60歳のところを65歳に引き上げる、というのが正しいはずです。以下のリンク先に下記のような記述があります。これは全部で4度行われたテレビ討論でもフィヨンが何度も口にしていたことです。
http://www.linternaute.com/actualite/politique/1343729-programme-de-francois-fillon-retraite-fonctionnaires-islam-les-13-points-cle-a-retenir/
Francois Fillon entend prendre en compte l’esperance de vie et ainsi reculer l'age l'egal de depart a la retraite a 65 ans.
また、「同じ給料で1週間の労働時間が35時間から39時間に延長される」と書かれていますが、フィヨンは民間で35時間制を廃止し、公務員は35時間制が導入される前の39時間に戻すと言っています。つまり、民間の労働時間は各企業や個人に任せる、ということです。また、“同じ給料で”というのは彼は一言も言っていません。以下のフィヨンの公式サイトを参照ください。
https://www.fillon2017.fr/participez/15-mesures/ Fin des 35 heures dans le secteur prive et retour aux 39 heures dans la fonction publique.
最後に、フィヨンが「カトリック」だということが左派系メディアで軒並み誇張されて報道されていますが、彼はそれを明言したことはありません。実際のところ誰も真相を知らないので、ルモンド紙などは以下のような記事まで書いて検証していました。
http://www.lemondedesreligions.fr/une/francois-fillon-catholique-vraiment-24-11-2016-5953_115.php
確実に言えることは、彼が自他共に認める「ドゴール主義者」だということです。フランスらしさを追求しているうちに、カトリック寄りの言動が目立つようになった、と言ったほうが正しいのではないでしょうか。
Ryoka
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ※ 注のご指摘が複数出た背景にはユマニテ紙のウェブサイトの中の速報的な短い箇条書きの要約メッセージを翻訳したということがあります。そこではたとえば労働時間の民間と公務員の細かい区別までせず、わかりやすい数字の方を選んで伝えた、という経緯があるのでしょう。その意味で詳細な情報を把握して伝えるべきでした。 それともう一つはユマニテ紙がフィヨン政権になったら退職年齢が「65歳から67歳へ引き上げられる」、と伝えている旨を最初の原稿で記しましたが、これは筆者の理解と翻訳上の問題に起因します。上のご指摘を受け、ユマニテのサイトで確認したのですが退職年齢が「まず65歳に引き上げられ、次に67歳に引き上げられる」と書かれています。退職年齢の引き上げにはその次もある、ということをユマニテは伝えています。それとフィヨン氏がカトリックかどうか、という点の検証の必要性は貴重なご指摘だと思います。実はカトリックであることを危惧するメッセージがインターネットなどではたくさん出ているのです。実際はどうなのか。いずれにしてもご指摘に感謝しています。
※フィヨン氏の信仰がカソリックかどうかについて検証したというルモンドの記事「フランソワ・フィヨン 本当にカトリックか?」に以下の文章があります。これはご指摘いただいた当該の検証記事です。
http://www.lemondedesreligions.fr/une/francois-fillon-catholique-vraiment-24-11-2016-5953_115.php
”Francois Fillon ne s’est, certes, jamais cache de sa foi. ”
「確かにフランソワ・フィヨンは決して信仰を隠したりしなかった」
"Enfin, le candidat s’est distingue en adressant, le 24 octobre dernier, une " Lettre aux eveques de France", dans laquelle il tente de demontrer que ses preoccupations et les leurs ne sont pas vraiment eloignees."
「結局、10月24日にフィヨン候補は『フランスの司教の方々への手紙』を書き、その中で自分の心配事項が彼ら(カトリック司教ら)の心配事項と近いことを表明した」
”Il a rappele cette position dans sa " Lettre aux eveques ": " Je propose de reecrire le droit de la filiation pour figer le principe selon lequel un enfant est toujours le fruit d’un pere et d’une mere. " Sur la question du droit a l’avortement, centrale pour le magistere catholique, qui y est oppose, Francois Fillon a declare, lors d’un meeting a Aubergenville (Yvelines), le 22 juin 2016 : "Philosophiquement et compte tenu de ma foi personnelle, je ne peux pas approuver l'avortement. ”
「フィヨン候補は同性婚への反対の姿勢を『司教の方々への手紙』の中で表明した。『私は親子関係の法律を修正することを提案いたします。子供は父親と母親の果実である、という人類の常なる原則を固めるためです』また、カトリックの指導理念に反する堕胎に関しても、フィヨン氏は今年6月22日のAubergenvilleでの集会の場で『哲学的にも、私個人の信仰に照らし合わせても、堕胎を認めることはできません』と語った。」
”Dans sa " Lettre aux eveques" , il confirmait : "J’agirai pour qu’un islam de France respectueux de nos valeurs voie le jour. "”
「『司教の方々への手紙』の中でフィヨン氏は次のように書いている。『私はフランス国内のイスラム教徒がいずれ近いうちに私たちの(カトリックの)価値に敬意を払うように行動いたします」
筆者はこれらの記述が事実かどうか確認したわけではないですが、リンクをいただいたルモンドの検証記事の中に上の文章があるのです。このことは私にはカトリックとフィヨン候補の信仰と政治とのつながりを感じさせるものです。
■フランス共和党フランソワ・フィヨン氏のインパクト 2 フィヨン対ルペンの場合の読みについて
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201612041324140
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