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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2016年11月30日15時34分掲載
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文化
【核を詠う】(特別篇2)『原爆歌集ながさき』を読む(5)「そり返る鬼百合の斑点眼に痛し原爆後遺症に生きあえぐ日々」 山崎芳彦
「核反対に反対をするその国は日本(にっぽん)でないやうな日本」(東京都・上田国博、11月28日朝日歌壇入選歌)という歌を読んだ。去る10月27日に、国連が核兵器禁止条約制定を目指す交渉を来年三月から始めるための決議を国連第一委員会で採択したが、この決議に日本が反対したことへの抗議の思いを込めた作品であると思う。12月初旬に開かれる国連総会本会議でも、この決議に日本は反対するが、交渉には参加する意向を明らかにするともいわれる。「唯一の原爆被爆国」と日本政府は言い続けながら、「核兵器禁止」の国際法による枠組みを作り、推進するための交渉を、核保有大国の側に立って、核軍縮、核保有国との合意の追求などを主張し、実質的には核兵器を法的に禁止する条約の制定を「妨害」する役割を果たすのではないのかと、安倍政府の原子力政策を考えれば、思わないではいられない。
「原則はいくたびも擦れ、汚れつつ繕ひきれぬほころびを見す」(大口玲子『神のパズル』)、この歌には「1967年、佐藤栄作首相は『非核三原則』をとなえ、一方でそれを『ナンセンス』とも述べていた。」の添え書きがある。日本政府は、「政策上の方針」として、非核三原則により「一切の核兵器を保有しないという原則を堅持」しているが、「我が国には固有の自衛権があり・・・核兵器であっても(自衛のための必要最小限度にとどまるものがあるとすれば)それを保有することは、必ずしも憲法の禁止するところではない」との立場を、従来の政府見解を踏襲したものとして明らかにしている。安倍首相の敬愛する祖父である岸信介元首相は1958年に「核兵器はいろんな発達段階の段階があるから、種類によって、必要最小限度のものに入り得るものもあるだろう。」と国会答弁で述べた。「核反対に反対をする」日本の政治の流れは脈々として続いているのだ。
そして今、次の米国大統領に決まっているトランプの登場、彼の大統領選挙における言辞、「日本も韓国も核武装してもいい」や、「日本の米軍基地の費用は全額日本に持たせるべき」などを理由にして、危険な「トランプ遊戯」が、この国の政治家や学者・評論家の中で盛んになっている。「アメリカ政府の動向に振り回されない日本の自立した姿勢、体制、自分の国を自分で守る自覚と力が求められている。」と言い、軍事力の強化、緊張下にある安全保障環境、北朝鮮の核保有、ミサイル発射実験や、中国の動向への対応力の強化などがさかんにテレビの各種番組の出演者によって強調されている。核武装への言及もされている。
そのように表に出ている動きもさることながら、おそらくは暗闇のなかで進められているだろう軍事専門家集団の動き、自衛隊の歴史の中で養成され組織化されているだろう「新・軍部」の台頭、すでに動きを強めている「死の商人」株式会社の暗躍や、言論・報道の統制による歪みなどとあわせて、現在は容易ならざる時代の危機にあることを思わないではいられない。 そのようなことを思いつつ、引き続いて『原爆歌集ながさき』の短歌作品を読んでいく。
◇被爆の土 藤田共子 被爆地に新たなる焦燥生れしむ隣国の兵を投入する熱線のベトナム 被爆の土日日踏まぬ人も来て八月九日を世界の祭典にす 式典に居たたまれず出で歩む被爆者の声満たさるるなく 原子炉を12ヶ国が持つ日なり核禁の接点思いつつ参加す 釜石に骨埋むる気の弟らし被爆地も姉らも憎まれているがに 閃光を浴びケロイドの半身体に子を成さずけり弟故意に 原爆忌の諸行事多く部落とり決めの墓地作業は日を早め一人 被爆句を捧げて十九回忌禅堂に一つ心の平和をねがう 被爆の惨訴たえて来し巡礼団かなし十九回忌なり胃を押えて入場す 被爆者の身内のごとく引揚者吾れ浦上に十七年喘ぎつつ生く
◇悼歌 藤原秀域 十九回忌サルビアの花赤く咲き原爆慰霊塔の上燃ゆる日輪 慰霊塔に対へば瞼に顕つ汝ら十五の稚き少女の面輪 教へ児三人の墓碑と思ひて額垂れ香をくゆらす原爆慰霊塔の前 御国の爲と諭し発たせし教へ児は原爆に逝きぬ吾が胸痛し 還らじと征きたる吾が還り来て原爆死せる汝らを弔ふ 身元不詳と葬られたらむ教へ児も含まれ原爆慰霊碑塔建つ 学徒動員に進めて行かせし教へ児の遺骸よ誰の手に葬られし 異郷なれば優しく看らるることもなく逝きしならむかわが教へ児ら 焼け爛れし皮膚もてのがるる被爆者の群に居たらむ愛しき汝ら 如何ばかり汝らも水を請ひたらむせめてと注ぐ原爆慰霊塔の前
◇火葬のやぐら 本田一恵 穂芒に埋れて首のなき地蔵被爆地帯の復帰より洩るる 窓といふ窓より炎吹き出でて唯逃れたし母の手摑む 熱気こもる街よぎりきてあらあらと息づく友の肩を担へり 火むら高く天をこがして夜も昼も特設火葬場による人多き お母ちゃんもここで燃したよと云ふ幼な焼け跡に組まるる火葬のやぐら 光り持たぬ太陽幾日つづきゐて人類滅亡のデマしきりとぶ 給食車焼け跡に来て鈴鳴らす唯それだけが救ひなるべし 原水爆禁止(きんし)運動に加りし日の造花(はな)つくり歳月(とし)古り行けば云ふ人もなき 後遺症おそれて遂に娶らざる友よ四十の坂を越えにき 一瞬の裡に阿修羅と化しし長崎瓦礫の中に落つ陽の赤し
◇ケロイドの腕に 本田カヨ子 胸元に紫陽花抱きて駈け来る園児に原爆症の翳微塵もなく クレヨンにて無心に描く子の画用紙に原子雲の模倣まざまざと 倒れたる百合の根元を起しつつ原爆に父亡いし君をし思う 学生等傘廻しつつ語らいて過ぐ夕暮れ近かき甃の雨 吾が背丈をしのぐほどに夏草の原爆碑覆いてそよぐ 星を見上ぐる姿勢にて少年の吹く口笛流るる「長崎の鐘」 救い求むる声既に涸れ脂汗と血のりに塗れ全身に突きささる硝子の破片 被爆者への寄付金叫び人佇てり頭上に昇りつつあるアドバルン 平和祈念像バックに華やげるポーズ シャッター切り合う若者等 みどり子を抱きし腕のケロイドよ睡れる子には関わりあらな
◇原爆忌 前川明人 原爆忌素顔に汗を滲まする修道尼と立つ朝の電車に 十一時二分短き影を踏みて佇つ爆心地に無帽のわが頭(づ)が暑し 夕立が濡らしてゆきし屋上にふと被爆日のかなしみ溢る 眼交(まなかひ)にふと遠雷のひびき来る屋上にゐて心は疼く 「キヨクシヤアブナシ」電鍵を打つ手の甲に天井の石膏しきりに落つる 焼跡の蛇口より溢れゐる水は沸りゐて夜を湯気あげてゐき 山腹の墓地より長崎が燃えゆくを黙して一夜目暒め見てゐき 灰ばかりの八月十日の焼跡に赤蜻蛉多く群れゐし記憶 悲惨なる匂ひ泌みゐるゲートルを未だに持てりかなしみ捨て得ず 平和像の右手が指せる空の果て原爆は再び来たらしめずと
◇永劫の罪 牧瀬ちぬ枝 内深き悲愁はいまだ癒えざるに爆心地の丘やはらかに萌ゆ 平和祈念像白亜に冴えて天を指す人間永劫の罪を想へと 原爆に無辜幾万の屍を積みし者らいかなる意味に許さむ 昇天の幾万の声まだ原子野に聴くごとし曇りし空のはての夕焼 原爆の悲惨もめぐる歳月に記念塔も観光地となりて空しき 荒涼の野となり果てし長崎のかの日の写真息呑みて見つ 烈日に夾竹桃の花赤し斯く原爆投下の日にも咲きけむ 原爆の怖さ語れどこの児らは瞳みはれり童話きくごと 原爆の洗礼によりて得し平和説けども子らの理解いくばく 被爆者の願ひをそれて何を議す平和集会分裂のまま
◇姉 松崎 満 一瞬の中に焼かれし姉の死の苦を知るものは焦土と化しぬ 兵たりし故に命を拾ひしと一木もなき被爆地に立つ 爆心地見下ろすビルの陳列に色は変らじ焼土の一塊 逞しく復興成れどまだ聞こゆ原爆症に逝く人の声 憤り新なる今日原爆症に友の弟遂に逝きたり 一瞬に多くの人命奪ひたる原爆投下も作成も人 二十年の歳月秘めし原爆公園の桜樹の幹は太くたくまし 焼跡の簡易住宅はすでになくビル建ち並らぶわが住みし街 ケロイドの残れる友は健気にも寡婦と云ふ名に子を育て生く 指輪にて姉と判りしその遺骨当時を語る兄も老いたり
◇鬼百合 松本末子 原爆に焼けただれしが水水と欲りたる声の今も聞ゆる 瓦礫の街ただよふ死臭の中にゐて生きの食とる命のありて 焼土の死臭の中に我が生きを確めしあの日又めぐりくる 原爆惨禍日日に消えゆく街に棲み現身今もその惨にに病む そり返る鬼百合の斑点眼に痛し原爆後遺症に生きあえぐ日日 心臓の動悸はや鐘打つごとし縋る両手も原爆の惨 かかる発作のしばしばにして弱りゆく原爆閃光浴びし現身 注射打ちて漸く戻る我が意識昼を草むらに地虫の声する 滅び去りしもろもろの中我れも亦明日の恐怖に原爆にくむ 原爆の跡かたもなき彦山を染めて朝々日は昇るなり
◇爆風 松本無存 山ながら樹々傾くをあやしめる吾眼かすめて機影は去れり(20年8月9日) 七人のうからの骨を拾ひつつ被爆直後のその骨熱し 被爆地のひらかれてゆく丘原のこの赤土ら地を吸へるべし (24年) 高き土削りはこびて落す見ゆその谷間より血煙りをあぐ 夏雲のしじに姿を変ふるさへ四年は過ぎて今日の日に会ふ 八月の九日今宵照る月の十五夜なるも心にぞしむ 七人の骨を拾ひし被爆地にゆくりなく来て屋根青き家 被爆地のひらかれてゆく丘原や長崎の街ここに満ちゆく トラックにはこばれて来し被爆者の阿鼻叫喚のさま眼底にしむ (17回忌) 年ごとにうすらぎてゆく世心を憂ひつつ迎ふ今日の原爆忌(40年8月9日)
◇原子雲 三浦房枝 ぼろぼろに焼けたる衣服身にまとふ幾人のひとと行交ひ帰る 幾つもの黒き屍体を避けながら果てなく焼けし街さまよひき 低地に伏せたる姿勢のままにして焼け死にし人の群も哀れか 四肢延べし幼の屍体黒焦げとなりて横たふ傍らを往く 早暮れし焼土を行けば横たはる屍につまづくこと幾度か 何処ともなく水欲りて呼ぶ声はしぬこほろぎの如き声はとぎれて 水欲りて行きたる人か浦上川より呼ぶ声聞え焼土は暮るる 一本の草木も見えず瓦礫置く平地は続く死にし平地は 音絶えし焼跡の街気がつけば父に手を引かれ歩みゐたりき ただならぬ光を見たる後にきし人の不幸よ今に続ける
◇酷熱 美濃芙美子 爆心地の片すみに残されし鉄骨は錆び寂しまま余光をとどむ ありし日の歴史を秘めて秋の陽に日射冷たく教会の残骸 ありし日の被爆のさまの哀れさは今につづきて風冷ゆるなり 公園の緑の芝生美しく原爆惨禍に想ひ及ばず 原爆を受けし人らの悔みさへかかはりもなく夏の陽は灼く 血に染められし地上を覆ふひなげしの唯祈りなき酷熱のうた 身は果てて寄る魂のつぶやきかカンナの花は燃えて咲くなり 戦災の傷痕いえて街路樹はネオンの光(かげ)に新芽つけたり 幾百と集まりゆけば燈籠の灯ともるかぎり人目をうばふ 夜の川に次々と流る燈籠の灯ゆらげばつのるかなしみ
◇ミサの鐘 三原華子 八月の長崎の街原水禁大会各所に気勢をあぐる どの党の大会もひらきくるるなと怒りをこめし被爆者のこゑ 七万余の犠牲者追悼ミサの鐘爆心地帯に朝よりひびく 被爆者われ時折人にいたはられながらへて来しこの二十年 白血球すくなきわれを眩しませ若葉木さわぐ風に揉まれて 石の坂のぼりて祈念像前の会場に汗ぬぐふ生存者われは 燔祭の炎焼かれしおとめの碑百合子もテルミもここに眠れる 爆死せし少女の忌日炎天の庭にカンナの花の赤き舌 原子病押して勤めに行く義兄の影小さからむ夏雲のもと 実家に七夕の笹なびきゐるこのしづかなる爆心地帯
次回も『原爆歌集ながさき』を読む。 (つづく)
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