ニューヨークタイムズは通常の2倍の長さの社説「バノンが大統領か?」(President Bannon?) でトランプ政権のチーフストラテジスト(首席戦略官)のスティーブン・バノンが国家安全保障会議(NSC)の "principals' committee "(直訳すれば最も重要な委員会)のメンバーに抜擢されたことを批判した。その意味はホワイトハウスという大統領直属の人間、つまり政治の側の人間が、国家安全保障会議という政治から離れて中立の立場で安全保障を管轄するべき組織の中枢に据えられたことで、そこに否応なしに政治色が加わってしまうのではないか、という危惧である。
国家安全保障会議(NSC)は「アメリカ合衆国の安全保障(「安全保障」には外交も含まれる)の司令塔であり、その機能は大きく分けて3つある。一つ目は大統領への政策助言である。二つ目は中長期的な安保戦略の立案である。NSCは『国家安全保障戦略』などの戦略文書を起草している。三つ目は戦略に基づいた各省庁の調整である。グローバルな安全保障政策を行うためには確固たる戦略に基づいて外交、軍事、情報(インテリジェンス)、経済、文化といった各機関を一斉に動かす必要があり、NSCはそのための調整機能を担う」(ウィキペディア)
国家安全保障会議は軍や諜報機関の幹部たちが大統領にアドバイスを与えたり、組織間の調整をしたりする機能を持っており、大統領府と言う政治の立場の見方とは異なる独自の視点を維持しなくてはならない立場である。防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究員だった小谷賢はその著書「インテリジェンス」の中で「情報分析の正確さを保証するのは、インテリジェンスの政治的な中立性である」と書いている。
私の記憶では小谷氏は「インテリジェンス」の中で次のように述べていた。アメリカではレーガン政権時代にインテリジェンス機関の外側に傍系の機関が外部の人材によって形成され、政治色に染まったこのグループはソ連との冷戦上の勝利を前面に打ち出したいレーガン大統領が欲しがる情報を出すことに専念した。つまり、傍系のグループはソ連の軍事力を過大に評価するレポートを作っていたのだ。それによって危機感を煽り米国内の防衛を強化しなくてはならない、という思潮を作り出したのである。これは「ロシアハウス」というサスペンス小説のテーマでもある。ソ連崩壊後に蓋を開けてみたらなんじゃこりゃ、というくらい敵の戦力は強くなかったというのだ。 そして、仮想敵国の軍事力を過大評価する傾向のあるこのグループがのちにイラク戦争を推進したネオコングループにつながっていくと言う。彼らは政権の顔色をうかがいながら、政権の喜びそうなレポート作りに邁進した。だから、その結果は重大である。だからこそ国家安全保障会議は政治から中立にならなければイラク戦争のように道を誤ってしまう。
今回、大統領府の首席戦略官であり、同時に国家安全保障会議の常任委員会にも抜擢されたスティーブン・バノンは政治的傾向も大いに偏った人間のようである。右派ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の番組ホストをしていた時、バノンはイスラム教徒と中国人を敵と見る発言をしていた。最近の英紙ガーディアンで報じられていることだが、バノンが中国との戦争が将来避けられないと発言していることは日本に住む者にとっては注目に値する。戦争の現場は南シナ海だという。この5年から10年以内に必ず戦争が起こる、とバノンは昨年3月の「ブライトバート・ニュース」の放送で述べていた。
https://www.theguardian.com/us-news/2017/feb/02/steve-bannon-donald-trump-war-south-china-sea-no-doubt?CMP=fb_gu 今、トランプ政権の国務長官となったレックス・ティラーソンは中国に対して南シナ海に中国が工事で作った7つの人工施設にはアクセスを認めない、と声明を出した。当然ながら中国政府は強い反発を示している。
https://www.theguardian.com/world/2017/jan/12/no-access-rex-tillerson-sets-collision-course-beijing-south-china-sea 本質的に商売人のトランプなら落としどころをわきまえているかもしれないが、イデオロギーに染まっているバノンは損得は度外視して戦争をする可能性はないのだろうか。そして、その場合に国家安全保障会議が政治の道具にされる危険がある。ニューヨークタイムズはそのことに警鐘を鳴らしている。アメリカという国では各組織がそれぞれ牽制しあいながら拮抗しあうからこそバランスが保たれ、行き過ぎが是正され、堅実な政策が実行できる。それがアメリカの強さの源泉だが、バノンのポジションはそれを危機にさらす危険があり、そのことはアメリカのみならず、その同盟国にもリスクを与えることになる。トランプ大統領が今後、バノンをどう遇していくかが1つの見どころとなるだろう。南シナ海で中米戦争が起きれば間違いなく自衛隊は集団的自衛権を行使させられるものと思われる。
※この中国が埋め立て工事をしている南シナ海の岩礁について ジャーナリストの池上彰氏は「池上彰の世界の見方 中国・香港・台湾」編で、「アメリカ軍の基地は、グアムにあります。南シナ海に基地があれば、アメリカ軍の空母が台湾にやってくる前に、多数の戦闘機や爆撃機を送り込んで攻撃できます。中国の南シナ海支配には、台湾独立阻止という長期的な戦略があるのです」と説明している。
※”U.S. must beware China's 'Guam killer' missile”(CNN)
http://edition.cnn.com/2016/05/12/politics/china-guam-killer-missile/
※South China Morning Post (「南華早報」香港) ”China ‘steps up preparedness for possible military conflict with US.Donald Trump’s election as US president has increased the risk of hostilities breaking out, according to Chinese state media and analysts”
http://www.scmp.com/news/china/diplomacy-defence/article/2065799/china-steps-preparedness-possible-military-conflict-us
※スティーブン・バノンが司会を務めた「ブライトバート・ニュース」で中国人の脅威を煽っているくだり
https://soundcloud.com/breitbart/breitbart-news-daily-dr-thomas-d-williams-february-25-2016?in=breitbart%2Fsets%2Fbreitbart-news-daily-69
■ハンナ・アレント著 「革命について」 〜アメリカ革命を考える〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401201800171
■「独立宣言と米憲法」(The Declaration of Independence and The Constitution of the United States)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401102038235
■モンテスキュー著「法の精神」 〜「権力分立」は日本でなぜ実現できないか〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312260209124
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