欧州連合本部の政策決定機関にどのように産業界のロビイストが浸透して密かに大きな影響力を行使しているかをウォッチしているNGO「Corporate Europe Observatory」についてこれまで3回に渡って紹介してきました。今回は農業関連ビジネスと食品関連産業のロビイ活動をウォッチしているニーナ・ホラントさん(Nina Holland)さんにカナダとの自由貿易協定CETAが批准され発効した場合のリスクなどについてお聞きしました。
(以下はホラントさんへのインタビュー)
Q Will you organize symposiums or demonstrations and fight against the ratification process of CETA?
Q あなたはこれから始まるカナダと欧州連合の自由貿易協定(CETA)の批准作業に関して、シンポジウムを開催したり、デモを行ったりするなどして闘っていくのでしょうか?
There will be many groups and movements fighting at national level against the ratification. Several of our campaigners also work at national level.
それぞれの加盟国で多くのグループや運動があり、批准するな、という闘いを国レベルで行うと思います。私たちの仲間の運動家たちも国レベルでの反対運動に取り組んでいます。
Q If CETA (the EU-Canada Comprehensive Economic and Trade Agreement) will be effective in the future, how the EU regulation on pesticide and GMO will be influenced ?
Q 欧州議会で採択されたカナダとの自由貿易協定(CETA)が将来、批准されて発効した場合、(あなたがウォッチしてきた)農薬や遺伝子組み換え作物などに関して欧州連合のこれまでの規制はどのような影響を受けるのでしょうか?
One big issue is the EU battle on how to regulate (=ban) endocrine disrupting chemicals (see)
http://www.eeb.org/index.cfm/library/letter-to-meps-how-ceta-endangers-public-health-and-the-environment/
大きな問題の1つはいかに内分泌攪乱化学物質の規制をするか、という問題です。以下のリンクを参照していただけますか。
http://www.eeb.org/index.cfm/library/letter-to-meps-how-ceta-endangers-public-health-and-the-environment/
(リンクの骨子について、以下は筆者の解説 )
上のリンクは欧州連合加盟国内の35の組織が今年の1月10日付で欧州議会の環境・健康・食品の安全基準を担当する委員会の議長Giovanni La Via 宛てに送った要望書である。これをよく読むと、欧州連合の中枢で目下進行している様々な事態が理解できるのである。まず、市民組織の代表は議長に対してこう述べている。
”On behalf of 35 public interest organisations, we are writing to respectfully request that you vote in favour of the draft ENVI Committee opinioni on the EU-Canada Comprehensive Economic and Trade Agreement (CETA) on 12 January 2017 and to respectfully urge you to reject the draft Council decision on the conclusion of CETA in February 2017”
「35の公益のための組織を代表して、私たちはあなたに来る1月12日の採決の時にCETAに関するENVI委員会の意見を支持する票をどうか投じて頂きたいのです。そして、是非とも2月に欧州議会でCETAの締結を行うと言うカウンシルの決定はどうか拒否していただきたいのです」
これだけだと、今一つ日本の読者は(筆者を含めて)もやもやするだろうが、要するにENVI委員会とカウンシルなるものが欧州連合組織の中で異なるベクトルをもって対峙していることを推測させるものである。ENVI委員会はこの書面が送られた人が議長をつとめる環境・健康・食品の安全基準を担当する委員会のことである。だから、ENVI委員会が取りまとめた内容を欧州議会で強く推進すると同時に、カウンシルがCETAを締結しようとする動きは是非とも抑えてほしい、ということのようだ。
書面ではこのあと、欧州委員会(The European Commission )がこれまで欧州連合で取られてきた厳しい内分泌攪乱化学物質への規制をいかに緩めようとしているかが述べられているのである。行間から、欧州委員会は欧州人のいったい何なのか?という疑問が突き付けられていることが読みとれるのだ。
”The European Commission is already lowering EU standards of protection against dangerous endocrine disrupting chemicals (EDCs),ii and has expressly acknowledged that its decision-making was influenced by ‘mounting’ pressure from EU trade partners.The entry into force of CETA will only make matters worse. There is a high likelihood that CETA would put the decision-making powers of the EU and its Member States in a straitjacket by prioritising trade interests over people’s health and the environment. ”
「欧州委員会はすでに危険な内分泌攪乱化学物質に対して欧州連合の基準値を下げてきました。そして、それは欧州連合の貿易相手からの「山のような」プレッシャーによってやむなくそうした決定がなされてきたと説明してきました。もしCETAが発効すればさらに事態を悪化させるのみです。CETAが締結されれば欧州連合の政策決定のプロセスはますます束縛され、健康や環境に関する市民の利益よりも貿易の利益に重点が置かれることに、かなりの高い確率で、なりそうです。」
この内分泌攪乱化学物質はすっかり日本のメディアで取り上げられることがなくなったが、かつては人間が作り出したこのホルモン様の化学物質のおかげでアメリカのワニのペニスが極小になって生殖の深刻な障害となっており、絶滅危機を起こしているというような報道がなされたものだった。ここではガンや 先天性異常、その他の発達障害など様々な病気を引き起こす可能性があると指摘されている。これらは控えめに見積もっても欧州連合諸国で合わせて毎年、160 billionユーロ=1600億ユーロ( 19兆3600億円)の医療費が余分に発生しうると言う。金額がいくらかということも重要だろうが、それよりも一人一人の人間の命が貿易促進のために犠牲になるのか、と思うと酷いものだと思わざるを得ない。
このあと、アメリカ、カナダ、そしてその他の国々が内分泌攪乱化学物質の欧州連合の基準値がいかに貿易の障壁になっているかを指摘して、ことあるごとにプレッシャーをかけてきたことが指摘されている。当該国のカナダも近年、CETAの締結のためにWTOなどの場で非常に強い圧力を欧州連合にかけ続けてきたと言われている。それと同時に、欧州委員会という欧州連合で最もヒエラルキーが高いと思われる組織が、アメリカやカナダなどの「外圧」に言づけて、規制緩和の音頭を取っているらしいことである。これはどこかの国と同じと言わざるを得ない。
では今回のCETAの協定で具体的にどこに問題があるか、という指摘がいかのくだりである。
”CETA chapters four (‘Technical Barriers to Trade’), five (‘Sanitary and Phytosanitary Measures’) and twenty-one (‘Regulatory Cooperation’) would extend the influence of Canada on the EU internal regulatory process and would directly affect areas such as EDCs, REACH and its implementation, pesticides and biocides rules. CETA would empower Canada and businesses based in Canada (such as Monsanto) to challenge such legislation in the EU and its Member States. Any provisional application of CETA would thus pose an immediate risk to health and environmental protection in Europe. ”
「CETAの中の第四章(貿易の技術的な障害)、第五章(衛生と植物検疫の手段について)、そして第二十五章(規制の協力について)は欧州連合内部の政策決定プロセスに対するカナダの影響力を強めるものです。EDCs(内分泌攪乱化学物質), REACH and its implementation(REACH とその実行), pesticides and biocides rules(農薬と殺生物剤の規制)などの規制の決定に関してです。CETAはカナダやカナダに拠点をおく企業に力を与え、欧州連合や加盟国の政策決定に介入する糸口となるものです。ちなみにモンサントもカナダに拠点を持っています。CETAによっていかなる修正が加えられようとも、それらは欧州連合域内の健康と環境に対して直接的なリスクを与えるものです」
このようにカナダと欧州連合の自由貿易協定のプロセスを見つめることはTPPに代わってこれから日本と米国で始まりうる二国間ベースの自由貿易協定において、どのような圧力が、どのような分野に加えられうるか、貴重な示唆を与える情報のように思えるのである。もちろん、今回は内分泌攪乱物質に特化して伝えているが、これに問題が尽きるわけではないことは言うまでもない。
最後に要望を出した35の組織のリストがあるので参考までにここに紹介したい。乳がんの関連の組織も入っていることがわかる。グリーンピースやWWFなども加わっている。
1. Action for Breast Cancer Foundation (Malta) 2. Alliance for Cancer Prevention (UK) 3. Association on Environmental and Chronic Toxic Injury (Italy) 4. Breast Cancer UK 5. The Cancer Prevention and Education Society (UK) 6. CEE Bankwatch Network 7. Center for International Environmental Law 8. CHEM Trust 9. ClientEarth 10. The Danish Ecological Council (Det Okologiske Rad) 11. ECOCITY (Greece) 12. Ecologistas en Accion (Spain) 13. European Environmental Bureau 14. France Nature Environnement 15. Friends of the Earth Europe 16. Fundacion Alborada (Spain) 17. GEmeinnutzigen Netzwerks fur UmweltKranke (Germany) 18. GMWatch 19. Green 10 20. Greenpeace 21. Health and Environment Alliance 22. Health and Environment Justice Support 23. Health Care Without Harm Europe 24. Institute for Sustainable Development - Institut za trajnostni razvoj (Slovenia) 25. International Union of Food, Agricultural, Hotel, Restaurant, Catering, Tobacco and Allied Workers' Associations 26. Leefmilieu (Belgium) 27. Naturefriends International 28. Pesticide Action Network Europe 29. Pesticide Action Network 〜 Italia 30. Pestizid Aktions-Netzwerk e.V. (PAN Germany) 31. Slow Food International 32. SumOfUs 33. Women Engage for a Common Future 〜 WECF International 34. WWF European Policy Office 35. ZERO 〜 Association for the Sustainability of the Earth System (Portugal)
Nina Holland (ニーナ・ホラント) Corporate Europe Observatory (agribusiness)
Interview Ryota Murakami 村上良太
■欧州連合でのモンサントのロビイ活動についてCEOのニーナ・ホラント氏にインタビュー interview : Nina Holland "Activities of lobbyists for Monsanto in EU"
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702150155533
■ナショナリズムの台頭の真の原因は欧州連合本部にある ロビイ活動を監視するCorporate Europe Observatoryのケネス・ハー氏 Kenneth Haar
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702070312142
■英Brexit国民投票の裏に英政府=シティ金融勢力の欧州連合「改革」の野望があった Corporate Europe Observatory Kenneth Haar (ケネス・ハー) #2
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702092031124
■ブルデューの死から10年 〜欧州を改造した知的傭兵部隊〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201201091900351
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