6月30日、待ちに待った刑事裁判がようやくスタートした。勝俣恒久被告(東京電力元会長)、武藤栄被告(同元副社長)、武黒一郎被告(同元副社長)の3人が2011年3月の福島第一原発事故につき、業務上過失致死傷罪で強制起訴されている。場所は東京地裁。朝7時半に抽選の受付、800名ほどの傍聴希望者に割り振られたのはたった54席。司法記者クラブ所属の各社には2名ずつの席が確保されたが、大手マスコミは社員を動員して抽選にも参加した。福島原発事故告訴団や支援団体はたった12枚の席しか確保できなかった。私も友人に依頼して並んでもらったが、選に漏れ午後から交替で入ることができた。10時からランチタイムを挟んで約6時間の長丁場の裁判。被害者代理人という参加資格で傍聴した弁護士による経過説明や終了後の記者会見をもとに書いてみたい。
「一言で言うと勝負がついたなという感じ」と海渡雄一弁護士は語った。起訴状の朗読に90分。
検察官役の弁護士は冒頭、こう述べた。
「人間は自然を支配できません。私たちは地震や津波が、いつ、どこで、どれくらいの大きさで起きるのかを事前に正確に予知することは適いません。だから仕方なかったのか?被告人らは原子力発電所を設置運転する事業者を統括する者としてその注意義務を尽くしたのか。被告人らが注意義務を尽くしていれば今回の原子力事故は回避できたのではないか。それがこの裁判で問われています」
冒頭陳述のこの言葉を被告人たちは重く受け止めてほしい。
続く陳述で、双葉病院に入院していたがために避難の過程で亡くなった44名の方々がどのように死んでいったかを一人一人丁寧に語ったそうだ。「原発事故で亡くなった人は一人もいない」と主張する高市早苗氏や他の原発推進論者たち、また数でしか語らない報道機関や裁判所、市民への注意の喚起でもあったのではないだろうか。
本件の争点として検察官役の弁護士は次の点を指摘した。
● 10メートルを超える津波の襲来から原発を守る対策としては10メートル以上の想定水位を超える防潮堤を設置するなど津波が遡上するのを事前に防止する対策。
● 建屋の開口部に防潮壁、水密扉、防潮板を設置し、津波が来ても建屋内への侵入を防ぐ対策。これにより重要な機器の水没を防ぐ。
● 原子炉への注水や冷却のための代替機器を津波が侵入する恐れのない高台に準備する対策。
これらの対策を施していれば事故を回避することができた。それまで、原発の運転を停止すべきだったと弁護士は語った。
東京電力株主代表訴訟では以下のことを明らかになった。2008年6月10日にo.p.+10m以上の敷地上に約10mの防潮堤の設置を検討しながら、7月31日にはこれを試算した地震調査研究推進本部の見解を取り入れず、長期評価については土木学会の検討に委ねる、という事実上の対策の先送りをした。このことに被告たちがどのように関わっていたのかが、今回の刑事裁判の重要な争点だと考える。
また、4000点にのぼる証拠の中にはEメールのやり取りも多数含まれている。検察は東電から押収していたものの、丹念に精査していなかったのではないか。これらのEメールについては今後、裁判の中で明らかにされていくだろう。原発が津波で浸水する可能性があるという評価がまとまる2ヶ月前の2008年1月23日、津波対策の土木グループの担当者が同僚に送ったEメールでは、想定される最大の津波の評価をやり直した場合、「NGであることがほぼ確実な状況」だとして「原発の津波対策を開始する必要がある」という記載が見つかっている。また同担当者の2月4日のメールでは津波が想定を超えた場合の対策について、「早期に状況確認する必要があるのではないか」とある。
担当者の間に「津波対策は不可避」との認識があったのではないか。だからこそ、東電が秘密にしていた資料が株主代表訴訟の裁判の過程で出てきたときに、「津波対策は不可避」とのメモ書きがあったのだと思う。にも関わらず、勝俣、武黒、武藤の3被告は「無罪」を主張している。今後、証拠と認定された膨大な書類が明らかにされ、彼らの罪が暴かれていくだろう。
次回の期日は未定だが、多くの方がこの裁判を注視し早期に勝利を勝ち取るために応援しましょう。
木村結
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