二重国籍で国会議員になったり、党の要職についたりすることは外国ではしばしばあることです。これは事実としてそうなっていて、外国の中にはアメリカなどの先進諸国が含まれます。ですから、少なくとも世界を参照するなら二重国籍であること自体が政治家になるための疎外要件になるということではないようです。
ただ、1つだけ問題視されていることは二重国籍であることが、ある特定のテーマあるいはある特定の分野の政策を作るにあたって「利益相反」の関係になる可能性がありえることです。利益相反というのは今の加計学園への便宜供与問題にも出てきますが、その政策を行う政治家自身が採択された政策で便宜を受ける組織、あるいは国家などとつながりを持っているようなケースを指します。
■二重国籍と「利益相反」の可能性
蓮舫議員の場合で言うなら、もし蓮舫議員が台湾との二重国籍であった場合に利益相反となりうる想定ケースとしては、台湾を独立させるために日本の軍事力を使おう考え、蓮舫さんが集団的自衛権の行使を推進したような場合です。蓮舫さんがこのイシューでどういう立場かわかりませんから、これは単なる想定でしかありません。ただ、蓮舫議員が所属する民進党の派閥「野田派」リーダーの野田佳彦幹事長は米国のもとで集団的自衛権を進める立場であり、防衛政策では極めて安倍政権に近い立場です。実際、民主党政権が野田総理になってすぐに採用した政策はそれまでの民主党の防衛政策を180度転換したことでした。このことは野田総理(当時)の防衛政策のブレーンであった長島昭久氏の著書『「活米」という流儀 〜外交・安全保障のリアリズム〜』 でも書かれています。
「野田政権発足に際し、私たちは大方針を定めました。これは、久しぶりに本格的な「ドクトリン」と呼ぶべきもので、3つの柱からなっています。1つ目が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を中核とする経済連携、貿易と投資のルールづくり、2つ目が安全保障、とりわけ海洋のルールづくり、3つ目がエネルギーをはじめ戦略資源の安定供給のためのルールや仕組みづくりです。・・・・これによって、明確に、鳩山政権時代にめざしていた「東アジア共同体」構想、つまり中国を中心とする秩序に米国抜きで不用意に入っていくという考え方と決別したのです。」(長島昭久著『「活米」という流儀 〜外交・安全保障のリアリズム〜』より)
蓮舫議員の政治家としての出発点は2004年の参議院議員の当選です。日刊ベリタの記事に、参議院議員に初当選した蓮舫氏が台湾を訪問した時の記事(志村宏忠記者=台湾、による)があります。その時、蓮舫氏は台湾の独立を目指した陳水扁総統と面談し、日台の自由貿易協定締結、台湾人旅行者のビザ免除、台湾のWHA(世界保健総会)へのオブザーバー参加の日本政府の継続支持を要請されたということです。そしてこの訪問の中で蓮舫氏は以下の発言をしたと記されています。
「15日の討論会後に台湾メディアに取り囲まれた蓮議員は、「日本の外交はおかしい。台湾は私の父の祖国だが、日本は台湾を国として認めていない。なぜ台湾は国ではないのか」と訴えた。また、「日本は中国に遠慮しすぎだ」とも述べた。」
台湾としては中国に対峙するためには国際社会の中で米国や日本の後ろ盾が必要なのです。その意味で蓮舫氏の対中国に関する外交・防衛政策は野田幹事長の方向性に近いように思われます。こうした点を踏まえれば、この問題で日本がどのような政策を行うべきかは集団的自衛権の行使も含めて日本人の選択に寄りますが、その際、二重国籍であることは「利益相反」ではないか、と見られることはあり得ることではないでしょうか。私は今、日本が台湾の独立を支持すべきかどうかについてここで論じるつもりはありません。ただ、二重国籍が政策立案と関係する可能性がないとは言えないのではないか、という指摘をしているのです。
外国でもそのようなケースの場合は当該イシューの政策形成の場から外れるべきだ、という考え方があります。この場合に問題となりえるのはもし二重国籍だった場合に誰の利益を代表して政策を形成しているのか、ということが問われる可能性があることです。ただし、アメリカにおいても誰が二重国籍かは情報開示義務がないために本人が開示する以外は立証不能だとのことです。筆者は議員や立候補者に戸籍開示を促すものではありません。ただ、外国でこの件がどう論じられているか、ということも参考になるのではないかと思います。
昨年の米大統領選でも二重国籍が大統領の資格としてどうなのか、と話題になったことで論じられました。以下の文章ではアメリカのThe Hillに掲載された論考を中心に紹介しています。(以下、去年、日刊ベリタに掲載した文章を再掲載します)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「二重国籍騒動 と 米大統領選」
蓮舫議員の民進党代表選挙出馬に伴って浮上した台湾との二重国籍問題が今、話題になっています。TVだけでなく、インターネットでも批判する人もいれば、二重国籍で何が悪い、という人もいます。この問題は外国ではどうなのか、ということで外国では二重国籍の政治家も少なくない、という実情がまずあるようです。
アメリカの政治の中心、ワシントンDCで発行されている政治ジャーナルのThe Hill誌に、L. Michael Hagerという名前の論者が二重国籍と政治家のことで論考を出しています。タイトルは’When dual citizenship becomes conflict of interest’(二重国籍が利益の相克を生むとき)です。この人はInternational Development Law Organizationの創設者のひとりとして紹介されています。アマゾンの出版物の紹介欄によれば元弁護士・外交官で世界各地で活動してきたようです。
http://thehill.com/blogs/congress-blog/homeland-security/240572-when-dual-citizenship-becomes-conflict-of-interest
このテキストの中でHager氏は、まず世界の趨勢として二重国籍を認める国は世界の半数くらい存在すると言っています。米国も二重国籍が認められており、法律や行政上の問題などを引き起こすケースもあるので決して国として奨励してはいないが、かといって二重国籍を否定しているわけでもない、というのです。
とすると、政治家が二重国籍者である場合もあるのか、といえばあると言います。そして実際のところ、政治家や官僚など、トップレベルの指導者でも二重国籍のケースはあるというのです。ただ、情報公開を政治家自身が行っていないことが多く、そのためインターネット等で真偽不明の二重国籍者の政治家リストが出回っているそうです。そうしたものが出回る動機としては、政治家が仮にA国とB国の二重国籍者の場合にA国とB国の国益が絡んだ国際問題が浮上した場合に、その政治家がどちらの国に忠誠をつくすか、その問題が浮上するといことでしょう。つまり、A国の政治家だけれどもA国の国益に相反しても、B国に便宜を図る可能性があるのではないか、という問題です。
あるいはもっと単純化すれば「A国の政治家としてB国寄りの政策を行うのではないか」ということです。A国とB国が仲良くすればよいではないか、というだけの問題ではありません。複雑な国際環境の中では、もしA国がB国寄りの政策を行えばC国との関係が悪化する、ということもあり得ます。特に集団的安全保障が絡んでくるとそうなります。もし集団的安全保障の見地からA国がB国に軍事協力した場合に、B国と敵対しているC国と敵対する、あるいはB国とC国との戦闘にA国が巻き込まれる可能性もあります。これは筆者の方で、はなはだしいケースでしょうが、極端な場合戦闘を招きかねない可能性を想像しているのです。
Hager氏の情報によれば今回の米大統領選の予備選挙の段階でも二重国籍問題が話題になっていました。共和党候補だったテッド・クルーズ候補(テキサス州選出上院議員)がカナダで生まれ、カナダの市民権と米国の市民権と二重国籍である、というものです。これはクルーズ候補とトップを争っていたトランプ候補が選挙運動中に指摘していたものですが、もともとは2013年に新聞で指摘され、クルーズ候補は2014年に(将来大統領選に立候補するときに備えて)カナダの市民権は正式に放棄した、と説明してその証明書を公開しています。
http://www.huffingtonpost.ca/2014/06/10/ted-cruz-senator-canadian-citizenship_n_5482433.html
クルーズ候補にとって二重国籍であることが選挙にマイナスに作用しかねない、あるいは政治家としてマイナスに作用しかねない、という判断があったのでしょう。
一方、民主党の候補者だったバーニー・サンダース氏もイスラエルとの二重国籍ではないか、という疑惑が報じられたことがあったようです。政治誌のPoliticoによると、NPR系のラジオ番組で司会者(Diane Rehm)がサンダース候補に、イスラエルと米国の二重国籍者の政治家リストが出回っていて、そこにあなたの名前も掲載されているが、本当かと質問。そこでサンダース候補がきっぱりと否定して自分は二重国籍者ではない、と述べたそうです。イスラエルとの二重国籍者かどうかが噂として取りざたされている背景には米国が長い間、イスラエル寄りの政策を継続しており、武器や資金援助などを行ってきた歴史があるからだろうと推測されます。サンダース候補の場合はユダヤ系で、青年時代にイスラエルのキブツで数か月農場の仕事をして生活したことなどがそうした噂につながったのかもしれません。
http://www.politico.com/blogs/media/2015/06/nprs-diane-rehm-asks-bernie-sanders-about-israeli-citizenship-rumors-208583
先ほどのHager氏は民主主義を進めるうえで、二重国籍者でも政治家になって構わないが、二つの国が相克する問題の場合はその政治家はその議論に参加すべきではないだろう、と意見を述べています。あるいは政治家としてもしそのような政策論議に参加する場合はもう一つの国籍を放棄するべきであろう、と。
そしてまた、そのような国益をめぐる確執が実際にあり得るのだから、政治家は立候補するときに有権者に情報公開をするべきではないか、と言うのです。市民にとって、その議員がどのようなバックグラウンドで政策を形成するのかを考える上での貴重な情報だからです。ただ、このような提言をHager氏が行っているのは政治家や官僚であっても二重国籍であることを打ち明ける法的義務がない、ということに根差しているようです。繰り返しになりますが、だからこそ、サンダース候補が二重国籍である、というような誤った情報が飛び交う理由にもなっているということでしょう。二重国籍者だからと言って、もう一つの国を優遇する政策をとるかどうかはわかりません。しかし、少なくとも選挙の時に「二重国籍者だから・・・」か、「二重国籍者だけれども・・・・」か、有権者がその政治家を判断するための1つの情報ではあるのです。というのは国籍というものはその人のアイデンティティの根幹にあり、右であれ、左であれ、いずれにしてもその人のものの考え方に大きな影響を与えているものだろうからです。
■ザ・ヒル( The Hill)
「ワシントンD.C.で1994年から発刊しているアメリカ合衆国の政治専門紙。ニュース・コミュニケーションズ子会社のキャピトル・ヒル・パブリシングが発刊している。最初の編集長はニューヨーク・タイムズで長年ワシントン特派員を務めたマーティン・トルチン」(ウィキペディア)
■ワシントンポストの2013年の記事
https://www.washingtonpost.com/news/post-politics/wp/2013/08/19/cruz-will-renounce-canadian-citizenship/
’Sen. Ted Cruz (R-Tex.) announced Monday evening that he will renounce his Canadian citizenship, less than 24 hours after a newspaper pointed out that the Canadian-born senator likely maintains dual citizenship.’
■ワシントンポストの2014年の記事
https://www.washingtonpost.com/news/post-politics/wp/2014/06/10/ted-cruz-officially-gives-up-his-canadian-citizenship/
’Sen. Ted Cruz (R-Tex.) is now 100 percent American.
The tea party favorite announced last summer that he would takes steps to renounce his Canadian citizenship after the Dallas Morning News pointed out that he probably remained a citizen there by virtue of his birth.As of May 14, Cruz was no longer a Canadian citizen.’
■ちょっと荷が重い?蓮舫参院議員が陳総統と会談、台湾側から要望相次ぐ( 2004年の志村宏忠記者による)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200408162332311 「【台北16日=志村宏忠】日本と台湾のハーフとして初めて日本の参議院に当選した蓮舫議員が16日、台湾の陳水扁総統と面談、陳総統は「日台の架け橋になってほしい」と期待の言葉をかけた。しかし、総統府での会談で陳総統は、日台の自由貿易協定締結、台湾人旅行者のビザ免除、台湾のWHA(世界保健総会)へのオブザーバー参加の日本政府の継続支持など、1年生議員には荷の重そうな課題での協力を要請した。7月の参院選当選以来、台湾メディアの蓮舫議員に対する関心は高く、15日に台北市内で開かれた国際フォーラムに参加した後も台湾メディアに取り囲まれた。」 「15日の討論会後に台湾メディアに取り囲まれた蓮議員は、「日本の外交はおかしい。台湾は私の父の祖国だが、日本は台湾を国として認めていない。なぜ台湾は国ではないのか」と訴えた。また、「日本は中国に遠慮しすぎだ」とも述べた。」
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