80年代まで翻訳大国だった日本は、現在、鎖国に近いくらいに翻訳貧国に転落しています。フランスでどんどん出版されている本の大半が翻訳されないままになってもう何十年にもなります。翻訳書が全然売れないから出版社も翻訳を出すことを嫌っているからです。いい本ならくらでも翻訳されるのか、と思っていたら、むしろ出版を断るのにどんな理由でもあるくらい、翻訳書を出したくないようです。ですから、外国語ができなければ外国の情報は95%以上知ることができない時代に日本は突入しています。
前置きが長くなりましたが、フランスの人気作家、ディディエ・デナンクス著「パパ、どうしてヒトラーに投票したの?」(Didier Daeninckx “Papa pourquoi t’as vote Hitler?” )も恐らく翻訳されないままにスルーされる本ではないかと思います。デナンクスはアルジェリア独立戦争や第二次大戦中のユダヤ人排斥など歴史の暗部に想像力を膨らませて事実に基づいた探偵小説などを書いてきた作家です。一方で子供向けの本もたくさん書いています。本書も子供の視点で、父親がなぜヒトラーに投票して、母親がヒトラーに反対していたのかを描いた小説です。ドイツの地方都市を訪ねて当時のことを住民たちに取材したと言っています。ぺフというイラストレーターの挿絵がたくさんつけられていて若い人向けの本になっています。
デナンクス氏は1933年に独裁政権を握ったヒトラーのもとで、ドイツが民主主義からあっという間に独裁国家になったことを描きたかったと語っています。1933年の1月までは世界で最も民主的と言われたワイマール憲法を持つドイツがわずか2〜3か月で世界最悪、史上最悪の独裁国家なったか、このことは瞠目に値すると言っています。ヒトラーが独裁権を確立して5週間で労働組合はストライキを打つこともできなくなりました。5月1日のメーデーのデモを指揮した労組の指導者たちはみな逮捕され、2日後には広場で絞首刑にされたと言います。そればかりか労組は解散して戦争体制を進める国家と財界のもとに統合されてしまうのです。ドイツ労働戦線(DAF)は労組を解体して、ヒトラーと財界のために作られた産業報国組織です。政治犯を大量に収容する「暴力の学校」、ダッハウ強制収容所もすぐに作られました。そして、それらはたった1回の選挙でそうなってしまったのです。
いま日本も真性の独裁国家にあっと言う間になる直前と言って過言ではありません。緊急事態条項が改憲で通れば1か月で見事、ナチスと同様になります。デナンクス氏がドイツの生き残りの人々の取材をもとに警告しているのは、歴史はいつも同じテンポで進行するわけではないということなのです。民主国家では法律1つ作るにも、たとえ委員会採決をすっ飛ばして総会に送っても、あるいは強行採決を繰り返しても、まだそれは民主国家の時代の速度なのです。しかし、いったん緊急事態宣言が発令され、行政府のリーダーが法律を自由に作れる全権委任法が法律としてできれば、政治の速度は恐ろしい勢いで加速する、ということをデナンクス氏は警告しています。言うまでもなく、軍隊も司法も教育も、すべてが独裁者の思い一つで即決となるからです。逆らったら死刑です。ドイツでは1933年の選挙で権力を握ったヒトラーはわずか5週間でドイツを民主国家から完全な独裁国家に作り替えたということを作家は語っています。
(ヒトラー独裁までの1年間の流れ)
・1932年7月31日 ヒトラーのナチス党が選挙で大勝し、第一党に(得票率 37.3%)
・1933年1月30日 ヒトラーが首相に任命され、組閣。ドイツの右翼勢力を結集した内閣となった。 (この日、共産党が社会民主党に野党共闘を提案したが拒否された)
・2月1日 議会解散 。3月5日に総選挙を行うことになる
・共産党と社会民主党の野党共闘が実現し、2月28日に国会議事堂で会談する手はずとなった。
・2月27日、国会議事堂が放火された。 翌28日、ヒトラーは緊急事態宣言を行い、共産主義革命を阻止するとしてワイマール憲法を一時停止し、共産党の国会議員候補者らを大量検挙。
・1933年3月5日 総選挙。ナチス党が第一党になる。共産党と社会民主党は選挙運動が実質的に禁止されていた。
・3月22日、ダッハウ強制収容所を設置。政治犯やゲイなどを拘禁、処刑。ダッハウは強制収容所の見本となり、ナチ党員はここで暴力を学んだ
・ 3月23日 全権委任法を提出 独裁体制へ (ワイマール憲法は2月28日に「一時停止」状態となる。これは1945年のドイツ敗戦まで4年ごとに更新され続けた)
・ メーデーの5月1日までに全国の労組を制圧
・7月14日、「政党新設禁止法」が制定され、ナチス党以外の政党は一切認められなくなった。
※山口定著「ヒトラーの抬頭 〜ワイマール・デモクラシーの悲劇」(朝日新聞社)を参照した。
村上良太
■林健太郎著「ワイマル共和国 ヒトラーを出現させたもの」(中公新書) ヒトラーを頂点に押し上げた大工業資本家たち
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201607081756235
■労働組合と安保関連法制 ドイツ労働戦線(DAF)と産業報国会 ドイツでは労組がまず解散させられた
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509061907550 ■ナチスの指導者原理 最初は党内の掌握から 党の姿を見れば次の社会が見える 山口定著「ファシズム」を読む
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509092044433
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