今回の選挙で野党共闘のために尽力した共産党は当選者数を減らしたものの、多くのリベラル派から賞賛を得ているのも事実だ。そんなリベラル派支持者の中には価値観として「保守」を掲げる人々も少なくない。何をもって保守、とするかは難しく議論の余地があるところだ。たとえば日本国憲法を軸とした戦後民主主義を守る立場をもって「保守」とする考え方が最近、強まっている。与党側であれ、野党側であれ、自分を保守と語ることが一種のトレンドになっているようだ。
しかし、それでは江戸時代までの身分制社会をよし、とする人々は「保守」にはならないのか、という疑問がつきまとう。最近、格差が激しくなり、政治家や大学人の世襲率も高まってきて、次第に職業や階層が固定されるつある。親と同じ職業ではなくても、同じ所得階層の職業人になる傾向が高まっているというレポートを読むこともよくある。こうしたトレンドは「保守」なのだろうか、そうではないのだろうか。女性が男性と平等な給料を得るべきだ、という考え方は保守なのだろうか、そうではないのだろうか。貧富の格差をなくそう、という考え方は保守なのだろうか、そうではないのだろうか。
そして、もう一つ疑問なことは「保守」と「リベラル」は矛盾しない、と語る人が増えているらしく、リベラルを打ち出した立憲民主党の枝野党首もそう語っていた。リベラルだけれど、保守である、と。そして、そんなリベラルかつ保守でもある、という人の中には共産党はもう立派な「保守」です、とまで言う人がいるようである。立派な、という言葉を使ったかどうかは定かではないが、「保守」であるというラベルを張ることで「賞賛」していることを示しているのである。しかし、共産党は「保守」政党なのだろうか?共産党は社会主義や共産主義とはどういう関係にあるのだろうか?資本主義を肯定する政党なのだろうか?・・・・そう思って綱領を読んで見た。
http://www.jcp.or.jp/web_jcp/html/Koryo/ ■日本共産党綱領
このウェブサイトは日本共産党の綱領を書いたものであり、ここでは共産党の発展の段階と時代の推移をもとに綱領を書き下ろしている。1〜3までは戦前から戦後、そしてソ連崩壊あたりまでが触れられている。そして、4「民主主義革命と民主連合政府」になってこう綴っている。
「現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、異常な対米従属と大企業・財界の横暴な支配の打破―日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である。それらは、資本主義の枠内で可能な民主的改革であるが、日本の独占資本主義と対米従属の体制を代表する勢力から、日本国民の利益を代表する勢力の手に国の権力を移すことによってこそ、その本格的な実現に進むことができる。この民主的改革を達成することは、当面する国民的な苦難を解決し、国民大多数の根本的な利益にこたえる独立・民主・平和の日本に道を開くものである。」
現在はこの4段階目ということなのだろう。今の日本では社会主義革命は求められていない、としているのである。資本主義の枠内で可能な民主的改革である。具体的な政策としてたとえば以下のことが挙げられている。
「『ルールなき資本主義』の現状を打破し、労働者の長時間労働や一方的解雇の規制を含め、ヨーロッパの主要資本主義諸国や国際条約などの到達点も踏まえつつ、国民の生活と権利を守る『ルールある経済社会』をつくる。」
この他にも様々に書き込まれている。基本的にはフランスやドイツなどの社会民主主義路線と同様である。共産党は「民主主義革命と民主連合政府」という第四段階の実現のためには「民主主義的な変革は、労働者、勤労市民、農漁民、中小企業家、知識人、女性、青年、学生など、独立、民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人びとを結集した統一戦線によって、実現される。統一戦線は、反動的党派とたたかいながら、民主的党派、各分野の諸団体、民主的な人びととの共同と団結をかためることによってつくりあげられ、成長・発展する。当面のさしせまった任務にもとづく共同と団結は、世界観や歴史観、宗教的信条の違いをこえて、推進されなければならない。」としている。現在、共産党が取り組んでいる野党共闘もこの方針と考えられるだろう。野党共闘は単なる一過性の選挙対策ではなく、共産党にとっては資本主義制度内での民主化を実現するための綱領に基づく基本方針となっているのである。
しかし、共産党はその先に「五、社会主義・共産主義の社会をめざして」として、さらなる発展段階を据えている。
「日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。これまでの世界では、資本主義時代の高度な経済的・社会的な達成を踏まえて、社会主義的変革に本格的に取り組んだ経験はなかった。発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である。 社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される。」
第四段階で社会主義革命をいったん、否定していたが、それはそのステージでは、つまり、現段階では必要がない、という考え方である。しかし、資本主義体制での民主化を成し遂げた次の段階として社会主義、あるいは共産主義を未来像に理想社会として掲げているのである。これは多くの人が見る従来の共産主義の路線だろう。ということは共産党は現在の段階では資本主義の枠内での資本主義の修正だが、次の発展段階として、生産手段の社会化を目指している。ただし、私有財産は保障されるとしている。資本主義体制での民主化を将来的には否定して、社会主義あるいは共産主義への移行を求める理由はどこにあるのだろうか。それを説得力のある形で提示できるかが共産党にとっては将来の課題だろう。
現在の共産党が「リベラル」で「保守」である、と見るリベラルかつ保守の人々は志位共産党委員長を頂く現在の共産党の野党共闘の方針を高く評価している。だが、次の5段階目の生産手段の社会化、ということになるとリベラル・保守を自任する人々が共産党を「保守」と呼ぶのは難しいのではなかろうか。
「日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。これまでの世界では、資本主義時代の高度な経済的・社会的な達成を踏まえて、社会主義的変革に本格的に取り組んだ経験はなかった。発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である。」
繰り返しになるが、このくだりは新しい時代を模索する一種の進歩主義だと考えられるのである。何かを守ることとは異なる知的精神である。それがソ連の失敗した共産主義とどう違うのか、そこがポイントになるはずである。共産党は20世紀の社会主義あるいは共産主義革命は資本主義の発展段階が未熟な国々が資本主義をすっとばして共産主義に一気に移行することを試みたものだったが、21世紀は成熟した資本主義と民主主義を基盤に据えた上で、あえてその先に向かうとしているのである。
筆者は反共を唱えるためにこれを書いているのではない。ただ、共産党が「保守」である、というのはどのような意味合いなのだろうか、という問いかけからである。そして、共産党は綱領の第四の段階から第五の段階へはいつ、どのような形で移行するのだろうか。そこに冷戦崩壊を日本共産党がどう受け止め、どう乗り越えようとしているかを見ることができるはずである。そして、第五段階が単なるユートピアでなく、現実的な政策目標であるなら、それへの移行の形を語る必要があるのではなかろうか。
村上良太
■保守と革新 何が革新で何が保守なのか?
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201606200440541
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