今回は原木生ハム生活のお話です。
生ハムを食べようと言うとき、スーパーのスライスパックは定番の商品だとは思いますが、原木(足一本丸まるのハムの塊)を家庭に置くというのはなかなか大変な選択のように思えますが、実は意外とそうでもないのです。
日常的に燻製製品を常備するとき、ソーセージやベーコンの選択肢がありますが、我が家では以前ベーコンのスライスパックを置いていました。1パック\300ほどのベーコンを月に12パックほど使いますが、2ケ月で24パック。\300×12×2ヶ月で¥7200。対して生ハムの原木は1本¥13000ほどしますが2〜3ヶ月常温保存で食べることが出来ます。多少は足が出るのですが、コストパフォーマンス的にはスーパーで売っている燻製液に漬けて茹でただけのベーコンより断然美味しいですし、好きなときに切って酒の肴や料理に使うことが出来ます。残った骨は煮込んでスープに、切れ端は冷凍しておき、スープやサラダの具材にします。トータルで考えればエンゲル係数低下にかなり貢献できる食材といえそうです。そんな生ハム生活の中から手軽な料理を数品紹介しましょう。
一般的に生ハムと呼ばれる製品は塩漬けした後、乾燥、熟成させた豚の脚のことで、前足と後足の2種類の生ハムがあります。前足のほうはしまっていて赤身が多く、後足は脂が乗っていて柔らかめなのが特徴です。生産される国によって呼び名があり、フランスではジャンボン クリュ、イタリアではプロシュート、スペインではハモンなどと呼んでいます。それぞれの国の生ハムの味には特徴がありますが、僕が気に入っているのはスペインのハモンセラーノ(山のハム)です。東京で生活している頃、仕事帰りにスペインバルへ寄ってよく食べていたなじみのあるハムです。スペインのハムは他の国の物に比べて赤色が強く、甘みとうまみが濃いのが特徴な気がしています。
僕が嬬恋に越して来てからというもの、最初のストレスは、日常的に寄り、習慣にもなっていたスペインバルのシェリーと生ハムが味わえないことでした。通信販売でシェリー酒を買ったり、東京の店から送ってもらったりしてしのいでいましたが、あの店の切り出したての生ハムと雰囲気はさすがに嬬恋の自宅では無理でした。自宅はレストラン風にデザインして飾ることで食生活は豊なものになりましたが、切りたての生ハムは諦めるしかありませんでした。
あるとき出入りの業者さんから賞味期限切れの間近な生ハム原木を使わないかとオファーがあったのが転機で、それから生ハム生活が始まったのです。仕事上のホテルでは使う由もなかったためそのオファーは断ろうかとは思いましたが、はたと自宅に置いて日常的に食べればいいのだと気づき、定価の半額であったため、自宅に置きたいんだと妻に一大プレゼンテーションをしたものでした。実はその前の僕の誕生日に生ハム原木を買おうと思っていたらしく、即決で購入が決まったのです。
生ハム生活のはじまり、それは、まずは切りたての生ハムです。表面の脂を切り取ってはがし、本体のハムを切り出して食べるのですが、切りたてのハモンセラーノは鮮やかな赤色がとても美しく、薄く切れば切るほど口溶けが良くなっていきます。上手く切れているセラーノは、赤身の肉であるはずなのに噛む必要が無いほど舌の上でするっと溶けるように粉々になってゆき、濃厚な旨みと塩気がワインやシェリー酒などを口に運ぶ手を早めていくようです。なにしろ目の前のハム一本は7キロほど。切っても切っても、信じられないほどの量があるのです。何しろ旨いのでついつい食べ過ぎてしまうのですが、塩分過多になるのであまり沢山食べる事はお勧めできないのですが。
きれいにスライスしようと思うとどうしても切りくずが出てしまいます。これはその都度ラップフィルムで包み、冷凍して取って置きます。ある程度たまったら細かく刻み野菜と煮込んでスープにします。インゲン豆や蕪、人参、玉葱、にんにく、キャベツと共に煮込むとフランスのバスク地方伝統の「ガルビュール」と言うスープが出来上がります。さらっとしているようで実に生ハムの味の濃いまるでとんこつスープのような濃厚なこのスープは寒いときに食べると滋味溢れてとても美味しいものです。
とは言え、切りたての生ハムを毎日食べているとさすがに飽きてきてしまいます。そんなときは簡略版のスパゲティカルボナーラを。ボールに人数分の卵を溶いて、クリームとパルメザンチーズを少し。後は茹でたてのスパゲティと生ハムを細く刻んだものを入れて合えるだけ。黒胡椒をふったら出来上がりです。
その他にはシーザーサラダの具材にしたり、野菜を巻いたり、スープの浮き身にしたり、他の料理のソースに混ぜたりと使い方は無限。最初の投資は必要ですが、生ハム生活は日常の食生活にずいぶんと刺激を与えてくれました。こんなことなら早めに買って置けばよかったと、家に帰って生ハムを切り出すたびに思うのです。
原田理(おさむ) フランス料理シェフ ( ホテル軽井沢1130 )
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■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」21 コックコートへの思い 原田理(フランス料理シェフ)
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