ハフィントンポストを創刊したアリアナ・ハフィントンが「誰が中流を殺すのか 〜アメリカが第三世界に墜ちる日 〜」を出版したのは2010年のことで、オバマ政権が誕生した翌年のことになる。この本はジョージ・W・ブッシュ政権の8年間におけるアメリカの衰退を中心に、アメリカの経済を診断した本である。「アメリカン・ドリームを守るために闘っている数百万数千万の中流層にささげる」と最初に記されているように、アメリカン・ドリームがほとんど失われてしまったのはなぜか、と分析し、その中心課題として中流層の減少がなぜ起きて、どこまでに至っているのかを考察しているのである。この種の本はアメリカンバブルの崩壊を機に多数書かれたけれども、ハフィントンの本書が価値を持つのはケンブリッジ大学の経営学修士号を持つ彼女がアメリカ社会を広範に分析していることにある。
「ワシントンにいるロビイストと彼らの使う金は急増している。2009年には1万3700人を超える登録ロビイストが総計で35億ドルという記録的な金額を使って、利益団体にとって有利な政策を導き出そうとした。2002年と比較しても、2倍の額である。上下両院の議員は計535人だから、議会に関わるロビイストは私たちが選挙で選んだ代表の26倍近くいることになる。仮に35億ドルを535人で均等に割ると、利益団体のために動いた見返りとして議員一人の懐に年間650万ドルが入っていることになる。この金額は、アメリカの経済界がロビー活動だけに使ったものだ。これに加えて数百万ドルもの金が政治家や政党に流れている。連邦議員が再選を果たすのに必要な経費は1974年には平均5万6千ドルだったが、2008年には130万ドルを超えている。金融界はこの20年間にわたり、政治に最も金を出している業界だ」(「誰が中流を殺すのか 〜アメリカが第三世界に墜ちる日 〜」)
僕が初めてハフィントンポストをネットで読んだのは2011年1月のことだったから、すでに2005年に創刊されてから6年もたった頃だった。すでにこの頃、アメリカにおけるハフィントンの知名度とか影響力は大きな存在になっていた。タダで原稿を寄稿してくれる書き手を多数擁して、ネットで共和党政権の政策に批判的な論陣を張り、また御用ジャーナリズムとは一線を画した報道を市民目線で行っていた。当時はネオコンが政界ばかりかジャーナリズムまで支配して、ジャーナリストもブロッガーたちも活動が難しくなっていた。ハフィントンポストはその創刊時に無料で寄稿してくれるジャーナリストや知識人、市民など500人のブロッガーを擁していたことや、娯楽的な記事やユーモアも効果的に取り混ぜていたために急速に普通の人々が参照するメディアになっていった。
「新しいメディアと市民ジャーナリストは、既成ジャーナリストの持つ力 〜取材した事実を、少数のエリート層を超えて伝える〜を持っている。そうなるとエリート層は、何かあるとすぐに指摘されるから、隠しとおすことがむずかしくなる。アメリカの第三世界への転落は、テレビでは取り上げられないかもしれない。だがブログに書かれ、ツイートされ、フェースブックに書き込まれる。携帯電話のカメラで撮られ、ユーチューブに動画がアップされる。こうしてスポットを当てることで、私たちは第三世界への転落を防ぐことができるかもしれない」(同上)
しかし、2011年にハフィントンポストは巨大ネット企業のAOLに売却されたため、「ハフィントンポストよ、お前もか」と嘆いた人は少なくなかった。それまで無料で寄稿してきた人々の夢(まっとうなメディアを作りたい)や汗(タダ働きしてきた)が巨額の買収金額になってしまったように見えたからだ。この買収によって、確かにハフィントンポストはそれ以前のアナーキーな匂いが失われたと思うし、市民メディアという独自色もなくなっていったように思う。というのもスタッフが有給のプロフェッショナルになっていったからだ。以前は市民が多数ブログを書いていたが、その後はビル・クリントンみたいな政財界の大物寄稿者が増えていった。そして、ハフィントン自身は編集をすでに離れて、今は新しい健康ネットマガジンの創刊に取り組んでいるという記事を読んだ。これだけを考えると、どこか責任放棄みたいな印象を受けてしまったものである。
とはいえ、最近、僕はまたアリアナ・ハフィントンに対する敬意を取り戻した。というのは最近、ルモンドでもニューヨークタイムズでも、そして日本の新聞でもその多くはネット配信は有料化されており、1か月に無料でサンプル的に読める記事は10本とかいうように大きな制限がつけられている。それは情報産業としては当然の要求であるにしても、その結果、一部の右翼メディアが無料でネット配信を続けている以上、無料ネット媒体における情報産業のバランスが右に偏っていると言えるのではないか。そんな中で多少、保守的になったとはいえ、無料で配信を続けているハフィントンポストは貴重さを増している。
と同時に、なぜオバマ政権が発足したのにその8年後に共和党政権になり、オバマ政権が取り組んだ医療保険制度や累進課税などが徹底的に解体されつつあるのか、ジャーナリズムはその8年間にどうだったのかを検証する必要はあるだろう。そのことはオバマ政権発足に大きな貢献をしたハフィントンポスト自身が取り組むテーマだと思う。民主党の中にクリントン夫妻のように労組の力を削ぎ、自由貿易協定や軍事介入をよしとする本来の民主党とは異なるタカ派・ネオコン的勢力がいかに根を張って大きな勢力となっていたかを検証しなくては2020年の民主党大統領の誕生は不可能であるに違いない。そして、このことは日本やフランスなど、先進国で共通する課題になっていると思われる。これは中野晃一教授(政治学)が「新右派転換」と呼ぶ、世界的に起きている政治の長期的な右傾化現象でもある。この政治の右傾化は中野教授によれば市民が起こしているのではなく、政治・経済のいわば金と知識とパワーを持つ上からの反動化現象なのである。彼らは大手メディアを軒並み支配している。一国の政治の質はその国のメディアの質と深く結びついている。だからこそ原初のハフィントンポストのような業界から離れた独自のメディアが必要なのである。
■中野晃一著 「右傾化する日本政治」 新右派転換とは何か。
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201711261348370
■Huffington Post とは? 米大手銀行を批判するインターネット新聞
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201101021709580
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