安倍政権が発足したのが2012年の暮れで翌2013年からアベノミクスが始まった。アベノミクスとはデフレ脱却を目指し2%のインフレ目標を達成するために大胆な金融政策を行い、さらに景気の底上げのためと称して、機動的な財政政策や民間投資を喚起する成長戦略を行うことだった。これを三本の矢と称していたが、結局、一番肝心の3本目の矢が不発のまま、巨額のマネーを市場に注ぎ込んだため、株価だけは上昇した。この株価上昇で沸き立ったのは投資を行う富裕層や株式を上場している大企業だったが、もちろん、民間の放送局の株価も上昇した。以下は2013年暮れのハフィントンポストの報道である。アベノミクスでいかに株価が上昇したかが書かれている。
●「日経平均は1年で約6000円も上昇。2013年最後の取引は1万6291円【アベノミクス】」(ハフィントンポスト) https://www.huffingtonpost.jp/2013/12/30/2013-last-stock_n_4517592.html 「2013年の最後の取引は、日経平均が1万6291円31銭となり、2009年以来4年ぶりの高値で終えた。2012年最後の取引は1万0395円18銭だったため、2013年の1年間で5896円も上がったことになる」
アベノミクスのおかげで1年間で平均株価が約1万円から1万6千円に上がったというのだ。株価の上昇する株式を保有していた人は売却すれば巨額の利益を得ることができた。まさに、これが安倍政権の原点であり、改憲に向けた法制度改正の原動力だったのだ。そして、多くのマスメディアは安倍政権に多かれ少なかれ協力し、夕食会に出席し、寿司やフランス料理を食べていた。自社株を持っている放送局人たちもアベノミクスで大いに懐が温まったことは言うまでもない。つまり、放送メディア人の少なからぬ人々がアベノミクスで利益を得たのである。
利益を与えてくれる人に逆らうことは人間としては難しい。株などを買う余裕もない貧しい人々や母子家庭の人々、非正規雇用の人々にとってはアベノミクスで物価が上昇し、実質賃金が伸び悩んでいたのだが、そうした現実は高給の放送メディアの人々にとっては目に見え、肌に触れる「現実」ではなかった。実は2009年の民主党政権誕生前には「雇止め」や貧困問題がマスメディアを賑わし、自民党政権の敗北につながったのだが、第二次安倍政権発足後はアベノミクスの景気のいい仰々しい報道ばかりで貧困問題はテレビから急速に消え、放送人の心から遠くに消えてしまったのだ。というのも、放送人にとっては自分が保有する株価を見ていれば「アベノミクスは確かにすごい」という実感の方がよほど確かな現実となる。
2013年にアベノミクスが始まり、以後、実質賃金が上昇していないとか、商品が値上がりしたとか、庶民の暮らしが厳しくなっているといった報道は実に、実に控えめだった。仮にそうした記事が社会欄にあったとしても同じ日の経済欄には主要企業100社の経営者のアンケートなどで<アベノミクスの成果は出ている>とか<業績は回復してきた>と言うような記事と合わせ技になっていたものだ。それら一部上場企業へのアンケート結果は日本の企業のごくごく一部の声に過ぎないことは看過された。だから読者はいったい何が正しいのか、確信が持てなかったのである。大企業の利益がこんなに出ているのなら、もう少ししたら中小企業の労働者や非正規雇用の暮らしもよくなるだろう・・・というトリクルダウン理論を信じる人たちは今でも少なくないのだ。新聞もテレビも嘘をついてきた。実際、今起きていることは真逆の事態であり、労働者をもっと安価で長時間、そして足腰が立たなくなるまで働かせようとする試みである。
安倍政権が選挙で連戦連勝できた理由がマスメディアのこのような提灯報道のおかげだった。メディアのクライアントは産業界であり、その意向を無視できなかったのだろう。新聞を購読する読者よりも広告主により配慮してきたのである。というのも広告主は戦略的に振る舞うが、読者は宅配制度のおかげで新聞がどんな記事を出しても購読を続けてくれたからだ。今でこそ朝日新聞は「闘う新聞」という風に見られ、英雄扱いを受けてこそいるが、当時は腰の引けた報道ばかりをしていたのであり、安倍政権を一強にした元凶の1つと言っても過言ではない。メディアが昔からきちんと報道していればこのような事態はそもそも防げたはずである。
村上良太
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