この3月29日東京都議会はストーカーを念頭に置いた迷惑防止条例を成立させ今年7月から施行される。この法案は憲法を越えているとの批判もあり、警察関係は否定をしているものの、現在連日行われている「安倍政権にNO」のような路上集会などにも規制がかかるのでは、と懸念されている。さて、映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』は、38年前に実際に韓国の全羅道光州市で起きた事件である。
この事件は、表面に見えるところだけだと、本質が見えない可能性があるが、一応たどってみる。 1979年に軍事独裁の朴正熙大統領が殺害され、一時的に「ソウルの春(民主化)」が訪れた。しかしすぐに全斗煥が実権を握り、新軍部による軍事政権が誕生し、金大中や金泳三が自宅監禁された。それに不満を持ち民主化を望む学生が中心になって各地でデモが行われ、不穏な空気が漂っていた。そんな中で1980年5月18日から10日間に及ぶ光州事件起きている。つまりこの事件は、デモ鎮圧の戒厳軍が学生たちを必要以上に制圧したことに怒った市民を巻き込んで実弾戦となり、多数の死者を出したのである。
その後この事件は、大統領直接選挙制を求めた民主化運動(1887年)への大きなうねりとなっていった。 1990年代に、私は光州事件の犠牲者のお墓に詣でた。広い墓地の一角を占めるそこには墓碑が整然と並び、犠牲になった方の写真が貼りこまれていて、花などの供物が置かれていた。その日は記念日でもなんでもないのに、あちこちに墓参の人たちがいた。 その光景は図らずも光州事件が、韓国の人々に深く記憶されることを示していると思った。そして今振り返れば、2008年(FTAの牛肉自由化反対を端に発した反政府デモ)や昨年の朴槿恵大統領の辞任を勝ち取った2つの非暴力大規模キャンドルデモの出発点の一つにもなったのではないかとさえ思う。
さてこの映画は、その光州事件に期せずして巻き込まれた人のいいタクシー運転手キム・マンソプ(『弁護人』での主役・ソン・ガンポ)とジャーナリストとしての使命感に燃えたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーター(『戦場のピアニスト』でのトーマス・クレッチマン)の光州事件の真っただ中で過ごした実話をもとに作られたものである。一種の英雄物語でもあるから、これが韓国で大ヒットをしたことは、うなずける。
日本で仕事をしている特派員のヒンツペーター(ピーター)は、韓国で異変が起きているのに報道さていないことを知り、光州に飛ぶ。一方、父子家庭のマンソプは、娘がいじめられないように、滞っている家賃の10万ウォンの工面に頭が痛い。と、そこに光州まで1日で往復する10万ウォンの仕事の話を小耳に挟み、何食わぬ顔をしてその仕事を横取りする。ソウル市内のデモに対して仕事の邪魔とばかりに悪態をついていた彼が、それと知らずに最も激しい闘争現場に飛び込むことにったのである。
ピーターとマンソプは、催涙弾から実弾に変わる足かけ2日ほどを光州にいたことになる。逃げ腰のマンソプを尻目にピーターは、現場をひたすらフィルムに収め続ける。その発信に希望をつなぎ、協力する光州市民や学生たち。
間もなくピーターの存在が戒厳軍に知られ、追われる身に。通訳の学生の機転で何とか危機を脱したのだが、ソウルに残してきた娘が心配なマンソプは一人ソウルに向かう。ところが、安全地帯まで来た時、彼の何かにスイッチが入のか、闘争現場に戻っていく。息絶えた通訳の学生のそばで、呆然としているピーター。マンソプはそんな彼にカメラを握らせる。
学生と機動隊員、兵役義務として入隊する軍人は、ほぼ同じ年齢だ。互いに共感したり、むやみと敵愾心を持つなど、いろいろあると90年代初めに学生から聞いたことがある。そんなことを彷彿とさせるスリリングな場面もあった。
マンソプの乗るタクシーの存在感も半端ではない。決して立派ではない車だが、市街戦で痛みつけられながらもグリーンが冴えわたっている。まるで緑が平和を象徴しているかのように、修理によって再生されていく。
監督:チャン・フン 137分 4月21日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショウ
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