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2018年06月05日16時01分掲載
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文化
[核を詠う](265)金子兜太の原発・原爆俳句を読む「『相馬恋いしや』入道雲に被曝の翳」 山崎芳彦
今回は、今年2月に98歳で逝去された俳人・金子兜太さんの原発・原爆を詠った俳句作品を読みたい。筆者は俳句についての造詣もないし、よくその名を知ってはいたけれど金子兜太さんの作品を系統的に読んできてもいないので、金子さんの句集に直接あたっての作品抄出ではなく、角川の月刊俳誌『俳句』5月号の「追悼・金子兜太」特集と同誌の付録「金子兜太読本」に触発されて、その他いま手の届く資料に当たっての本稿であることを言わなければならない。金子俳句の中の原子力にかかわる作品のごく一端に触れることにより、筆者にとっては俳句への関心を深める入り口に立った思いもある。
金子兜太さんの書による「アベ政治を許さない!」を掲げて、筆者も国会前に立ったことがある。金子さんの戦争体験、日本銀行での労働組合活動、東京新聞でいとうせいこうさんと金子さんが選者になっての毎日一句の「平和の俳句」(2015年1月1日〜2017年12月31日)などについて、さらに金子さんについて、筆者はあまりにも知ることが少なく浅いので、いま何かを記すことができない。『語る 俳句短歌』(藤原書店刊、歌人佐佐木幸綱氏との対談)、『語る兜太 わが俳句人生』(岩波書店刊)を読んで感銘を受けたことはあるが…。
今回の「金子兜太の原発・原爆俳句を読む」のために作品を、極めて不十分にだが蒐集するに当たって、『語る兜太』も再読した。その中に兜太さんが語った原発俳句にもかかわる次の言葉があった。(「生きること、、病むこと、死ぬこと」より抜粋)
「…戦争はよくない。絶対によくない。この国の憲法九条は宝ですよ。戦争で命を落とすことほど無惨なことはない。これは二度と繰り返してはならんです。大学を出て戦地に出向き、天運に護られて、辛くもこの日本に生還させてもらった人間が言うのだから、よく聞いて欲しいです。何度でもこのことは申し上げたい。」
「この国は二度と戦争をしてはならない。そして天災は人間の最大の配慮で防ぎ、被害を可能なかぎり少なくする。原発のようなものは、この美しい日本に要らないんじゃないか。狭い狭い国土だよ。ともかく、人間がコントロールできない装置は廃止してほしい。安全神話は見事に崩壊したんだ。」
「広島、長崎、沖縄、そして水俣。さらに福島だ。人のいのちを大切に。すべての人間が与えられた命を生ききる。全う出来るそういう国であってほしい。それをいま、金子兜太は切に希うね。」
また、ノンフィクションライターの秋山千佳氏は、ヤフーニュース(2017年8月15日配信)に「自由な俳句は平和な時代だからこそ 古老・金子兜太が語る」と題した記事を寄せているが、その中で次のように記している。 金子さんが、日本銀行で労働組合活動に励んだ結果、レッド・パージで組合を退かされ本店から福島支店へ転勤させられたこと、その福島で3年暮らすうちに仕事より句作に力点を置くようになったと記し、金子さんが「ちょうど当時、福島は磐城の常磐炭田の不況でね。そのころ、炭鉱に代わって、原子力発電所の開発が見えつつあるという新聞報道が伝わってきて『これからは石炭どころじゃねえぞ』と話したのを覚えています。」と語ったとも書いている。さらに、「そんな縁もあるだけに、2011年3月の東日本大震災による原発事故には胸を痛め…2014年の終戦の日には、東京新聞にこんな句を寄せている。」と秋山氏は書いている。その俳句は、〈原爆忌被曝福島よ生きよ〉という句であることを記し、金子さんの言葉として次のように書いている。 「被『曝』の字は、原爆の被『曝』とは違うとして、政府は原発を正当化し、再稼働したり、輸出したりするわけでしょう。福島にいまだつづく被害を招いたのに、そういう経緯を見ていると、やっぱり腹が立つんです。」 そして秋山さんは、(金子さんが)原発輸出が核兵器開発につながりかねない危うさも感じているという、と記す。昭和30年代に長崎支店で勤務していた頃、作った句がある。〈彎曲(わんきょく)し火傷(かしょう)し爆心地のマラソン〉の句について「私の記憶の中の戦後間もない広島・長崎と、いまの福島とはつながっている」と金子さんは語る、とも秋山さんは書いている。
この、〈彎曲し火傷し爆心地のマラソン〉の句について、金子さんはNHK教育テレビで放映された「こころの時代」(平成21年4月26日)のなかで、 「長崎の原爆の地ですからね。それに向かってふんだんな批評を込めて作った句なんです。…ちょうど山里の被爆の中心地がありまして、まだ黒こげが残っていましたけどね。そこへ人間がマラソンして元気のいい人たちが走って来ると。そうすると、被爆地の黒こげのところに入ると、火傷をして歪んでいるという。そういう如何にもなんか人間が悲惨に潰れているという、その思いを書いた句なんです。この句なんかが前衛俳句と言われた私の時期の代表句になるわけです。つまり原爆の爆心部の見方が既にその中に露骨にあるわけですよ。あってそういう句が出てくるわけですね。自分の肉体のなかに死臭が染みているわけです。その肉体に染みているものがあるから、そういう句ができる。」と語っている記録がある。
金子兜太という筆者にとってほとんど未知の巨大な存在について、原発・原爆にかかわる作品の、おそらくはごく一部を読むに当たって、心もとない、資料からの引用を連ねてしまった。金子兜太の俳句について、これから少しは読んでいきたいと考えながら、いま筆者の読める原子力詠俳句を記録した。
▼原発をうたった俳句 ◇角川『俳句』5月号掲載「『日常』以後100句抄」(安西篤・選)より抄出◇
津波のあとに老女生きてあり死なぬ
三月十日も十一日も鳥帰る
被曝の人や牛や夏野をただ歩く
「相馬恋しや」入道雲に被曝の翳
風評汚染の緑茶なら老年から喫す
被曝福島米一粒林檎一顆を労わり
樹幹みな片頬無言原曝忌
霜の影人影に濃し被曝の地
冬の緑地帯風評被害の風音
復興へ破船人影冬の松
大寒の奥に被曝の山河り
胡蝶翅ひらき閉ず被曝なき国を
ひぐらしの広島長崎そして福島
茫々と雪の吾妻山(あづま)よ離村つづく
わが武蔵野被曝福島の海鳴り
◇角川『俳句』5月号付録「金子兜太読本」に再録された『現代俳句』平成28年8月号の「戦よあるな」の金子さん自選の俳句作品からの抄出)◇
年迎う被曝汚染の止るなく
白雪埋める被爆地帯の紅梅なり
秋刀魚南下す被爆被曝の列島へ
福島病む吾妻山(あづま)白雪夜の声
被曝福島狐花捨子花咲くよ
◇「震災俳句の可能性」(太田かほり)より◇ (文京学院大学人間学部研究紀要第15巻の論考中の「金子兜太の俳句」に4句があるが、前掲と重複しない2句を抄出させていただく。)
放射能に追われ流浪の母子に子猫
竹の秋復興の首太き人ら
◇2014年8月15日「東京新聞」より◇ 原爆忌被曝福島よ生きろ
◇岩波書店刊『語る兜太 わが俳句人生』(2014年6月25日刊)に福島民報の毎年元旦付の文芸欄に寄稿していた新年詠5句を挙げている。その「福島民報新年詠」の2012年〜2014年の作品には原発に関わっての句が多い。抄出、転載させていただく。◇ 列島沈みしか背屈(せぐくま)る影富士
海に月明震度加わりし春
被曝福島米一粒林檎一顆を労わり
有るまじき曽遊の地福島の被曝
初夢の曽遊(そうゆう)の福島米旨し
夢寐(むび)襲う曽遊福島の被曝
大寒の奥に被曝の山河あり
人も山河も耐えてあり柿の実や林檎や
初旅の吾妻山容に人影
阿武隈川白鳥二羽みな寛ろぐ
重厚な雪の吾妻山(あづま)よ人さすらう
漂鳥の人々米熟れ柿実るに
◇東京新聞2014年8月15日付「終戦記念日対談、金子兜太×いとうせいこう」のなかで金子さんが挙げた句◇ 被曝の牛たち水田に立ちて死を待てり
▼原爆をうたった俳句 ◇前記『金子兜太読本』に、金子兜太の諸句集からの100句選・解説(10氏による13句集からの100句選が)が掲載されている。それぞれから原爆に関わった俳句として筆者が読んだ作品を抄出させていただく。不適切な抄出があればお詫びするしかない。◇
原爆の街停電の林檎つかむ
霧の車窓を広島馳せ過ぐ女声を挙げ (『少年』「生長」(『金子兜太前句集』所収 対馬康子選より))
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ
彎曲し火傷し爆心地のマラソン
友等に青黒い長崎灯を縫う灯の電車
陽当る階へ被災のごときミサの終り
何処か扉がはためくケロイドの港 (『金子兜太句集』 対馬康子選より)
ドームにひびく他人の声声頭乾く
ウランが降るビルの裏側真つ蒼で (『蜿蜿』 関 悦史選より)
犬一猫二われら三人被爆せず (『暗緑地誌』 宮崎斗士選より)
◇現代俳句協会のデータベースより◇ 原爆の街停電の林檎つかむ
次回は『福島県短歌選集 平成29年度版』を読みたい。(つづく)
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