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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2018年07月07日08時22分掲載
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こどもとあそびとかこさとしさん 田中洋一
2カ月前に92歳で永眠した加古里子(かこさとし)さんは生涯現役の絵本作家であると共に、子どもと遊びについて幅広い守備範囲をお持ちで、創作以外にも様々な作品を遺してくれた。
たとえば、私が加古さんと出合うきっかけになった科学絵本『ピラミッド』(1990年、偕成社刊)。加古さんは資料を探し求め、現地を訪ね、納得いくまで専門家の話を聞いた。ツタンカーメン王の埋葬品のうち約2000点が墓のどこにあったのかを確認してから制作に入ったそうだ。そのうち約1000点を作品に描き込んだ。その徹底ぶりに、担当した編集者の感服した表情は忘れられない。 これでもかと描き込む手法は<物尽くし>と呼ばれ、加古作品の魅力になっている。代表作となった『だるまちゃんとてんぐちゃん』(67年、福音館書店刊)では、てんぐちゃんのような帽子を欲しがる我が子に、お父さんのだるまどんは40種近くの帽子を並べ、こんなのはどうかなと見せた。 これも子どもたちに愛されている『からすのパンやさん』(73年、偕成社刊)では、パンダパンやらピアノパンなど変わりダネ84個を見開きページ狭しと大展開した。物尽くしの狙いを尋ねる私に、「子どもはいったん興味を持つと、すべてを知りたくなるものです」と加古さん。週末がくる度にセツルメント活動に参加して子どもと接する中から培った感覚に違いない。 × × そんな加古さんでも、まさか原子力発電所のことは取り上げていないだろうと思い込んでいた。それが間違いだった。福島原発災害が起きた翌2012年初め、「20年前ですが、こんな程度のことは化学や(屋)なら普通なのに……」との手紙と共に作品のコピーを送ってくれたことがある。 本の題が面白い。『がくしゃもめをむくあそび』(1992年、農山漁村文化協会刊)。その中で6ページにわたって、核反応や原爆、水爆、そして原発を取り上げている。小学生向きのシリーズ『あそびの大星雲 5』で、物質とは何かを問いかける1冊だ。この巻は超伝導現象やアインシュタインの相対性理論にも及んでいる。 19歳で敗戦を迎えた加古さん。「それまで信じていたものが全部ひっくり返ってしまって、大人はもう信じられない、信じられるのはこれからの日本を担っていく子どもたちだけだ」。その子どもたちが「自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し行動する賢さを持つようになってほしい」。そのための手伝いをしよう−−と人生の再スタートを切ったことを『未来のだるまちゃんへ』(2014年、文藝春秋刊)で振り返っている。 その決意を胸に秘めつつ、東大工学部の応用化学科に入学し、卒業後は昭和電工に入社する。工学博士で、技術士(化学)の資格を取る。原発との関わりについて、「昭電は原子力関係の研究部門を持ち、小生は研究所の技術総括をしていたので、原発の大要は知悉していた」と私信にある。なるほど、そうだったのか。会社務めは47歳まで続けた。 私信は裏話に及ぶ。『がくしゃもめをむくあそび』に取り組んでいた頃、「前後3回にわたり、その筋と思われる所から『原発について子ども向けの本をかいてほしい』」と求められた。科学絵本の実績を見込んでの誘いに違いない。 加古さんは「喜んでお手伝いしたいが、電気代がいくらになるのか資料が入手できない」と答えた。今日でも立場により見方が異なる発電コストの問題を子どもたちに伝えたい、と考えていたのだろう。専門家の本通冊が届いたが、肝心のコストには触れていなかったので、この企画は沙汰止みになった。昭電での仕事を通し、加古さんは「廃棄物処理や装置解体には建設費の数倍の費用がかかる筈」と踏んでいたので、納得いかない仕事は引き受けられなかったに違いない。 さて、『がくしゃもめをむくあそび』の原発の項を加古さんはどう結んだのか。「原料のウランが少ないこと、建物や機械にお金がかかること、危険な放射能は物質の取り扱いが面倒なこと、後始末にたくさんのお金と手間がかかることなどのため、普通の電気より高くかかるといわれています」(一部は漢字表記に)。この本は原発災害を機に増刷されたので、ぜひ手にとって見て欲しい。 × × 絵本ほどは知られていないが、子どもの遊びについて子どもたちから資料を採集してまとめた成果も加古さんならではの仕事といえよう。ずしりと分厚い『伝承遊び考 全4巻』(2006年〜08年、小峰書店刊)がそれだ。 たとえば、文字を使った絵描き遊び「へのへのもへじ」では全国各地から4万7000点以上の資料を集めた。それを「もへじ系」「もへの系」「もへ○系」などと分類している。さらに、とりわけ若い女子生徒が伝統的な「へのへの……」に手を加え、まつげバッチリの「へめへめ……」を好んで描く傾向を捉えて「少女漫画の影響が大きいと思われる」と分析している。 絵描き遊びの他に石けり遊び、鬼遊び、じゃんけん遊び。どの子も通過してきたはずなのに、その記録はほとんど残らない伝承遊びに加古さんは半世紀の時間と情熱をかけ、資料を集め残した。いったい、なぜ。 『未来のだるまちゃん』にこう書いている。「絵描き遊びというのは(略)子どもたちの多様な創意工夫の集積なんです。(略)サンプルを多く採集してみると、だんだんと見えてくるものがあって(略)子どもたちの遊びの神髄みたいなものがくっきりと浮かび上がってきた」。これがその後の創作活動の土台になったという。 実は、私が27年前に取材で加古さんの仕事場を訪ねると、模造紙いっぱいに描き出した「へのへのもへじ」や「たこにゅうどう」が迎えてくれた。これは面白いと写真に収め、人物欄の記事に添えた。あの「へのへのもへじ」たちが加古さんのライフワークの土台をなす存在であるなんて、考えもしなかった。 加古さん、あなたは今ごろ天国の子どもを相手に紙芝居を演じているのでしょうか、それとも石けりや絵描き遊びを教えてもらっているのでしょうか。
田中 洋一(歩く見る聞く35 2018年7月4日から)
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