猛暑がつづくなか、イラク南部バスラを中心に、デモが頻発している。「ここ3か月、大きなデモがイラク全土に広がり、特にイラクの南部バスラ周辺でつづいています。特別なことを要求しているのではなく、水と電気、仕事の供給を求めているだけです」とイラク南部のバスラに住むフサーム・サラ医師は語る。(木村嘉代子)
「デモの参加者はほとんどが若者です。若者たちは大学を卒業して働きたくても、仕事に就くことができません。彼らは大学を卒業したのに、何もすることがなく、路上にいるしかないのです。 バスラのこうした若者たちが自然発生的に集まり、関係機関や大企業の前でキャンプをはじめました。それが次第に各地に拡大していきました。日に日に人数が増え、新しい人がどんどん加わっています」
「イラク戦争から15年経ったにもかかわらず、生活に必要な水と電気の供給が十分ではありません」とフサーム医師。
電気は数時間止まるため、多くの人が自家用発電機のコードを公共送電線につなげ、蜘蛛の巣状態になっているという。
フサーム医師が働く病院には、2台の巨大な発電機が設置されており、停電に備えている。
「集中治療室やモニターがあるので、電気を止めるわけにはいきません。2時間、3時間停電したら、患者は亡くなってしまいます。 でも、病院の水道は汚染されていて、患者は飲むことができず、手を洗うこともできません。飲料水のボトルを購入しています」
イラクの水道水は塩分が多く、飲むのはもちろん、洗濯さえできない。
「ティグリス・ユーフラテス川が流れるイラクは水に恵まれた国でしたが、トルコとイランがダムを建設したため、イラクに水が流れてこないのです」
ティグリス・ユーフラテス川の源流はトルコにあり、70年代からトルコが上流に大規模なダム建設をはじめ、イラクへの流量が減少した。 これまでもトルコとイラクは水をめぐる紛争を繰り返してきた。 さらに、2012年には、ティグリス川の支流の上流でイランが大規模ダム開発に着手し、イラクへの流水が阻まれた。 ここ数年、イラクの慢性的渇水は深刻を極めている。
「イラク南部の大湿地帯マーシュランドはユネスコの世界遺産に登録されていますが、干上がってしまいました。以前は多くの人がここに住んでいましたが、いまでは誰も暮らすことができません」
「国は崩壊しています」と彼は嘆く。
「政府関係者たちは、戦後イラクに来た人たちです。彼らはイラクで暮らしていたわけではなく、国や人々についてあまり知らず、関心もありません。その人たちがいまでは国を支配し、国民のためではなく、自分と自分の家族のために利益をむさぼっているのです」
イラク戦争でサダム・フセイン政権が倒壊し、国外で亡命生活を送っていたさまざまな政党や政治家がイラクに戻り、政権を担うことになった。戦後の主要政党はこうした政党だが、亡命の長期化により、一般のイラク人の支持を得ていない。
「汚職や賄賂といったイラク政府の腐敗はすさまじい」と怒りをあらわにする。
「政府の一部の人が利益のすべてを独占しています。 例えば、イラク中央銀行総裁の息子はヨルダンで車を買い、特別な数字のナンバープレートをオークションで7万ドルで落としました。 サダム・フセインがいいとは言いませんが、彼だったら、オークションで7万ドルのナンバープレートを落とした息子やその父親を処罰するでしょう。 でも、今は誰もチェックしたり、批判したりせず、何のルールもありません」
イラクでは、ひとつの政党が省庁を独占的に管理し、汚職や賄賂が慣例化しているそうだ。
「イラク戦争後、多くの外国企業、イギリスのBPやイタリア、中国の企業が進出してきました。でも、企業の契約は、すべてを支配している政府との接触だけに限られていて、そこでは、多くの汚職やわいろが発生しています。 たとえば、企業が発電所建設事業を進めようとしても、総事業費の20%のリベートを支払うなど、政府関係者にさまざまな部署で搾取されます。海外の大企業はこのような契約を拒否し、事業に着手できないのです。 ただ、石油企業は例外で、不正な契約を交わし、お互い相応の分配金を受け取っているのではないかと思います」
イラクの石油埋蔵量は世界のトップレベルを誇り、膨大な量の石油が輸出されている。 にもかかわらず、貧困が大きな問題となっている。
「路上でお金を求めたり、車磨きをして稼いだりするストリートチルドレンが増えました。イラク戦争以前はこうした子どもはいませんでした。 イラクは石油産出国であり、貧しい国ではありません。 でも、イラクの経済は停滞し、危機的状況です。 すべてを支配する政治家や政府関係者が利益をむさぼるという腐敗が蔓延しているからです」
腐敗は政治家ばかりではない。
「宗教者も同様です。かれら宗教者は、モスクを立派にするためとか、人々を助けるためとか、と言って寄付を募りながらも、イスラム寺院のお布施を横領し、豪勢な食事をしています。貧困や子どもの教育、国の問題について関心がありません。 普通、宗教者は腐敗と闘い、政府の不正を許さないのですが。 こうした宗教者がいるから、イスラム教はだめなのだ、という悪いイメージを植え付けることになるのです」
イラク戦争後、イスラム教シーア派主導の政府が成立したが、一般のシーア派イラク人の反発は強まるばかりだ。 イスラム教シーア派政党がイランから支援を受けていることへの不満も大きい。
「イランと関係が深い宗教家たちはこの国のために何もしない」と、自らもシーア派のフサーム師は批判する。
シーア派国家イランは、イラク戦争後、イラク国内での影響力を強めている。イランの介入の拡大に反対するイラク人は多い。 バスラのデモでは、イラクの政治家だけでなく、イランの指導者たちの写真も破かれ、焼かれている。
「イラク国内で活動している多くの民兵は、イランから送り込まれた人たちです。彼らはイラクなどどうでもよく、支援しようという気などないのです。イラン民兵はいたるところで破壊し、支配を強めていますが、それはイラクのためではありません」
イラク国内の過激派組織「イスラム国(IS)」の掃討に、イランのシーア派民兵組織が動員された。また、イランから武器や資金を援助されているイラク民兵の存在も大きい。 民兵は政府に所属する軍隊ではなく、小集団だ。 中央政府が脆弱で一貫した政策を展開できないなか、さまざまな政党や部族集団などが保有する民兵が地方で勢力を拡大し、独自の政治を展開している。民兵はしばしば武装化し、 衝突も絶えない。
「民兵間や政党間の対立がつづき、国の治安が脅かされています」
5月に総選挙が実施されたが、フサーム医師は投票に行かなかったという。
「選挙も腐敗していて、自分の投票が、別の人の得票になるからです。実際、集計の不正疑惑があったと騒いでいます」
アメリカはイラクを民主化すると豪語して侵攻したが、15年経った今なお、イラクは混迷が続く。 デモは民主主義の権利であっても、イラクでは、民主化が進んでいるとはいえない。
「“アラブの春”がイラクで起きるとは思わない」とフサーム医師は言う。
「政府の治安部隊は、デモ隊に向かって放水し、ときには実弾で弾圧します。 亡くなった自分の息子の写真を掲げる老人であろうとかまわず、狙って放水するほどです」
デモ隊を弾圧する武器でさえ消費期限が切れているほど、政府の腐敗は広がっている。
「『我々を攻撃するなら、消費期限が切れた武器ではなく、本物の武器を使え!』という皮肉をこめた怒りのメッセージが飛び交っています」
「大学卒業者が路上にいて、無学の人が政府にいる」「イラクの膨大な富はどこへ行ったのだ?」「イラクを元に戻せ」などの不満が書かれたプラカードを掲げ、デモ隊は政府に訴えている。
「息子を戦地に送らなければならならず、戦いで命を落とすということは昔もありました。以前は、国を守るためだったので、悲しみより誇りに感じていたのですが、今は国を守っているのではなく、政府の犠牲になっているだけです。 政治家は贅沢な暮らしや高い給料のみを求め、デモで犠牲者になった人たちには無関心です。政府は何もしてくれません」
*本稿はフリーライター木村嘉代子さんのブログからの転載です。
https://bavarde.exblog.jp/30031569/
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