今、パリではLGBTのTにあたるトランスジェンダーの人にまつわる事件が話題になっている。ペルーからパリに来て、売春をしていた36歳のヴァネッサさんが数人の盗賊グループに客とともに襲われ、射殺されたのだ。客の方は襲われたが命は無事だった。ヴァネッサさんの仕事場はパリの西部に広がるブーローニュの森だった。事件を伝えるニューヨークタイムズの記事によると、売春する人々は2016年に買春客を処罰する刑法改正が実効に移されて以来、警察に見つからないようにセックスの場所をより人目につかない場所に移すようになったのだと言う。この改正で客は警察に逮捕されると、罰金を最高で1500ユーロ(およそ19万6500円)まで課される。すでに約2800人が罰金を支払うことになったとされる。
この刑法改正が国会で可決されたのは、今から5年前の2013年のことだ。フランソワ・オランド大統領の時である。当時、パリに滞在していた筆者はセックスワーカーたちがこの改正案に反対してデモをしていたのを目撃した。当時、筆者は日刊ベリタに次のように書いた。
「26日土曜の午後、パリのピガール付近の道路でセックスワーカーたちのデモ行進が行われた。参加者たちは大きな声をあげ、<SEXWORK IS WORK!>(セックスワークは労働だ!)というプラカードを掲げていた。参加者の多くは顔に白いマスクをつけていた。デモ行進では<私たちの選択を尊重せよ>というプラカードも見られた。」(2013年10月27日付)
パリにはセックスワーカーの組合、STRASSがあり、客の処罰化によって売春がより人目につかない影で行われることになり、当然、警察の保護が受けにくい場所だから、セックスワーカーたちが暴力にさらされる可能性が高くなる、というのだった。今回の殺人事件はまさに、その言葉が悲しい形になったものと言うことができる。ニューヨークタイムズによると、今日、フランスには売春する人が3万人近く存在すると推定されている。政府の試算ではそのうち、93%が外国人だという。今回、殺された人もペルーから働きに来た人だった。93%が外国人という数字はショッキングである。2013年に戻ると、その年、筆者はニューヨークタイムズの報道を紹介して次のように記した。
「ニューヨークタイムズは12月10日付の社説で、フランスの国会下院で可決した買春処罰法について論じた。フランスで議論が起きていることは確かだ。たとえばセックスワークは本人の選択だとか、処罰をすることでかえって地下にもぐり、一層売春する者が危険になるなどなど。しかし、ニューヨークタイムズはフランスにおける売春の状況をこう伝えている。
『最終的にフランスの下院が買春する客を処罰化する法律を可決した理由は〜ドイツも間もなくこれに続くと見られているが〜貧困な国々から渡ってきて売春をする人が増えているという実態である。たとえばルーマニア、ブルガリア、ナイジェリア、中国、タイといった国々である。フランスにおいて売春する人の10人中9人までは外国から来た人々であると報告されており、その大半が人身売買によるものだと推測されている』
かつてのようなセックスの自由・自己責任という議論とは別のところで、こうした被害者の外国人が大半を占めていると言う実態に目をつぶることができなくなったということのようだ。そして売春する側を被害者に位置づけ、買春する側に処罰規定を設けたのである。
■殺されたヴァネッサさんの追悼集会(France 3)
https://www.youtube.com/watch?v=2nUXyGktdfw ■ブーローニュの森のトランスジェンダーの売春者の映像(France 24)
https://www.youtube.com/watch?v=-XglrrLhAtc スペイン語を話す人が多数登場するが、多くの人がますます暴力にさらされていることが報じられている。
村上良太
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