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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2019年02月18日01時11分掲載
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アジア
厚労省の統計不正で想い出したこと 野上俊明(のがみとしあき):ちきゅう座会員/哲学研究
政府や議会における政策決定の基礎となる厚労省の統計調査「毎月勤労統計」に重大な不正が判明した事件は、安倍政治が官僚機構をも道連れにして底なしの劣化に落ち込み、亡国の兆しすら呈し始めたエポックとして記憶されるにちがいありません。
このことで私は今から10年ほど前のミャンマーでの出来事を想い出しました。それは2007年の8月下旬に開かれた、定例のヤンゴン日本商工会議所(以下JCCY)・貿易部会でのことでした。JCCYでも貿易部会は五大商社など有力企業の責任者が出席する中心的部会で、大使館からは参事官クラスが出て政治報告をするのが通例でした。その月は数百%という石油の大幅値上げがあり、それに反対するデモ騒ぎがヤンゴンで起きて世情がいくらか騒然としておりました。JCCYや日本人会、日本人学校等は自身の安全にかかわることとして神経を尖らせ、今後の成り行きを注視ておりました。
その会議の際、大使館の報告者は「今後の見通しについては楽観している、デモ騒ぎもきちんとした指導部がいないのでまもなく収束するであろう」というものでした。私はとっさにおかしいと思いました。ただ日本大使館の報告には異を唱えないというのが慣行のようでしたから、私ごとき小自営業者が反論するのもどうかと躊躇しました。それで「それならいいのですが、本当にそうなるでしょうか」と言うにとどめました。
それから月が替わってまもなく、パコックでの軍による多数僧侶への暴行事件がありました。これに怒った僧侶組織は軍に謝罪を要求し、全国的なネットワークを使って臨戦態勢に入り、緊張は日々高まっていくようにみえました。そして月半ば、のちに西側マスメディアが「サフラン革命」と名付けた、連日にわたる僧侶の反政府抗議デモが勃発したのです。雨期明け間近な小雨降るなかを、一隊につき数百人の僧侶たちが粛々と歩みます。その両脇固めるように多数の市民が幾重もの隊列をなして僧侶たちに並行して小走りで進んできます。1988年以来約20年ぶりの大規模デモ行進でした。わが店の前を隊列が通るとき、たまたま来店していたM大学のゼミ学生たち十数人に「これは歴史的な光景ですよ、しっかり目に焼き付けて置いて下さい」と、興奮して思わず言ってしまいました。後日このゼミの教師は、軍と懇ろな関係にある学者と分かり、冷や汗ものでしたが。
そして間もなく国軍は僧侶デモや一般市民を実力で粉砕し、そこで取材中のビデオ・ジャーナリストの長井さんを射殺しました。ただちに夜間外出禁止令が出され、緊張の日々が続きました。商売は完全に上がったり、観光シーズンを迎えても日本人はじめ外国人観光客の姿はありませんでした。
騒ぎが落ちついて以降、なぜ大使館はあのとき楽観的な予測を出したのだろうかと考えておりました。それで気になったのが毎月大使館が会議資料として出す「物価動向」でした。そこには生活関連物資、食品の価格一覧が出ているのですが、以前からどうも私の感覚よりも全体的に価格数値が低い気がしたのです。一般に低開発国では物価は民意の動向を占ううえで重要なファクターだとされています。ミャンマーでは軍政は財政赤字を紙幣増刷でファイナンスするのが常態でしたから、20%に近いインフレ率は当たり前でした。したがって貧困層はただでさえ生活が苦しく、8月の石油大幅値上げは致命的な影響を及ぼすものでした。僧侶たちは朝の托鉢において民衆が差し出す食べ物の中身で、その生活状況を判断すると言います。一般に仏教では瞋恚(しんに―恨み、怒り)はご法度ですが、僧侶たちの軍政への怒りは、民衆の護民官的怒り、義憤、公憤でした。
私の物価感覚は、週に数回従業員と一緒に市場に材料の仕入れに行くので根拠のあるものでした。「サフラン革命」のあと、私は我がサービス部会にくる大使館員にあの消費者物価一覧はだれが調べているのかを訊きました。すると彼はこう言ったのです。「あれは大使館ではやっていません。シティ・マートに委託しているだけです」と。ショックでした。シティ・マートは、独裁者タンシュエと組んで急成長したクロニー(政商、紳商)のひとつです。だから信用できないとは言いませんが、大使館が物価のもつ意味を軽視していることは確かでした。もともとは物価が政治情勢評価の重要な指数になると判断したからこそ、毎月資料を出してきたのでしょう。しかしそれが事実を反映しているものかどうかについては、だれもチェックしていなかったのです。素人考えでも、サンプリングに当たってその数や店舗規模別、地域別の偏りなどに補正が必要でしょう。ミャンマーの国情や慣行からいって、民間企業が正確な事実調査をするものかどうかすら疑わしいのですから、丸投げは危険極まりないのです。要は官僚的なことなかれ主義になっていて、危機に際して的確な判断をする妨げになるかもしれないことにはだれも思い至らなかったのでしょう。物価は庶民の心の動きを映しだす窓、そう肝に銘じて大使館員は任地ミャンマーでの経済調査に勤しむべきであったのだと密かに私は総括したのです。
野上俊明(のがみとしあき):ちきゅう座会員/哲学研究
ちきゅう座から転載
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