5月3日、東京で調査報道に独自に取り組むNGOのワセダクロニクルが「世界プレスの自由デー」を記念してシンポジウムを開いた。
前半は韓国の放送ジャーナリストたちが政権の圧力によっていかに職場を解体され、またいかに抵抗して闘ったかを描いたドキュメンタリー映画「共犯者たち」が上映された。この映画では保守政権の李明博政権時代にKBS(韓国放送公社)やMBC(文化放送)などの公共放送の調査報道番組班が次々と解体され、社長の首がすげ替えられる姿がリアルに記録されていて迫力に富む。と同時に、放送局員たちのストライキ闘争、左遷されて番組制作から外された局員たちや解雇された局員たちの悲哀、さらに仲間を孤立させまいと奮闘する姿なども熱く描かれている。こうした韓国メディアの実態は日本ではほとんど報道されなかっただけに衝撃的であり、かつ同様の課題を抱えている日本の報道現場にも示唆に富む。
※ドキュメンタリー映画「共犯者たち」 trailer
https://www.youtube.com/watch?v=6AiL-Lgbq7U
後半は実際に、この映画でも描かれる公共放送KBSに在籍して闘っていた李 鎭成(イ・ジンソン)記者、そして韓国メディアをウォッチしている成均館大学新聞放送学科研究教授で社会学者の鄭 寿泳(チョン・スヨン)氏が来日して、ワセダクロニクルのメンバーの木村英昭氏や同編集長の渡辺周氏と対談した。木村氏と渡辺氏はともに朝日新聞で吉田調書問題などの調査報道に携わっていたが、政権の圧力に揺らいだ新聞社の姿勢に疑問を抱き、ジャーナリズムNGOのワセダクロニクルを立ち上げることになった記者たちである。
来日した李 鎭成記者は一見、穏やかな紳士に見えるが、李明博政権が送り込んだKBSの新社長が乗り込んできたとき、車の周りに群がり、体を張って阻止しようとした記者たちの一人である。その姿は映画の1コマにくっきりと刻まれ、歴史になった。
また社会学者の鄭 寿泳(チョン・スヨン)教授には日本での留学経験がある。上智大学大学院で新聞学の研究をし博士号を取得、日本での滞在も7年半に及んだことから日韓双方のジャーナリズムに詳しい。その意味では鄭教授には今後も国境を越えたアジアのメディアに関する検証活動に期待したい。
ちなみに対談で筆者にとって最も印象深かったのは「韓国で報道記者たちがストライキを打って闘えるのは必ず市民が応援してくれると言う確信があるからだ」というKBSの李記者の言葉だった。だから、市民に応援される以上、放送局員たちは市民に「借り」ができる。その借りに対して真摯に報道することでこたえようとするのだと言う。それだけ市民と放送局員たちが強い結びつきを持っているのである。また、市民が単なる情報の消費者ではなく、メディアの「当事者」でもある、という意識は日本ではまだまだ未熟なのではなかろうか。これは1970年代から80年代の軍事独裁政権時代に韓国メディアが弾圧を受けた苦い記憶が生きていて、記者を支えることは自分たちを支えることだ、という意識が根底にあるのだそうである。だから日本人も問題解決が1年や2年でできると思わない方がよいのだろう。100年とは言わないが、最低でも30年くらいかける決意が必要だ。
この日は連休の真っただ中ながら会場の東京ウィメンズプラザホールはその300席がほぼ満席となった。筆者もその一人であり、日刊ベリタの編集長である大野和興氏も訪れた。3月14日に首相官邸前で行われた「日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)」主催の「知る権利」をめぐる抗議行動シリーズや、国会パブリックビューイングのシリーズと同様に、今回のシンポジウムも大変、貴重な機会であることから、何度かに分けてお伝えできれば幸いである。
※チェ・スンホPD、解職から1997日ぶりに“MBC社長”として復職(ハンギョレ新聞2017年12月7日)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/29180.html ※[社説]公営放送の再建、KBSもMBCに続け(ハンギョレ新聞 2017年12月7日)
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/29181.html
村上良太
※ワセダクロニクル
http://www.wasedachronicle.org/about/ 「特定非営利活動法人ワセダクロニクルは独立・非営利のジャーナリズムNGOです。65ヶ国から155の独立・非営利のニュース組織が加盟する世界探査ジャーナリズムネットワーク(GIJN: Global Investigative Journalism Network)のオフィシャルメンバーです。2017年6月にニュース組織として日本で初めて加盟しました。 ワセダクロニクルは、早稲田大学ジャーナリズム研究所のプロジェクトとして、2017年2月1日に発足し、創刊特集「買われた記事」をリリースしました。発足1年を機に独立し、ジャーナリズムを掲げるジャーナリズムNGOとして新しい一歩を踏み出しました。引き続き、市民が支えるニュース組織を目指し、既成メディアではできないジャーナリズム活動を展開していきます。」
■映画『共犯者たち』上映とシンポジウム 主催:ワセダクロニクル
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201904070003090
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