最近のアメリカ映画の娯楽大作として「アベンジャーズ」や「アイアンマン」などスーパーヒーローが活躍する映画が大ヒットしているが、それらの作品群の多くに監督や俳優、製作などとして深く関わってきたのがジョン・ファブロー(Jon Favreau)だ。監督、俳優、脚本、製作と様々な仕事をこなしている映画人である。このファブローはSFXを多用するヒーロー映画以外に、ポスト・ウディ・アレンとでも言うような、温かい人間喜劇の作り手としての顔も持ち合わせている。
その1つ、ロサンゼルスの料理人を通して現代アメリカ社会を描いた「シェフ」という映画は2014年に公開されてヒットした。 天才的料理人が主人公で、彼はLAのある高級料理店の料理長をまかされている。経営優先のオーナーは彼が創作料理を出してもほとんど売り上げが上がらず割に合わないから、これまで客に受けてきた定番料理だけを出せ、と要求する。彼は長年それにしぶしぶ従ってきたわけだが、ある日、著名な批評家が店に来るというので、この日だけは腕を振るって新作を出そうと準備を始める。だが結局、料理人はオーナーに逆らえずいつもの定番を出した。すると批評家はもし料理人がこれを読んだらもう二度と料理がしたくなってもおかしくない程の厳しい毒のある文章を浴びせる。この店の料理は古臭くて、なんの刺激もない、というような批評家のブログがインターネットで拡散されてしまうのだ。デジタルに疎いこの料理人と批評家がツイッターで喧嘩を繰り広げ、それが拡散されて波紋を生んでいく様は非常に面白い。さて、これがきっかけで、料理人は店を辞め、離婚した妻の勧めに従って中古のフードトラックを買い、キューバサンドとユカ(キャッサバ:芋)の揚げ物を売る決意をする。
クラシックなレストランの料理長から、料理トラックでのキューバサンド1点ばりの行商へと落差は大きいが、料理人は不幸ではない。映画の脚本上のミソは離婚後も友達関係にある彼の元妻が元夫と息子を愛する包容力のある女性として設定されていることだ。彼女はキューバ系アメリカ人である。もとより、彼女は本質的にクリエイティブな夫が保守的なレストランには満足できないであろうことをわかっていたのだろう。だから彼女は以前からフードトラックでビジネスを始めることを彼に提案していたのだ。なかなかレストランを吹っ切ることができなかった彼がフードトラックを本気でやる決意をしたのは、彼女が連れて行った彼の生まれ故郷でもあるマイアミのレストランで本場のキューバサンドを食べた時だった。「本当にうまいな、これは。息子にも食わせたい・・・」こうして、離婚後、関係が希薄になっていた息子との旅が始まり、フードトラックの旅を通して彼は家族を取り戻し、新しい人生を見出していく。
この映画は文化の領域でも保守化するアメリカで、新しい挑戦をする難しさとそれを実現することの素晴らしさを描いたものである。新しいことに挑戦しようと思ってもこのご時世、客の財布のひもは固い。だから、たとえ1回の食べ物であっても、失敗したくない。それが客を保守化させ、料理人を保守化させ、道を狭めている。(この映画の場合は、そもそも天才料理人とクラシックなレストランの相性の問題もあるかもしれない)そこに活路を開いたのがキューバサンドであり、ヒスパニック系の人間たちとそのカルチャーだったことは、昨今のアメリカを象徴するかのようだ。キューバサンドにどれほどの創造力が発揮できるのか、と見ることもできるだろうが、今、料理人に必要なのは本当に自分がやりたいことを料理人としてやる、ということである。それがたとえキューバサンド1つであったとしても。値段は7ドルとか8ドルあたりの商品である。それでも、行列を作って待っている客が彼にやる気を出させるのだ。
ファブローはこの映画の脚本、主演、監督、製作を行っているが、この映画を作ることは彼にとっては映画の原点に立ち返る意味があったようである。というのは、彼はヒーロー映画の監督になる前は人間喜劇の脚本を書いており、その1本に「スウィンガーズ」という映画がある。これはやはりファブロー自身が主演していて、恋人と別れてもどうしても彼女への思いが吹っ切れず、その結果、次の恋愛を得られず、苦悶している男(役柄はコメディ俳優である)を、同業の仲間たちがなんとか助けようとする喜劇である。筋書きだけ見ればウッディ・アレンの「ボギー、俺も男だ!」を想起させる。スーパーヒーローものと、人間喜劇とその落差は大きい。それを考えると、「シェフ」で描かれた料理人の思いと、ファブローの思いが多少、重なっているのだろうかと思われたりもするのだ。
■「シェフ」のtrailer
https://www.youtube.com/watch?v=FF_rYNupPwg
■「スウィンガーズ」のtrailer
https://www.youtube.com/watch?v=nWCct8XbQD0
|