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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2019年09月11日14時02分掲載
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文化
フランシスコ・トレドのいないメキシコ 山端伸英
メキシコ時間で9月5日午後9時ごろ、フランシスコ・トレドFrancisco Toledoが亡くなった。フランシスコ・トレドはこの半世紀を代表するメキシコの、そして世界の画家であった。メキシコ市の国立美術院BELLA DE ARTESを卒業し、昆虫や動物の説話的形象を追及しアメリカ人のファンを獲得、1959年、テキサスで展示会を開催し、そのころ作家ヘンリー・ミラーの圧倒的絶賛と支援を得たと言われる。
他方、生地であるテワンテペック地峡、フチタン市の砂糖精製工場の紛争から始まる政争に早くから加担しCOCEI(テワンテペック地峡労農学生同盟)の中心メンバーのひとりとなり、あるときは政治指導に、あるときは財政支援に奔走している。1981年、COCEIはメキシコ革命後、初めて市町村次元で与党の制度的革命党PRIに選挙で勝利した。その勝利は1978年誘拐され行方不明となったヴィクトル・ヨドVictor Yodoなどの優秀な指導者たちの犠牲の上に立っていた。与党側ロペス・ポルティジョ政権は選挙後、さまざまな非合法的な攻撃を仕掛け1983年にはCOCEI指導部はすべてメキシコ市やティファナなどの北部に潜伏した。そのときの逃亡資金はフランシスコ・トレドが工面したと言われている。
その後、トレドは美術評論家として駆け出しだったマカリオ・マトゥスMACARIO MATUSを館長とするフチタン文化会館CASA DE CULTURAを設立するのに貢献し、活動は中央に移した。画廊の要望にはビザンチン風にせよ、ポルノ風にせよ、全面的に従うが、異様な集中力と多産性によって画廊側の期待に応えつつ、しかし芸術性をおろそかにすることはなかった。私は彼が彼の娘に宛てた手紙をある小さな画廊で発見したが、そこには緑樹の怪物が彼自身のその日の営みを語る童話の形をとった愛のエピソードがあった。
今年に入って5月ごろから体調の悪化を訴えていたらしいが、一部のもの以外には知らせていなかった。肺癌であった。1940年7月17日生まれの79歳である。現在まで週刊誌「プロセソ」に素描とエッセイを連載中で、9月1日に発行された「プロセソ」にはEL TETERETEと題されたエッセイが載っている。水上を歩いたイエス・キリストのように、しかしこのトカゲは水上を、いささかせっかちに歩くのである。
非政府系メディアの存続を強く熱望し、左派系新聞「ウノ・マス・ウノ」の内紛以後、外に出たカルロス・パイヤンを助け、左派系市民のための新聞「ラ・ホルナダ」の創立に精神面・資金面の援助を、ルフィーノ・タマヨと二人で惜しみなく行なった。非政府系であることはユニヴァーサルであることであり、「ラ・ホルナダ」は欧米のさまざまな知識人とつながった。小説「G」で有名なジョン・バージャーやウォーラーシュタインも有力な寄稿者であったし、スペインの政治学者マルコス・ロイトマン、ノーム・チョムスキーも寄稿を続けている。
他方、社会運動家としても非常にアクティブであり、前政権時代に起きたゲレーロ州での学生43人の市長警察軍がらみ集団殺人事件への告発、オアハカ州でのコンベンション・センター建設反対運動、原住民言語の保護育成運動などの先頭を切っていた。最近は遺伝子組み換え作物、特にとうもろこしの遺伝子組み換え生産に対する反対運動を指導していた。
現在のAMLO政権の勝利の現在までの歩みに彼は満足の意を表している。また彼の数多い子供の中からナタリア・トレドNATALIA TOLEDOを閣僚の一人(文化省副長官)に持っている。ナタリアは今月11日にメキシコ国立自治大学アカトラン校で私の司会で講演する予定であったが今日、それをキャンセルしてきた。メディアはまだ、TOLEDOの死とその遺産とその喪失について語っている。 メキシコ人の夢を実現した男、メキシコのこの半世紀の文化活動に活を与え続けた男が、息を引き取った。フランシスコ・トレドのいないメキシコ、に今、私たちは生き残っている。
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フランシスコ・トレド
Toledo,mosquito
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