未来の日本の政治史を想像すれば2012年暮れに始まる安倍晋三率いる自民党の独裁政治の7年間は、まさに安倍首相の「無血クーデター」の時代だったと記憶されるだろう。クーデターとあえて綴るのは、「日本を取り戻す」をモットーに憲法改正を目指した安倍首相はすでに憲法を軽視し、国会を侮辱してきたからだ。それが何を意味するかを的確に示したのが2018年に始まった上西充子教授らによる国会パブリックビューイングという市民運動(※1)だった。この稀有な運動は、それまでの政治運動と異なり、自ら演説するのではなく、人々に国会を見せることを中心にした運動だった。国会で野党議員の真摯な質問に与党がどういう態度を取っているか、それはまさにヒトラーのナチスさながらの傲慢さだった。
無血クーデターを可能にしたものは安倍首相がメディアを掌握したことにある。タイでも、キューバでも、リビアでも右であれ、左であれクーデターを起こした勢力がまず行うことは放送局の占領だ。これは定石である。安倍首相もNHKの経営委員に極右作家や極右思想家を注入し、会長に仲間を据え、さらに経営委員長にも日本会議関係者を据え、公共放送の占領にまんまと成功した。これは大きく時代を変え、自由な表現を封じることになった。多くの放送人が表現ができなくなった。だが、そうした実態の大半はマスメディアで報じられなかった。
それを最も象徴的に報じたのは日本の組織ではなく、パリに本部を置く「国境なき記者団」日本特派員の瀬川牧子氏だったことは記憶に新しい。少し長いが、今年3月に首相官邸前で行われた「知る権利」のための抗議集会での彼女の発言(※2)を振り返っておきたい。
瀬川牧子氏「2018年の世界各国の状況、報道の状況を言いますと、約80人のジャーナリストが殺害され、348人が投獄され、60人が今人質の状態になっています。このメディアの状況は、自由報道の状況は年々年々悪化し、過去最悪のものとなっています。 日本の報道はどうでしょうか。2011年の東北震災を機に、この報道の自由度はますます落ちていくばっかりです。12位から2018年では68位と。日本には確かに殺害や投獄、目に見える情報規制はありません。しかし、自己規制というself censorshipと言う言葉が書かれています。記者クラブでの記者会見の様子を見ての通り、質問が制限されたり、政権との癒着のある一部のジャーナリストだけが質問の権限がある。 福島を見てください。沖縄を見てください。今、原発の問題はどうなっていますか。本当に報道していますか?我々国民の本当の質問は全部届いていますか、権力者のもとに?」
世界に足場を持つ瀬川氏だからこそ、このような認識が可能だったのであり、日本国内の思潮に染まっていたら持てない感覚だと思う。だが、世界から見ればまさに日本国内の言論の自由は崩壊しており、それは憲法が実質的に機能していないことを意味する。そして、公共放送の占領と政権に批判的な民間放送局への恫喝は選挙報道を委縮させ、「一強政治」の長期化に機能した。最もそれを象徴するのが2014年11月のNHK「ニュースウォッチ9」(※3)で安倍首相が消費税率10%への引き上げを1年半後に先送りすることを決め、国民に真意を問うとして総選挙に打って出た時の番組だろう。この時NHKは安倍首相の言いたい放題を容認した。何一つ厳しい質問がキャスターの口から出ることはなかった。スタジオには安倍首相の姿がスクリーンに大きく映し出され、ジョージ・オーウェルの小説「1984年」そっくりだった。当時、スキャンダルに見舞われ、内閣総辞職の危機にあった安倍政権が長期政権になることを可能にしたのがこのNHKの政権翼賛放送だったと思う。地方にはNHKの報道が正しいと信じている視聴者がまだ莫大な数存在するのだ。
この7年間に日本で起きた一連の出来事は笑い事ではない。これは無血クーデター(※4)だということだ。「あべちゃん」などという言葉では語れない、真正のファシズムだという認識が必要である。安倍首相の仲間が我が世の春を謳歌し、仲間を税金で接待し、国会ではまともに答えもしない。マスメディアはほとんど機能しない。産業界が国家の庇護を期待して、クーデター政権を支援している現実。中南米で起きてきたことと深層は何も変わりはしない。今こそ変える時だ(※5)。
※1 国会パブリックビューイングを見に行く
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902062355103
※2 首相官邸前で行われたマスメディア・ジャーナリスト・市民の抗議集会 "FIGHT FOR TRUTH” その6 「国境なき記者団」の瀬川牧子氏
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201903170059300
※3 安倍首相 「税は議会制民主主義の基礎である」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201411182309112
※4 無血クーデター マルクス著『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』には労働者の権利を拡大した1848年の「ニ月革命」のわずか3年後に、ナポレオンの甥であるルイ・ボナパルトが無血クーデターを経て皇帝になるプロセスが描かれる。核心はフランス革命を推進したはずの産業ブルジョアジーが労働者の権利の主張に危機感を抱き、以後、歴史の進歩や労働者の権利拡張に背を向け、産業資本家の利益を優先する方向に転じたことにあった。2009年の民主党・鳩山政権の誕生から2012年暮れの安倍政権の誕生までのプロセスには『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』と重なる要素がある。
※5 安倍首相の選挙マシーンだったNHKの石原進経営委員長がついに交代
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201911141954534
村上良太
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