ケン・ローチ監督の最新作、「家族を想うとき」について前回、書きそびれたことが1つ。映画を見た後の合評会でもたしか弁護士の方が指摘されていた気がしますが、映画の背景に住宅事情が関係している、というものです。転職してワゴン車を買って個人事業主となって稼ごうと考えた主人公の夢は、家を買うことにありました。つまり、この夢が家族の悲劇につながっていくのです。
映画を見るとき、僕はいつも主人公を取り巻くミニマルな小状況と、その時代背景である大状況に分けてみています。過去に日刊ベリタで書いたものを引用します。
「普通、ドラマを制作する場合はドラマのもとになっている時代背景(大状況)と、その時代背景のもとで主人公の家族や組織が抱えている個別的な状況(小状況)と、主人公の性格とか思想(主人公のキャラクター)を設定する必要がある。たとえ同じ時代であっても、大状況と小状況と主人公のキャラクターの組み合わせ次第で無数のドラマが作り出せる。たとえば今の日本で格差が拡大していると言っても、苦境の家庭もあれば、どんどんリッチになっていく家庭もあり、同時にまた苦境の家庭であっても現政権を肯定してリッチになっていくことを夢見ている人々もいるかもしれない。それは主人公がどのような思想や性格かにもよるからだ。」 (パトリック・モディアノ著「ドラ・ブリュデール」(邦訳タイトル「1941年。パリの尋ね人」))
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602180848024 では、「家族を想うとき」という映画の場合、大状況は何か、というと、この住宅事情が重要な背景にあることは間違いありません。そして、映画の中でさらっとですが、まだ子供が生まれたばかりの若くて幸せだった時代の夫婦の写真が出てきます。二人は家を買おうとして銀行でローンを組んでいたのです。ところがそれを襲ったのが英国の金融危機でした。この金融危機はリーマンショックに連動した欧州金融危機であり、銀行の破綻で二人のローンも住宅の夢も全部がふっとんでしまったと言っているのです。今から10年くらい前の出来事です。その金融恐慌で建設業者だった主人公も解雇され、非正規労働者になってしまったようです。映画ではさらっととしか触れていませんが、夫婦の事情を考えるうえで相当大きな背景をなしていると思います。その後、欧州では英国に限らず、フランスでもどんどん労働者の生活事情が厳しくなっていったのはご存知の通りです。毎月の家賃を払うのに苦労していると映画で主人公は語っていて、今、頑張って家を買えば、ローンの返済はあるのしても、家賃を払う必要はなくなる、と言っているのです。
つまり、英国に特有の住宅政策的な事情ではなく、シンプルに金融の崩壊で、家が持てなくなった夫婦が、なんとか夢をもう一度、と思うのですが、実際には妻はリアリズムで今、家を買える状況などではまったくないことを理解しているのです。そういう意味では、ささやかでもコツコツ地道に生きてきた労働者夫婦の夢を壊し、家族を引き裂いていく、そうした金融の腐敗が映画の裏側にあり、それはまさに今の欧州連合の腐敗と重なっているのだと思います。というのも金融危機を招いた金融業界への規制を骨抜きにすべく、金融業界は欧州連合の政策を決めている欧州委員会へのロビー活動を続けてきたからです。そして、実はこのことは未来の欧州連合との関係を明確に打ち出せなかった今回の英国・労働党の敗北ともつながているようなのです。
※映画のトレイラー(予告編)
https://www.youtube.com/watch?v=C0nTNWILxww
https://www.youtube.com/watch?v=8mkIMB9INwg
※「わたしの仕事8時間プロジェクト」
http://union.fem.jp/ ●登壇者 上西 充子 法政大学教授 西口 想 ライター・労働団体職員 北 健一 ジャーナリスト 川上 資人 弁護士 菅 俊治 弁護士
村上良太
■映画「家族を想うとき」の合評会に参加して
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201912090150071 ■映画「家族を想うとき」 問われる現代の労働のあり方
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201912080140400 ■国会パブリックビューイングを見に行く
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902062355103 ■英国総選挙で離脱を掲げる保守党が圧勝 労働党は後退・コービン党首は辞任へ
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201912131401105 ■ナショナリズムの台頭の真の原因は欧州連合本部にある ロビイ活動を監視するCorporate Europe Observatoryの ケネス・ハー氏 Kenneth Haar
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702070312142 ■英Brexit国民投票の裏に英政府=シティ金融勢力の欧州連合「改革」の野望があった Corporate Europe Observatory Kenneth Haar (ケネス・ハー) #2
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702092031124 ■ブルデューの死から10年 〜欧州を改造した知的傭兵部隊〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201201091900351 ■欧州連合でのモンサントのロビイ活動についてCEOのニーナ・ホラント氏にインタビュー interview : Nina Holland "Activities of lobbyists for Monsanto in EU"
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702150155533 ■マクロン大統領と金融界 マクロン大統領の政権の本質を理解するには本山美彦著「金融権力」が不可欠
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201812151001036 ■フランスの現地ルポ 「立ち上がる夜 <フランス左翼>探検記」(社会評論社) 村上良太
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201807202152055 ■本山美彦著 「金融権力 〜グローバル経済とリスク・ビジネス〜」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401170608015
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