最近、高橋康也著「道化の文学」(中公新書)と、山口昌男著「道化の民俗学」の2冊の道化論を古書店で手に入れて読みました。いずれも20年以上前に読んだことのある研究でしたが、年号も変わった今日、再び読み返したくなりました。というのは、すなわち私たちの暮らしもまた、文化人類学の対象として興味深いものであろう気がするからです。二人の著者は、所属学会こそ異なれど、いずれも1970年代から90年代にかけて〜筆者が学生だった頃〜大きな支持を集めた研究者で、アプローチは違うもののいずれも道化に大きな関心を寄せていました。実際にこれらの本を再読したのはコロナウイルスが報じられる前で、そのこととはまったく無縁でしたが、後から考えると、妙に時代にマッチしている気がしてくるではありませんか。
これらの道化論はロシアのバフチンが説明した「カーニヴァル」という生と死が入れ替わり、既存の社会秩序が崩れて異なる世界が現出する祭りをキーワードにしています。今日の世界では1%と象徴的に語られる世界の大富裕層が下の半数の貧困層をしのぐ富を保有しているとか言われますが、そこに様々な監視技術などのテクノロジーが加わり、世界が階層がだんだん動かなくなりつつある・・・そんな印象を持つ人が増えています。いや、印象どころかまったくの事実ですね。そして、日本では安倍政権が2013年の頭から政府を構成して、近代日本で最長の政権を維持しています。安倍政権下でも格差は拡大していると思います。日本国民を上流と下流の2つの層にきっぱりと分けて差別しているかのようです。つまり、バフチンが叙述した中世ヨーロッパのカーニヴァル的空間が失われたような世界になりつつあるのではないかという直感があるのです。
山口氏らの道化論が面白く感じられるのは、こうした固定化されつつある社会秩序を疑う視点があり、実際に人類が存続できたのは序列をぶちのめしてきたからだ、というセオリーです。ナチスやソ連の崩壊も見様によってはこの線で考えることも可能かと思います。これはフランス革命などよりはるかに先行する中世の祭りを主に考証しています。同時に欧米ではないアフリカの民俗学の調査研究の結果も使われています。これが面白くないはずはないのです。「道化の民俗学」の中で、山口氏は氏がフィールドとしたアフリカの祭りについて触れています。ガーナのアシャンティ族によるアポという祭りであり、18世紀末に滞在したオランダの商人の記録を引用しているのです。
「『このアポの祭りは8日間にわたって続けられる祝宴からなっている。この祝宴は、歌唱、アクロバット、踊り、陽気なざわめき、そして酒杯の交換で満たされている。この期間にはあらゆる形で人をからかうことが許されており、悪口をいうことが祭りの気分を昂めるために不可欠な要素になっている。目下の者ばかりでなく、位の高い者の欠陥、悪業、ぺてんを如何なる形であばいて罵っても誰にも制止されることも罰せられることもない。口汚く罵る者の口をふさぐために、なみなみと酒を満たした杯を提供する外はない。すると諷刺歌の調子は次第に寿歌に転位していくのである』(※)この雰囲気は外ならぬカーニヴァル空間に属するものである」
山口氏はアフリカ社会では、かつて王権はたとえば7年間という風に期限を設定されていて、7年が過ぎると王権を剥奪され、象徴的な意味で殺されてしまう。王の生と死によって、社会に新たな活力が生まれるというわけです。ここで「王」と言っているのは、現代日本ではむしろ首相に相当するのでしょうが、政治指導者は任期を終えると鞭打たれ、次の政治指導者に交代する。そこで祭りを行い、死と再生の儀式を埋め込み、汚された世界が新しくなる、ということだそうです。
本来であれば、森友問題の国有地不正売却の汚れを一身に押し付けられた関西の財務省の官僚は自殺するのでなく、生きて真実を社会に知らしめることができたら一番良かったのです。しかし、おそらくは近代日本で最長の長期政権の持つべたべたした、淀んで、いつまでも区切りのない空気ゆえに、カーニヴァル的な無礼講も、真実の暴露も許されない官僚的空間の中で、遺書を残して死を選んだとしたら、本当に日本の悲劇というほかありません。道化とは異なる世界、そして真実を語るアクロバット師に外なりません。ツイッターはカーニヴァル的な言論空間になってこそいますが、未だ国民全体が参加する祭りにはなりえていないのです。カーニヴァルのない世界で道化は生きるのが次第に苦しくなります。
※ウイレム・ボスマン著 William Bosman "A New and Accurate Description of the Coast of Guinea "(1707)
■伊藤元重著「入門 経済学」(日本評論社)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201111111406225
■グローバル時代の「ルイスの転換点」 〜アベノミクスの弱点〜 村上良太
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201306070012005
■アベノミクスとレーガノミクスと保守革命 〜アベノミクスの正体〜
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