2020年4月、Classi(クラッシー)株式会社が、外部の攻撃者による不正アクセスによって高校生や教員、保護者等122万人のID及び暗号化されたパスワードの文字列等が閲覧された可能性がある旨公表した。折しも、新型コロナウイルス感染症の全国的かつ急速な蔓延防止の為、安倍晋三首相が7都府県に緊急事態を宣言し(改正新型インフルエンザ等対策特別措置法32条・附則1条の2)、多くの学校が再び休校とした最中であった。
▽権力による「検閲」拡大のおそれ 同社はベネッセホールディングスとソフトバンクが共同出資し2014年4月に設立されており、「コミュニケーション、探究学習、学習動画、日々の学習記録など、学校生活のさまざまなシーンで活用いただけるオールインワンのプラットフォーム」のClassiを利用する全国の高校は2校に1校(2500校)以上、高校生の3人に1人(116万人)にも上るそうである(2019年5月時点Classiホームページhttps://classi.jp/about/ )。
ベネッセは、2月末より小・中学校に「学習探検ナビ」(インターネットを経由してプリントをダウンロードする)によるプリント教材を、3月初めからは、Classiを導入していない高校に、機能限定版を無償で提供している(4月末迄)。
ベネッセがかつて、国内で最悪の情報漏洩を起こしたことは記憶に新しい。 2014年、グループ会社「シンフォーム」で働いていた派遣社員が不正に取得した約3,500万件分の顧客情報を名簿業者3社へ売却していたことが、明らかになったのである。2019年6月には、被害者がベネッセとシンフォームに対し損害賠償を求めた訴訟で、東京高等裁判所が1人当たり2000円の支払を命じる初の判決を下している。
新型コロナウイルス禍に係る休校要請によって遠隔授業が一般化すれば、教育産業や通信事業に集まる膨大な情報が流出する危険性が高まるであろう。最も恐れているのは、権力による覗き見とデータ収集を容易にし、事実上の「検閲」が広まることである。
とりわけ大学を中心に全国で行われるようになったオンライン授業では、zoomやYouTubeがしばしば用いられている。勤務先でも、4月中旬にオンライン授業の進め方に付いて説明した文書が配信され、容量を軽くする為に音声や動画をYouTubeに掲載しそのURLを学内のポータルに提示する方法が推奨されていて動揺した。筆者は、不特定多数の利用者が通信する動画共有サービスにおいて、実際の学生達を眼前にした教室におけるのと同じく講じることには、躊躇してしまう。教員が、授業内容を“自主規制”する必要性を感じる段階で、その教育の自由・学問の自由は脅かされつつあると言える。
▽緊張強いられる教員の教育の自由 政府は2020年4月初めに「新型コロナウイルス感染症対策テックチーム」(チーム長 西村稔コロナウイルス感染症対策担当大臣)を設置し、「感染拡大防止に資する統計データ提供の要請に応じた企業と 提供されたデータの厚生労働省等での活用に向けた検討」、「シンガポールのTrace Togetherアプリケーション日本版の実装検討」等を開始した(新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策に資するIT活用について https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/techteam_20200406_01.pdf )。
約1週間後にはヤフー株式会社が、「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を厚生労働省と締結したことを、竹本直一IT相は、新型コロナウイルス感染者との濃厚接触者を追跡するスマートフォン用アプリの実証実験を同月内に始める旨をそれぞれ発表している。前者は検索ワードで感染者を見出そうとするものであり、後者は、位置情報を用いる「シンガポール方式」の日本版である。
公権力がITを利用して入手したいのは、感染者や濃厚接触者の所在・行方だけなのであろうか。緊急経済対策と銘打った補正予算の歳出項目と金額を見ても、危惧と疑念は禁じ得ない。 安倍晋三首相が緊急事態を宣言した2020年4月7日、一般会計予算で16兆8057億円の歳出を増やすとする補正予算案が閣議決定された。この中に、「新型コロナウイルス感染症対策や経済対策に盛り込まれた各施策の内容を始めとした喫緊の取組等についての国内広報を実施するとともに、日本に対する信認を高めるための国際広報を実施する)為の「戦略邸広報費」に100億3600万円が(内閣府「令和2年度補正予算(案)の概要」)、「感染症を巡るネガティブな対日認識を払拭するため,外務本省及び在外公館において, SNS等インターネットを通じ,我が国の状況や取組に係る情報発信を拡充」する使途で24億円が(外務省「令和2年度外務省所轄補正予算」)、それぞれ計上されているのである。この後同月20日には、全国民への一律10万円給付等を含めて組み替えた総額25兆6914億円の補正予算案が決定され、月末迄に成立する見通しであることが報じられている。
4月初めに安倍首相が宣言した緊急事態の期間は、2020年5月6日迄である。しかし、内閣の新型コロナ対策本部が設置した「新型コロナウイルス専門感染症対策専門家会議」構成員が解除は困難との意見を示す等、延長の可能性が大きくなっている。また、解除後も、各学校等の判断によって遠隔授業が継続される場合もあろう。健康・生命に危険が及ばぬよう対面式を避けるのは止むを得ないが、オンライン授業が、教員の教育の自由・学問の自由と緊張関係に在る事実を軽視してはならないと思う。
さて、ベネッセは、小・中学校、高校等の「校長および教職員ならびに教育委員会等教育行政に携わる団体の構成員を対象としたインターネットサービス」である「スクールオンライン」及び「ハイスクールオンライン」というサービスも提供している。ホームページでは、地方公共団体が導入した主体的・対話的で深い学びを実現するプロジェクト型学習や受講者の視点を採り入れた教員研修体系等を紹介している(ベネッセホームページ https://www.teacher.ne.jp/casestudy/l )。「教職課程コアカリキュラムが示す全体目標・一般目標・到達目標に即した効果的!単元計画」なぞを作成するのは、お茶の子さいさいではなかろうか。 (つづく)
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