フランスの人気ミステリ作家にフレッド・ヴァルガスという女性がいまして、ミステリと言えばアメリカの作家がたくさん紹介されることが多いのですが、フレッド・ヴァルガスは日本でも紹介されています。「死者を起こせ」は3人の歴史学者が女性失踪事件を解明する話で邦訳も出ています。主人公が3人全員歴史学者ながら、それぞれ専門とする時代が古代、中世、現代と違っており、フレッド・バルガスさんがこういう設定でミステリを書いている背景には著者自身が中世を専門とする歴史学者で、フランスの国立研究機関CNRSで働いてきたことが関係しています。
実は今、このヴァルガスさんの名前がフランスメディアで新型コロナウイルス関連で取り上げられています。その理由は2006年の対談番組でヴァルガスさんがウイルス感染の危険性とその際にマスクが不足するであろうことで警鐘を鳴らしていたからでした。90%の確率でフランスでウイルスが突然変異を起こして流行する危険があると指摘し、その際にマスクあるいは体を保護するケイプの必要性を訴えていたのです。そして、彼女は家庭で作れるようにと自分でもマスクのモデルを考案していたそうです。今、その発言がビデオで再登場しているのは今回のフランスにおける新型コロナウイルス(COVID-19)の流行に際してマスクが不足してしまったことがあるからです。さらに欧州でこのウイルスが変異を起こし、より感染しやすいものになったことが考えられます。
ヴァルガスさんは中世が専門の歴史学者ということですが、特に欧州で1347年(14世紀)に起きたペスト(黒死病)の専門家とのこと。ペストは世紀を超えて何度も流行を繰り返し、欧州では人口の3分の1近くが失われたとされます。人口の減少や活動の不活発化は経済の衰退も起こしてしまいました。そのことも今回、興味を持って再認識されているところです。中世欧州史に詳しい歴史学者・堀越孝一氏の「中世ヨーロッパの歴史」には次のようにその結果が語られています。
「じわじわと迫る経済不況と人口減、この社会の活力の下降カーヴを一気に押し下げたもの、それが「黒い死」のドラマであった。下地に衰退の気運があり、そこに墨黒々と「死の舞踏」図が描かれたのである。生産と流通のシステムが崩壊した。穀物市場は閉鎖された。労働力が激減した。領主と村の連携が断ち切られた。領地経営は不能の状態に陥った。・・・おそらくこの災禍は、都市においても農村においても、富めるものと貧しいものとの格差を、いっそう拡げる作用を及ぼしたことであろう。これまた、すでにじわじわと進行していた事態であった」(「中世ヨーロッパの歴史」から)
14世紀の欧州ではペストが流行する前から農業やその他の衰退の兆しがあったとされ、そこを襲ったペストがその流れを決定的に後押しした、ということのようです。欧州が活力を取り戻すのは新大陸を発見し、植民地を持ち始めてからで、その時(15世紀末)、欧州は近代に足を踏み入れようとしていました。つまり最低でも100年は経済が低迷してしまった、ということになります。
医療水準も人口や環境も異なりますから、ペスト(黒死病)と新型コロナウイルスを同じに考えることはできないとしても、少なくともこうした感染症は甚大な影響を想像以上に多年にわたって与える可能性があるようです。ペストの場合は一度や二度ではなく、ネズミやノミなどを媒介として何度も感染が再発したとされ、今回の感染症もウイルスが変異を起こしたり、さらに別のウイルスが登場する可能性もあり、今後、これで終息するとは言えないところに恐ろしさがあります。2006年の番組でヴァルガスさんは警鐘を鳴らしたのですが、当時は失笑を買っただけだったとされます。
※Inaの番組で語るフレッド・ヴァルガスさん
https://twitter.com/i/status/1261577376653139973?fbclid=IwAR1mG3UYtqtEJNlfsPaKZ9OqfwZMvIQ6ufDXkzLEz4qklsEU98HAQRSQIG0
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