アメリカの警官による黒人殺害に対する抗議運動にはダンスを使った平和なものとか、白人女性たちが警官の前に列を作って抗議者たちを守っているようなものがあり、ツイッターの声はこうした平和なシーンがなぜマスメディアでは出てこないのだろう、と言うものでした。暴力シーンばかりが繰り返し画面にさらされて戦争状態一色みたいに見えてしまっていると言うのです。確かに、指摘された意見はよくわかりますし、実際メディアは過激な対立をフレームにおさえようとするものです。今、これを聞いて僕にはフランスでのある思い出がまさに思い返されています。
フランスで2016年春に「立ち上がる夜(Nuit Debout)」という市民の抗議運動が起こり、毎晩、何千人という市民が共和国広場に集まって徹底して平和に討論会を行っていた時、これをきちんと報じた日本のマスメディアはほとんどありませんでした。フランスでは大きな話題になっていたにも関わらず、日本のメディアは徹底して無視したのです。しかし、2018年秋に「黄色いベスト」という運動でタイヤが燃やされたり、商店街が荒らされたりすると、日本のマスメディアはこぞって報じました。暴力はよくありません・・・的な報道になるわけですが、平和裏に行われた「立ち上がる夜」のような運動の場には皆目姿を見せないのです。この「立ち上がる夜」がまず抗議をしたのは当時の社会党政権による労働法の規制緩和法案でした。今日のマクロン大統領は当時、社会党政権の経済大臣でした。しかし、「立ち上がる夜」は労働法改正だけに抗議をしていたのではなく、難民受け入れとか、格差社会、ホームレス、男女の差別、自由貿易協定の是非、病院スタッフとベッドの削減問題(今、感染症で問題化しています)など100近いテーマ別の討論のサークルがありました。暴力沙汰にせず毎晩必ず一度撤収するという条件をのむなら広場の使用を認める、というのがパリ市長のイダルゴ氏との約束でしたから、「立ち上がる夜」の人々は喧嘩などが起きないように討論に来る人々が飲酒していないかのチェックと喧嘩の見回りまでやっていたのです。広場の脇には機動隊が待機していて、何かあるといつでも鎮圧できる状態でした。それでも参加者たちは毎晩、平和を保っていたんです。
僕が2016年4月にYouTubeで「立ち上がる夜(Nuit Debout)」で映像を検索すると、夜中に機動隊に石を投げる若者たちが出るような映像がたくさん並んでいました。しかし、それは「立ち上がる夜」に参加した人々とは異なる冷やかしの若者たちで、彼らは討論とは無縁で、酒を飲んで暴れていただけなのです。ところが、マスメディアはそういうシーンを撮影するのです。でも、まじめに討論しているところはほとんどと言っていいほど撮影しなかったのです。そのために、共和国広場に「立ち上がるTV(TVDebout)」というグループができて、広場で行われている討論会を撮影して、その晩、YouTubeにUPする、ということを自分たちでやっていたのです。「自分たちの討論をきちんと伝えたかったから」というのが理由でした。民生用の小さなビデオ2つとパソコンで毎晩、討論の輪から誰かを呼んでインタビューする番組を作っていたのです。
2016年も7月頃になると、労働法規制緩和法案が非民主的な手法で法制化されていき、共和国広場の「立ち上がる夜」の人々の集まりも閑散としていきました。やがて広場の外でデモが起こり、実際に機動隊との激しい衝突になって行ったのです。徹底的に非暴力的だった「立ち上がる夜」には取材に来ず、暴力沙汰になった「黄色いベスト」には取材に来る・・・ここにメディアの病理があると思っています。
村上良太
■フランスの現地ルポ 「立ち上がる夜 <フランス左翼>探検記」(社会評論社) 村上良太
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201807202152055 ■TAFTA(大西洋自由貿易圏)およびTTIP=(欧州版TPP)を論じるパリの市民TV局 市民の機材持ち寄りとボランティアで公共の広場に設立 今論じるべきことを情報操作なく論じる
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201606040246036 ■パリの「立ち上がる夜」 市民が自前で広場に設置したテレビ局「立ち上がるTV」の人気インタビュアー Marjorie Marramaque
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201605290351570 ■外国の労働法の規制緩和と日本の労働法の規制緩和はつながっている 公共放送は国民の知る権利に応えるべきだ
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201802152040074 ■パリの「立ち上がる夜」 フランス現代哲学と政治の関係を参加しているパリ大学教授(哲学)に聞く Patrice Maniglier
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201605292331240
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