自分がハンバーグを家で作る日が来るだろうということは想像したことがなかった。いつかはいいキッチンをもってその時は自分で調理をしようという風には30年間思っていたけれど、その時、僕の脳裏に浮かぶ「料理」は肉じゃがとか、魚の煮つけ、あるいはビーフシチューみたいなもので、その中にハンバーグは入っていなかった気がする。それはなぜだったのだろう。ハンバーグはこの間のポテトサラダと同じで、外側から中身がわかりにくい料理だからかもしれない。だから具体的なイメージが伴わなかった気がするのだ。肉じゃがだったら牛肉、糸こんにゃく、ジャガイモ、玉ねぎで何となく作っている映像が浮かぶのである。だが、ハンバーグは肉の塊と言っても中に何が混ぜ込んであるのかよくわからない。
ハンバーグを生まれてから今日まで、何度食べたかわからない。たとえばコンビニやスーパーの弁当に入っているハンバーグ、あるいは総菜コーナーで袋に入ったハンバーグだが、これらは本当に中に何が入っているかわからない。肉自体が何なのかわからないばかりか、肉なのかどうかもわからない場合もある。ハンバーグと言っても、本当にハンバーグを食べたかどうか心もとない食べ物が結構ある。その一方で、ハンバーグの専門店に行くと肉の味を満喫できるハンバーグが堪能できる。とはいえ、そのレシピはわからない。
今回、ハンバーグを作ってみた。インターネットで調べたある人のレシピには香辛料のナツメグが入っていなかったが、別の人はナツメグこそハンバーグには決定的に重要だと書いていた。ナツメグは肉料理に使用され、肉の臭みを消し、旨味を引き出すとされていた。そもそも肉の臭みを消す香辛料の確保が目的で欧州人の世界探検が始まったのだから。ナツメグって、そもそも何だったかな〜とインターネットでこれまた検索した。普通のスーパーでも売られているようだ。スーパーで牛肉70%、豚肉30%の合挽肉(ミンチ)を買って、ナツメグや塩コショウ、さらにパン粉に牛乳を加えて、それらをボウルで練り合わせて、あとはフライパンで焼いた。形は日本地図みたいなものになってしまったが、確かにハンバーグの味だった。ソースはハンバーグを焼いたフライパンの肉汁にソースとケチャップを足して加熱しただけである。ハンバーグの中に卵を加える人もいれば、加えない人もいる。世界の中でレシピというものは実に多様なものだということが、料理を始めて一番感じたことだ。時には相矛盾さえする様々な見解とレシピがあるのだ。今回、ナツメグを使ったが、その意味はとてもよくわかった。
ハンバーグ発祥の地はインターネットの情報ではドイツのハンブルクだと書かれている。名前のつづりがその通りである。さらにハンバーグの起源としてタルタルステーキがあるという説と、タルタルステーキは関係がないという説があった。タルタルステーキを初めて食べたのは日刊ベリタに寄稿をしていただいたパスカル・バレジカ氏に初めてパリで出会った時に入ったビアレストランで注文した料理だ。馬の赤い生肉と刻んだ玉ねぎが山盛りになって出てきて、タバスコなどをかけて食べた気がする。見た目はかなりインパクトがあるが、とても美味しい。タルタルステーキは中近東からシベリアにかけて暮らしていた「タタール」人が飼っていた馬を食用にするときに馬肉が固いので細かく刻んで食べていた、と説明されていた。タタール人はロシア文学でよく出てくるけれど、日本からはどういう人々なのか漠然として想像しづらいところがある。インターネットではタルタルステーキが欧州に入る前から肉をミンチにする伝統が欧州にはあったとも書かれている。だからステーキのハンバーグと生食のタルタルステーキは特に関係がないというのである。ハンバーグの起源をめぐってはそれぞれどこまで確かな情報か見極めようもなかったが、読んでみる分には楽しい。
自作のハンバーグはつなぎが少なかったのだろう、と知人が指摘してくれた。だから、形が崩れ、一部分離してしまっている。確かにパン粉と牛乳はそれほど多く混ぜなかった。それには理由がある。今まで混ぜ物の多い、得体のしれないハンバーグに食傷していた僕はできるだけ肉本来の味を満喫できるハンバーグを食べたいと思ったのだ。その思いが過剰になってしまったので失敗したのだろう。
地球の将来を考えると、食肉の割合を減らしていく必要が指摘されている。だから肉をメインにしたハンバーグを食べると複雑な気分になる。それでも普段他人の作ったハンバーグはしょっちゅう食べていたのだから、初めて作ってみて、自分の好きな食材を使った好きな味付けにできることを僕は幸福に思った。
※原田説(原田理シェフのレシピ) 小生の失敗ぶりを知ったフランス料理の原田理シェフがハンバーグのレシピを寄せてくださいました。 「最高のハンバーグは牛と豚の合い挽き肉で作ります。肉の重量に対して1%の塩と0.3%の黒コショウ、0.1%のナツメグ、10%のパン粉、10%の玉ねぎ、10%の溶き卵、5%の牛乳で作ります。全体をさっくり合わせて成形し、そのあと焼くのが理想ですが、初心者は表記の材料を全部合わせてよく練って成形すると、成功しやすいですよ。」(原田理氏)
■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604300026316 ■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201607061239203 ■リゾートホテル蓼科の高原キッチンで 1 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202005031559420
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