6月30日に可決され、すぐに施行された中国の国家安全法(香港国家安全維持法)には取り締まりの対象が香港の人だけでなく、国籍や地域を問わない条項(※)があるそうです。いかなる国の領土や外国人であってもこの法律を犯した人は中国政府から起訴される可能性があるということです。では、もし日本政府が中国政府の犯罪者引き渡しの要求に応じることがあれば、日本国内でいくら憲法で言論の自由が保障されていたとしても、中国でもしその日本人が起訴されていれば、中国に引き渡される可能性がある、ということでしょうか。 あるいは、日本政府は日本の憲法を尊重して、憲法の精神に則って「犯罪者」の引き渡しには応じない、ということになるのでしょうか?
この件で調べていると、犯罪者引き渡しについて、東京共同法律事務所のウェブサイトで海渡雄一弁護士が次のような解説をしています。「2016年現在、日本が犯罪人引渡し条約を結んでいる国はアメリカ(日米犯罪人引渡し条約、1980年発効)と韓国(日韓犯罪人引渡し条約、2002年発効)の2カ国しかありません」。したがって少なくとも2016年の時点で日本政府は中国とは犯罪者引き渡し条約を結んではいません。
「これらの条約に基づく引き渡し請求がなされた際の日本国内の手続きは逃亡犯罪人引渡法で定められています。条約の相手国から国外逃亡犯の引き渡しを求める請求があると、外務省から東京高等検察庁を経て、東京高等裁判所で審理されることになります。」
日本国内の裁判所が「逃亡犯罪人」を引き渡すべきかどうかを判定するプロセスがあるということです。
※ 「なぜ、日本は世界中で二か国としか犯罪人引き渡し条約が締結できないのか?(弁護士海渡)」(東京共同法律事務所)
http://www.tokyokyodo-law.com/%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%AD%E3%81%A7%E4%BA%8C%E3%81%8B%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%8B%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E4%BA%BA%E5%BC%95%E3%81%8D%E6%B8%A1/ 海渡弁護士は日本が犯罪者引き渡し条約を結んでいるのが2016年の時点で2カ国しかない理由として日本では死刑が存続していることを挙げています。「犯罪人の引き渡し条約の締結を促進するためには、死刑制度を廃止し、人権が保障され、罪を犯した人々の社会復帰を容易にするための制度改革を進めることが必要不可欠です。」
この解説では犯罪者の引き渡しに関して目下は中国で国安保違反で日本人がたとえ起訴されていたとしても、中国との間に逃亡犯罪者の引き渡し条約がなければ中国に引き渡されることはなさそうです。しかし、中国領に入った日本人が(もし中国当局から起訴されていれば)現地で逮捕される可能性は残るでしょう。
この件をより一般化すれば、世界の権威主義的政府が民衆のデモや民主化運動などを抑圧するために言論の自由を奪う法律を制定し、もしその対象を自国民だけでなく外国人にも広げたなら、新型コロナウイルスと同様に、世界の人々の自由な交流に陰りも出かねません。SNSと呼ばれるソーシャルメディアの書き込みなどもそうした政府が監視対象にしていることが想像されます。SNSは新聞の寄稿やTVのインタビューなどに比べると、会員たちは比較的安易にいろんな意見や思いを書き込んでしまいがちです。それらの書き込みはサイトの運営者のサーバーに蓄積されていきます。もし、民間企業が運営しているFacebookなどのソーシャルサイトがどこかの政府系企業に買収された場合に、会員たちの過去の言動や写真・映像などの記録が当該政府によってチェックされたり、コピーされたりする可能性はないのでしょうか?5年前や10年前にどんな書き込みをしたか、どんな写真をUPしたか、いちいち覚えている人はいないでしょう。でもそのデータがサーバーに蓄積されていればチェックされる可能性が残ります。SNSの課題は自分に関する情報の管理が、過去にさかのぼるほど難しくなることではないでしょうか。さらに、世界中のどの国でどのような言論弾圧法があるか、個人がいちいち全部チェックすることも不可能でしょう。
アラブの春のようにSNSは当初から民主化運動に利用されてきた面があります。ですから、権威主義的政府はブログやSNSなどの書き込みを常時チェックしています。そして、いろんな法律を制定して言論の自由を奪っています。もしこうした国々が処罰の対象を自国民から世界のすべての人々に対象を広げると、言論の自由の大きな障壁となるでしょう。また旅行でも外国人が捕まるリスクが出るかもしれません。多少、想定されるリスクを過大に書いてしまったのかもしれません。ただ、将来の危険を避けるために考えておきたいことです。
●将来のリスク
・改憲で基本的人権が大幅に削除された場合、日本政府自体が権威主義政府化して、外国の権威主義政府と協力関係に立ち、逃亡犯罪者の引き渡しを〜たとえ条約がなくとも〜弾力的に政権に都合よく活用する可能性。自国で投獄したいけど簡単じゃないような市民は外国の刑務所に入れてしまえ、という発想。
※BBC「香港の「国家安全法」 なぜ人々をおびえさせるのか」
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-53259691 「香港に居住していない外国人が起訴される可能性もある(第38条)。中国問題に焦点を当てたブログ「チャイナ・コレクション」に投稿しているドナルド・クラーク氏は、チベット独立を提唱する米紙コラムニストが新法違反になる可能性もあるとしている。「もしあなたが中華人民共和国あるいは香港当局の機嫌を損ねるような発言をしたことがあるなら、香港には近づかないように」と、クラーク氏はつづった。」」
※フェイスブック、レノボなど中国4社にも利用者データ共有許可 (ロイター 2018年)
https://jp.reuters.com/article/facebook-data-china-idJPKCN1J20AM 「[ワシントン 5日 ロイター] - 米フェイスブック(FB)(FB.O)は5日、同社が利用者のデータを携帯端末メーカーなど世界の約60社に共有することを認めていたとされる問題で、対象企業には華為技術(ファーウェイ)など少なくとも中国の4社が含まれていることを明らかにした。」
※逃亡犯罪人引渡法
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=328AC0000000068 第二条 左の各号の一に該当する場合には、逃亡犯罪人を引き渡してはならない。但し、第三号、第四号、第八号又は第九号に該当する場合において、引渡条約に別段の定があるときは、この限りでない。 一 引渡犯罪が政治犯罪であるとき。 二 引渡の請求が、逃亡犯罪人の犯した政治犯罪について審判し、又は刑罰を執行する目的でなされたものと認められるとき。 三 引渡犯罪が請求国の法令により死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑にあたるものでないとき。 四 引渡犯罪に係る行為が日本国内において行なわれたとした場合において、当該行為が日本国の法令により死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮こに処すべき罪にあたるものでないとき。 五 引渡犯罪に係る行為が日本国内において行われ、又は引渡犯罪に係る裁判が日本国の裁判所において行われたとした場合において、日本国の法令により逃亡犯罪人に刑罰を科し、又はこれを執行することができないと認められるとき。 六 引渡犯罪について請求国の有罪の裁判がある場合を除き、逃亡犯罪人がその引渡犯罪に係る行為を行つたことを疑うに足りる相当な理由がないとき。 七 引渡犯罪に係る事件が日本国の裁判所に係属するとき、又はその事件について日本国の裁判所において確定判決を経たとき。 八 逃亡犯罪人の犯した引渡犯罪以外の罪に係る事件が日本国の裁判所に係属するとき、又はその事件について逃亡犯罪人が日本国の裁判所において刑に処せられ、その執行を終らず、若しくは執行を受けないこととなつていないとき。 九 逃亡犯罪人が日本国民であるとき。
■ネット言論統制への道
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201409090943152
■サウジアラビアのテロ対策法 〜政治の改革派を弾圧する法案との批判も〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201402050206433
|