――八ヶ岳山麓から(322)――
最近の米中関係で画期的なできことは、ポンペオ国務長官が7月23日にニクソン米大統領図書館でおこなった演説である。彼は、習近平主席は全体主義者だとか、中国は専制支配を世界に広げているとかと、外交官らしからぬ言葉で中国を痛烈に攻撃し、ニクソン大統領以来の対中「関与政策」すなわち中国の民主化を期待する政策との決別を宣言した。
2年前の2018年、ペンス副大統領が貿易や人権、軍事を網羅した激しい対中国批判を行って世界を驚かせたが、その後のトランプ大統領の対中外交は貿易と通貨問題に重点を置き、かならずしもペンス路線を実行しなかった。ところが、ポンペオ国務長官は、これまで触れなかった軍事、人権問題をめぐり、ペンス演説を上回る強硬な対中国非難をおこなったのである。
ことはポンペオ演説の通り進み、演説の翌7月24日、トランプ政権はヒューストンの中国総領事館の閉鎖を決定し、習近平政権も27日成都の米総領事館の閉鎖でこれに対抗した。アメリカの閉鎖理由は、中国の外交官が汚い手段で知的財産権を盗み取るといったスパイ行為を働いているというものである。これにともないアメリカ政府は中国人研究者らの入国を制限し、中国人ジャーナリストを追い出し、中国産品への依存度を減らす必要があると言明した。 だが、相手国の秘密を探り、自国に有利な情報を得、内政に介入するのは、アメリカの昔からのお家芸である。現に成都のアメリカ総領事館はチベット情勢を探っていたことを明言している。
7月31日トランプ大統領は、アメリカ国内で中国系動画投稿アプリ「TikTok」の運営を禁じることを明らかにした。8月に入って香港当局が「蘋果(リンゴ)日報」創業者の黎智英氏や雨傘運動の周庭氏を逮捕すると、香港行政長官林鄭月娥氏ら香港行政幹部に対してアメリカ国内の資産を凍結するなどの制裁を発表した。さらに台湾にはアザー厚生長官が赴いて蔡英文総統と会談した。アザー氏は米中間の国交がはじまって以来、台湾を訪問した最高位のアメリカ政府高官である。
最近の米中対立はついに軍事にまで及び、双方が南シナ海、東シナ海で軍事力を誇示する演習を繰り返すようになった。アメリカ軍の演習には日本の自衛隊が参加している。 7月には南シナ海で空母「ニミッツ」と「ロナルド・レーガン」の2隻が軍事訓練を展開した。中国海軍が紛争海域で軍事演習を終えようとしているときだから、これは明らかな挑発行動である。これに中国政府はいきり立ち、中国メディアに「中国の主張に対抗しようとする米国のすべての試みを撃退する準備が整っている」と報じさせた。
自衛隊と米軍は、8月15日から4日間、東シナ海などで共同訓練を相次いで実施した。18日の航空自衛隊と米空軍、海軍、海兵隊の共同訓練はかなり大規模で、日本側はF15戦闘機など20機、米側はB1戦略爆撃機、最新鋭ステルス戦闘機「F35B」や空中警戒管制機(AWACS)など19機が参加した。 海上自衛隊も15日から17日、護衛艦「すずつき」が東シナ海で、米海軍のミサイル駆逐艦「マスティン」と戦術訓練を実施した。15〜18日には沖縄県南方海域で、護衛艦「いかづち」が空母「ロナルド・レーガン」など米海軍の艦艇と洋上補給などの訓練を行った(読売ほか)。
日本のメディアは、この軍事演習について、中国の禁漁期が16日に明けたのに合わせ、尖閣諸島周辺で中国船舶が行動するのを牽制する目的だと伝えている。だが、演習の規模を見ればそれ以上で、日米両国には中国の軍事行動に圧力を加える目的があることは明白である。
これに対抗して、中国軍は8月24〜29日の日程で南シナ海の広い海域で実戦的な演習を行う。東シナ海に近い黄海・渤海でも「重大軍事活動」を展開するという。これは17〜31日に実施中のアメリカを中心とする多国間海上演習「環太平洋合同演習(リムパック)」に対抗するものである(時事2020・08・24)。 だが、軍事演習は戦力の誇示であって、運動会の予行演習とは異なる。日米条約・協定上の規定もあるだろうが、このようにアメリカの戦略に従って中国を仮想敵国にした軍事演習に自衛隊をつきあわせることが本当に日本の利益になるのだろうか。
トランプ大統領の対中強硬政策は、ほとんどこの秋の大統領選挙の劣勢を挽回するための世論対策である。有権者のナショナリズムをくすぐって、新型コロナウイルス感染防止に失敗して失った支持を取り戻そうという、権力者がよくやる手である。だが、トランプ氏が大統領に再選されたら,どうひっくり返るかわからない代物だ。 これに対して中国は、今後も香港の本土化、台湾への圧力、少数民族の漢化、人権・自由派への抑圧は強化・継続するだろうし、対外的には新興の強大国として大国主義的、覇権主義的にふるまうこことは容易に想像できる。
バイデン氏の民主党政権が成立したとき、WHOへの復帰などアメリカの外交政策はかなり変わるだろう。だが対中外交は、人権や軍事問題では、むしろ強硬になる可能性がある。すでにバイデン氏は「人権を外交政策の核とし、中国の独裁体制に圧力をかける」と言明している。こうしてみると、東アジアが緊張状態から脱出するのはまだまだ先の話である。
ところで、自民党は習近平主席が年内に国賓として訪日するのに反対して、その旨を政府に申し入れた。政府はこれを拒否しなかった。もともと習主席の訪日は、4月の予定だったのが新型コロナウイルスの感染拡大で延期されていた。茂木外相は、習主席の国賓訪日はG20の後になるとの見通しを示しているが、中国が「香港国家安全維持法」を成立させたことで、訪日反対論が強まった。保守派議員らの政府への申し入れは、もともとの反中国感情に加えて、アメリカへの追随指向によるものだ。
だが、もし政府が自民党国会議員の意向にそって、日本側から習近平訪日を断ったとき、それがどのくらい相手側を侮辱し体面を傷つけたことになるか、そしてそれがどのくらい深刻な影響を日中関係に与えるかわかっているだろうか。
早い話が経済だ。中国との安定した関係なしに日本経済を考えることはできない。日本にとって中国は最大の貿易相手国で、対中貿易は総額の20%を占めるが、中国にとっては、日本はアメリカに次ぐおもな貿易相手国のひとつである。しかも中国に拠点を置く日系企業は他のどの国よりも多い。だから相手がどんなに専制国家であろうが、また覇権国家であろうが、おいそれとはこの密接な関係を解消することはできない。
いや、この問題を双方が体面を保った形で解決したとしても、米中の対立が軍事にまで及び、台湾の危機が憂慮される今日、日本がアメリカ政府の対中政策に全面的に追随するような外交が現実的だろうか。ここは思案のしどころである。
阿部治平:もと高校教師
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
ちきゅう座から転載
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