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2021年05月22日20時46分掲載
無料記事
印刷用
司法
【追悼伊藤由紀夫さん】なぜ少年法適用年齢の引下げ反対なのか(1)実態を無視した「改正」審議 伊藤一二三
日刊ベリタ代表(株式会社ベリタ代表取締役)の伊藤由紀夫さんが、亡くなられました。ガンでした。伊藤さんは家庭裁判所調査官の長く務められた法律家で、定年後はNPO非行克服支援センター相談員となり、医療・福祉・教育・司法等の多領域との連携を図ってこられました。そうした活動の中で罪を犯した少年に厳罰化で臨む少年法改正に強く反対し、反対運動の先頭に立ってこられました。伊藤さんが亡くなられて直後の21日、国会で同改正案が可決成立しました。その活動の傍ら、伊藤さんは平和と人権、反差別を掲げる日刊ベリタ代表に就任、自らの課題である子どもたちの権利を守るために論陣を張ってこられました。いかなる場合も子どもの側に立つ伊藤さんのゆるぎない姿勢を改めてかみしめています。これから紹介する記事は2020年5月28日に本誌に掲載した少年法改正についての伊藤さんの論考です。(1)(2)に分けて再掲します。残された私たちは、伊藤さんの遺志を受け継ぎ、子どもたちの生きる権利を勝ち取る報道姿勢を守り抜きます。伊藤さん、ありがとう。これからも一緒です。(日刊ベリタ編集委員会一同・編集長大野和興)
なぜ少年法適用年齢の引下げ反対なのか(1)実態を無視した「改正」審議 伊藤一二三
少年法適用年齢を20歳未満から18歳未満に引下げる必要はないという、元裁判官有志177名による意見書は、2019年9月の元家庭裁判所調査官有志(297名)による意見書、同年10月の元少年院長有志(77名)による意見書に続くものである。なぜ、こうした意見書が法務省(法務大臣)に提出される必要があるのか、その背景事情について報告したい。
1 法制審議の経過 民法の成年年齢が18歳になる(2022年4月実施)に合わせ、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満へ引下げる少年法「改正」審議は、2017年から法制審議会少年法・刑事法部会で進められてきた。18歳から成人になるなら、少年法適用年齢を引下げるのは当然だろうといった市民感覚は強いかもしれない。そうした感覚に乗じて、アベ政権は引下げのための審議を進めてきたのである。しかし、審議開始から3年以上を経ても、実は議論は迷走してきた。迷走してきたのは、以下のような現実があるからである。
2 少年非行は過去30年以上、少年人口の減少以上に、減少を続け、凶悪事件も激減している 少年法と聞くと、『匿名報道の陰に隠れて悪質な非行少年が増加し、凶悪犯罪だらけになっている、それは少年法が甘やかしているからだ、非行少年など成人と同じ刑事裁判にかけて厳罰にすればいいのだ』といった感想を持たれるかもしれない。
しかし、司法統計等で明らかなとおり、現行少年法のもとで、少年人口の減少以上に、少年非行総数は減少を続け、殺人、強盗致死、傷害致死といった凶悪非行も激減している。1983(昭和58)年、少年人口は1学年約200万人、少年非行総数は約70万件、殺人等の凶悪事件(未遂を含む)は150件ほどであったが、2019(令和元)年、少年人口は1学年約100万人で2分の1、少年非行総数は約6万件で10分の1以下、凶悪事件は30件ほどで5分の1になっている。この減少傾向は、過去35年、一貫してきたと言ってよい。
非行総数、凶悪非行が増加しているというのは全くの誤解である。この誤解は、長年にわたるワイドショーやマスコミ情報によって危機感だけが煽られてきた結果と言わざるを得ない。そして、現行少年法が非行防止に有効に機能してきたことは、法制審少年法・刑事法部会の全委員が一致して認めていることでもある。
付言するなら、被害者遺族の思いを受け止め、被害者の生命を奪ったような凶悪非行については、2000(平成12)年の少年法改正以後、成人と同様、家庭裁判所から検察官に送致(少年法第20条)され、刑事裁判(裁判員裁判)によって刑罰を科すことが既に常態化している。さらに、18歳以上の凶悪事件について、現行少年法は死刑も認めている。既に刑事罰相当とされる事件については、少年司法から外されているのである。
3 少年法の適用年齢を引下げた場合、若年犯罪者の犯罪発生率は高まる危険性が高い 少年法の適用年齢を18歳未満に引下げることで最も影響を受けるのは、外形的に重大でない事件(凶悪非行とは言えない大多数の事件)を起こした18・19歳に対する再犯防止効果である。
適用年齢を引下げた場合、犯罪を起こした18・19歳は、「少年ではない」として刑事裁判対象となる。刑事裁判の法理では、「行為責任の原則」(犯罪行為の大きさに応じた責任を国が課す)が適用される。そして、刑事裁判の実情に照らすと、約5%が実刑となるものの、約20%は略式起訴(罰金)、約20%が執行猶予となるだけで、50%以上は起訴猶予もしくは不起訴で終了している。 仮に、現在、法制審議会少年法・刑事法部会で検討されている「新たな処分」で保護観察の割合を増やしたとしても、18・19歳の犯罪者の多くが野放し放置の結果に終わる事態にならざるを得ない。そして、統計的にも現行少年法による再犯発生率と現行刑事裁判による再犯発生率を比べるなら、少年法の方が有効に働いているのである。つまり、適用年齢を引下げた場合、かえって若年成人の犯罪発生率は高まってしまう危険性が極めて高いのである。
4 現行少年法の実務 現行少年法であれば、18・19歳は少年であるとして、家庭裁判所調査官が、少年の資質、生育環境、非行傾向等を査定し、非行の原因を解明する。それだけではなく、少年にどのような教育的・福祉的・心理的・医療的処遇を行えば効果的かという処遇を見据えた調査とケースワークを行い、その結果を踏まえて、約10%が少年院収容、約30%が保護観察となり、それ以外の者についても、すべて家庭裁判所におけるケースワークに基づく教育的措置を受けている(前記の刑事裁判の実情と比較してほしい)。家庭裁判所調査官は総数1600名ほど、全国の少年事件の現場を担当する者はおよそ500名ほどであるが、極めて軽微な事件まで個別具体的に処遇している。
ここで重要なのは、少年法は、犯罪行為の大きさだけでなく、「再犯の可能性」を重視していることである。仮に非行(犯罪)が軽微であっても、環境や資質上の課題が多くあると認められるならば、少年の健全育成を目的とする身体拘束も可能とする、強制介入的な教育指導の処遇が課せられる。「刑罰に代えて教育を」という少年法の理念は、再犯防止を図る上でも極めて重要で、実態として、甘やかしではなく刑罰以上に厳しい面があると言ってよい。
また、問題性が深刻な保護者ほど少年を虐待し、突き放すだけに終始しがちといったことも少なくない。少年法は、家庭裁判所に対し、少年だけでなく、家族や事実上の監護者に対しても丁寧に働きかける権限を付与している(少年法第25条の2)。
これらが、刑事裁判と少年司法の決定的に違う点であり、現行少年法の再犯防止効果に繋がっていると考えられる。仮に、少年法適用年齢が引下げになった場合、18・19歳へのケースワークに基づく教育的措置など、きめ細かい処遇や保護者への働きかけは消滅せざるを得ない。繰り返すが、若年成人による犯罪発生率は高まる危険性がある。
5 現行少年法に基づく、ケースワークに基づく教育的措置や矯正・更生保護教育の後退 現在、家庭裁判所が扱う非行少年の約半数が18・19歳であり、少年院入院者の約半数が18・19歳である。そのため、少年法の適用年齢が引下げられると、家庭裁判所が取り扱う少年は半減し、家庭裁判所調査官による調査及び教育的措置(補導委託、試験観察、社会奉仕活動、講習等)のケースワーク機能が大きく後退・縮小せざるを得なくなる。少年院の収容少年数も半数に激減し、少年院教官と少年との間の信頼関係を基礎とする24時間態勢での矯正教育の効果が減少する。保護観察も同様である。
6 現行少年法の定める「ぐ犯」の消滅 少年法の適用年齢を引下げると、18・19歳には「ぐ犯」という犯罪予備軍を教育指導し、健全育成する制度が適用できなくなる。犯罪(非行)として立件するには至らなくても、家出中で歌舞伎町で売春行為をしている少女、やはり帰る家が無く暴力団事務所で電話をしている少年を、何の手当もせずに釈放し、社会に放り出してよいかという問題である。特に、現在、高度な情報社会になったにも関わらず、メディア・リテラシー教育は十分でなく、18・19歳は性非行(JKビジネス、リベンジポルノ、盗撮)や特殊詐欺事件等に手を染めやすくなっているのが実情である。そうした実情に対処するためにも、犯罪に及んだ場合はもちろん、「犯罪のおそれのある段階」で、国が教育指導し健全育成する制度が18・19歳に適用されなくなる弊害は相当重大と言わざるを得ない。
7 教育現場における問題 少年法の適用年齢の引下げは、教育現場にも悩ましい問題をもたらす。例えば、17歳と18歳の高校3年生同士の共犯事件の場合、いずれの生徒も環境や資質に問題を抱えているにも関わらず、一方だけを18歳だからとの理由で「教育より刑罰だ」と対処し、場合によっては前科者のレッテルを貼る結果になるのでは、不公平感が残るだけでなく、生徒達の成長を支える教育現場の責任を全うすることが困難になってしまう。17歳〜18歳は、少年非行が一番起こりやすい時期でもあり、そうした時期に、少年司法か刑事司法かという線引きがなされることが適切なのか、残念ながら法制審少年法・刑事法部会ではほとんど議論されていない。 (続く)
2020年05月28日10時20分掲載 無料記事 印刷用 [編集] 司法 なぜ少年法適用年齢の引下げ反対なのか(1)実態を無視した「改正」審議 伊藤一二三
少年法適用年齢を20歳未満から18歳未満に引下げる必要はないという、元裁判官有志177名による意見書は、2019年9月の元家庭裁判所調査官有志(297名)による意見書、同年10月の元少年院長有志(77名)による意見書に続くものである。なぜ、こうした意見書が法務省(法務大臣)に提出される必要があるのか、その背景事情について報告したい。
1 法制審議の経過 民法の成年年齢が18歳になる(2022年4月実施)に合わせ、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満へ引下げる少年法「改正」審議は、2017年から法制審議会少年法・刑事法部会で進められてきた。18歳から成人になるなら、少年法適用年齢を引下げるのは当然だろうといった市民感覚は強いかもしれない。そうした感覚に乗じて、アベ政権は引下げのための審議を進めてきたのである。しかし、審議開始から3年以上を経ても、実は議論は迷走してきた。迷走してきたのは、以下のような現実があるからである。
2 少年非行は過去30年以上、少年人口の減少以上に、減少を続け、凶悪事件も激減している 少年法と聞くと、『匿名報道の陰に隠れて悪質な非行少年が増加し、凶悪犯罪だらけになっている、それは少年法が甘やかしているからだ、非行少年など成人と同じ刑事裁判にかけて厳罰にすればいいのだ』といった感想を持たれるかもしれない。
しかし、司法統計等で明らかなとおり、現行少年法のもとで、少年人口の減少以上に、少年非行総数は減少を続け、殺人、強盗致死、傷害致死といった凶悪非行も激減している。1983(昭和58)年、少年人口は1学年約200万人、少年非行総数は約70万件、殺人等の凶悪事件(未遂を含む)は150件ほどであったが、2019(令和元)年、少年人口は1学年約100万人で2分の1、少年非行総数は約6万件で10分の1以下、凶悪事件は30件ほどで5分の1になっている。この減少傾向は、過去35年、一貫してきたと言ってよい。
非行総数、凶悪非行が増加しているというのは全くの誤解である。この誤解は、長年にわたるワイドショーやマスコミ情報によって危機感だけが煽られてきた結果と言わざるを得ない。そして、現行少年法が非行防止に有効に機能してきたことは、法制審少年法・刑事法部会の全委員が一致して認めていることでもある。
付言するなら、被害者遺族の思いを受け止め、被害者の生命を奪ったような凶悪非行については、2000(平成12)年の少年法改正以後、成人と同様、家庭裁判所から検察官に送致(少年法第20条)され、刑事裁判(裁判員裁判)によって刑罰を科すことが既に常態化している。さらに、18歳以上の凶悪事件について、現行少年法は死刑も認めている。既に刑事罰相当とされる事件については、少年司法から外されているのである。
3 少年法の適用年齢を引下げた場合、若年犯罪者の犯罪発生率は高まる危険性が高い 少年法の適用年齢を18歳未満に引下げることで最も影響を受けるのは、外形的に重大でない事件(凶悪非行とは言えない大多数の事件)を起こした18・19歳に対する再犯防止効果である。
適用年齢を引下げた場合、犯罪を起こした18・19歳は、「少年ではない」として刑事裁判対象となる。刑事裁判の法理では、「行為責任の原則」(犯罪行為の大きさに応じた責任を国が課す)が適用される。そして、刑事裁判の実情に照らすと、約5%が実刑となるものの、約20%は略式起訴(罰金)、約20%が執行猶予となるだけで、50%以上は起訴猶予もしくは不起訴で終了している。 仮に、現在、法制審議会少年法・刑事法部会で検討されている「新たな処分」で保護観察の割合を増やしたとしても、18・19歳の犯罪者の多くが野放し放置の結果に終わる事態にならざるを得ない。そして、統計的にも現行少年法による再犯発生率と現行刑事裁判による再犯発生率を比べるなら、少年法の方が有効に働いているのである。つまり、適用年齢を引下げた場合、かえって若年成人の犯罪発生率は高まってしまう危険性が極めて高いのである。
4 現行少年法の実務 現行少年法であれば、18・19歳は少年であるとして、家庭裁判所調査官が、少年の資質、生育環境、非行傾向等を査定し、非行の原因を解明する。それだけではなく、少年にどのような教育的・福祉的・心理的・医療的処遇を行えば効果的かという処遇を見据えた調査とケースワークを行い、その結果を踏まえて、約10%が少年院収容、約30%が保護観察となり、それ以外の者についても、すべて家庭裁判所におけるケースワークに基づく教育的措置を受けている(前記の刑事裁判の実情と比較してほしい)。家庭裁判所調査官は総数1600名ほど、全国の少年事件の現場を担当する者はおよそ500名ほどであるが、極めて軽微な事件まで個別具体的に処遇している。
ここで重要なのは、少年法は、犯罪行為の大きさだけでなく、「再犯の可能性」を重視していることである。仮に非行(犯罪)が軽微であっても、環境や資質上の課題が多くあると認められるならば、少年の健全育成を目的とする身体拘束も可能とする、強制介入的な教育指導の処遇が課せられる。「刑罰に代えて教育を」という少年法の理念は、再犯防止を図る上でも極めて重要で、実態として、甘やかしではなく刑罰以上に厳しい面があると言ってよい。
また、問題性が深刻な保護者ほど少年を虐待し、突き放すだけに終始しがちといったことも少なくない。少年法は、家庭裁判所に対し、少年だけでなく、家族や事実上の監護者に対しても丁寧に働きかける権限を付与している(少年法第25条の2)。
これらが、刑事裁判と少年司法の決定的に違う点であり、現行少年法の再犯防止効果に繋がっていると考えられる。仮に、少年法適用年齢が引下げになった場合、18・19歳へのケースワークに基づく教育的措置など、きめ細かい処遇や保護者への働きかけは消滅せざるを得ない。繰り返すが、若年成人による犯罪発生率は高まる危険性がある。
5 現行少年法に基づく、ケースワークに基づく教育的措置や矯正・更生保護教育の後退 現在、家庭裁判所が扱う非行少年の約半数が18・19歳であり、少年院入院者の約半数が18・19歳である。そのため、少年法の適用年齢が引下げられると、家庭裁判所が取り扱う少年は半減し、家庭裁判所調査官による調査及び教育的措置(補導委託、試験観察、社会奉仕活動、講習等)のケースワーク機能が大きく後退・縮小せざるを得なくなる。少年院の収容少年数も半数に激減し、少年院教官と少年との間の信頼関係を基礎とする24時間態勢での矯正教育の効果が減少する。保護観察も同様である。
6 現行少年法の定める「ぐ犯」の消滅 少年法の適用年齢を引下げると、18・19歳には「ぐ犯」という犯罪予備軍を教育指導し、健全育成する制度が適用できなくなる。犯罪(非行)として立件するには至らなくても、家出中で歌舞伎町で売春行為をしている少女、やはり帰る家が無く暴力団事務所で電話をしている少年を、何の手当もせずに釈放し、社会に放り出してよいかという問題である。特に、現在、高度な情報社会になったにも関わらず、メディア・リテラシー教育は十分でなく、18・19歳は性非行(JKビジネス、リベンジポルノ、盗撮)や特殊詐欺事件等に手を染めやすくなっているのが実情である。そうした実情に対処するためにも、犯罪に及んだ場合はもちろん、「犯罪のおそれのある段階」で、国が教育指導し健全育成する制度が18・19歳に適用されなくなる弊害は相当重大と言わざるを得ない。
7 教育現場における問題 少年法の適用年齢の引下げは、教育現場にも悩ましい問題をもたらす。例えば、17歳と18歳の高校3年生同士の共犯事件の場合、いずれの生徒も環境や資質に問題を抱えているにも関わらず、一方だけを18歳だからとの理由で「教育より刑罰だ」と対処し、場合によっては前科者のレッテルを貼る結果になるのでは、不公平感が残るだけでなく、生徒達の成長を支える教育現場の責任を全うすることが困難になってしまう。17歳〜18歳は、少年非行が一番起こりやすい時期でもあり、そうした時期に、少年司法か刑事司法かという線引きがなされることが適切なのか、残念ながら法制審少年法・刑事法部会ではほとんど議論されていない。 (続く)
2020年05月28日10時20分掲載 無料記事 印刷用 [編集] 司法 なぜ少年法適用年齢の引下げ反対なのか(1)実態を無視した「改正」審議 伊藤一二三
少年法適用年齢を20歳未満から18歳未満に引下げる必要はないという、元裁判官有志177名による意見書は、2019年9月の元家庭裁判所調査官有志(297名)による意見書、同年10月の元少年院長有志(77名)による意見書に続くものである。なぜ、こうした意見書が法務省(法務大臣)に提出される必要があるのか、その背景事情について報告したい。
1 法制審議の経過 民法の成年年齢が18歳になる(2022年4月実施)に合わせ、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満へ引下げる少年法「改正」審議は、2017年から法制審議会少年法・刑事法部会で進められてきた。18歳から成人になるなら、少年法適用年齢を引下げるのは当然だろうといった市民感覚は強いかもしれない。そうした感覚に乗じて、アベ政権は引下げのための審議を進めてきたのである。しかし、審議開始から3年以上を経ても、実は議論は迷走してきた。迷走してきたのは、以下のような現実があるからである。
2 少年非行は過去30年以上、少年人口の減少以上に、減少を続け、凶悪事件も激減している 少年法と聞くと、『匿名報道の陰に隠れて悪質な非行少年が増加し、凶悪犯罪だらけになっている、それは少年法が甘やかしているからだ、非行少年など成人と同じ刑事裁判にかけて厳罰にすればいいのだ』といった感想を持たれるかもしれない。
しかし、司法統計等で明らかなとおり、現行少年法のもとで、少年人口の減少以上に、少年非行総数は減少を続け、殺人、強盗致死、傷害致死といった凶悪非行も激減している。1983(昭和58)年、少年人口は1学年約200万人、少年非行総数は約70万件、殺人等の凶悪事件(未遂を含む)は150件ほどであったが、2019(令和元)年、少年人口は1学年約100万人で2分の1、少年非行総数は約6万件で10分の1以下、凶悪事件は30件ほどで5分の1になっている。この減少傾向は、過去35年、一貫してきたと言ってよい。
非行総数、凶悪非行が増加しているというのは全くの誤解である。この誤解は、長年にわたるワイドショーやマスコミ情報によって危機感だけが煽られてきた結果と言わざるを得ない。そして、現行少年法が非行防止に有効に機能してきたことは、法制審少年法・刑事法部会の全委員が一致して認めていることでもある。
付言するなら、被害者遺族の思いを受け止め、被害者の生命を奪ったような凶悪非行については、2000(平成12)年の少年法改正以後、成人と同様、家庭裁判所から検察官に送致(少年法第20条)され、刑事裁判(裁判員裁判)によって刑罰を科すことが既に常態化している。さらに、18歳以上の凶悪事件について、現行少年法は死刑も認めている。既に刑事罰相当とされる事件については、少年司法から外されているのである。
3 少年法の適用年齢を引下げた場合、若年犯罪者の犯罪発生率は高まる危険性が高い 少年法の適用年齢を18歳未満に引下げることで最も影響を受けるのは、外形的に重大でない事件(凶悪非行とは言えない大多数の事件)を起こした18・19歳に対する再犯防止効果である。
適用年齢を引下げた場合、犯罪を起こした18・19歳は、「少年ではない」として刑事裁判対象となる。刑事裁判の法理では、「行為責任の原則」(犯罪行為の大きさに応じた責任を国が課す)が適用される。そして、刑事裁判の実情に照らすと、約5%が実刑となるものの、約20%は略式起訴(罰金)、約20%が執行猶予となるだけで、50%以上は起訴猶予もしくは不起訴で終了している。 仮に、現在、法制審議会少年法・刑事法部会で検討されている「新たな処分」で保護観察の割合を増やしたとしても、18・19歳の犯罪者の多くが野放し放置の結果に終わる事態にならざるを得ない。そして、統計的にも現行少年法による再犯発生率と現行刑事裁判による再犯発生率を比べるなら、少年法の方が有効に働いているのである。つまり、適用年齢を引下げた場合、かえって若年成人の犯罪発生率は高まってしまう危険性が極めて高いのである。
4 現行少年法の実務 現行少年法であれば、18・19歳は少年であるとして、家庭裁判所調査官が、少年の資質、生育環境、非行傾向等を査定し、非行の原因を解明する。それだけではなく、少年にどのような教育的・福祉的・心理的・医療的処遇を行えば効果的かという処遇を見据えた調査とケースワークを行い、その結果を踏まえて、約10%が少年院収容、約30%が保護観察となり、それ以外の者についても、すべて家庭裁判所におけるケースワークに基づく教育的措置を受けている(前記の刑事裁判の実情と比較してほしい)。家庭裁判所調査官は総数1600名ほど、全国の少年事件の現場を担当する者はおよそ500名ほどであるが、極めて軽微な事件まで個別具体的に処遇している。
ここで重要なのは、少年法は、犯罪行為の大きさだけでなく、「再犯の可能性」を重視していることである。仮に非行(犯罪)が軽微であっても、環境や資質上の課題が多くあると認められるならば、少年の健全育成を目的とする身体拘束も可能とする、強制介入的な教育指導の処遇が課せられる。「刑罰に代えて教育を」という少年法の理念は、再犯防止を図る上でも極めて重要で、実態として、甘やかしではなく刑罰以上に厳しい面があると言ってよい。
また、問題性が深刻な保護者ほど少年を虐待し、突き放すだけに終始しがちといったことも少なくない。少年法は、家庭裁判所に対し、少年だけでなく、家族や事実上の監護者に対しても丁寧に働きかける権限を付与している(少年法第25条の2)。
これらが、刑事裁判と少年司法の決定的に違う点であり、現行少年法の再犯防止効果に繋がっていると考えられる。仮に、少年法適用年齢が引下げになった場合、18・19歳へのケースワークに基づく教育的措置など、きめ細かい処遇や保護者への働きかけは消滅せざるを得ない。繰り返すが、若年成人による犯罪発生率は高まる危険性がある。
5 現行少年法に基づく、ケースワークに基づく教育的措置や矯正・更生保護教育の後退 現在、家庭裁判所が扱う非行少年の約半数が18・19歳であり、少年院入院者の約半数が18・19歳である。そのため、少年法の適用年齢が引下げられると、家庭裁判所が取り扱う少年は半減し、家庭裁判所調査官による調査及び教育的措置(補導委託、試験観察、社会奉仕活動、講習等)のケースワーク機能が大きく後退・縮小せざるを得なくなる。少年院の収容少年数も半数に激減し、少年院教官と少年との間の信頼関係を基礎とする24時間態勢での矯正教育の効果が減少する。保護観察も同様である。
6 現行少年法の定める「ぐ犯」の消滅 少年法の適用年齢を引下げると、18・19歳には「ぐ犯」という犯罪予備軍を教育指導し、健全育成する制度が適用できなくなる。犯罪(非行)として立件するには至らなくても、家出中で歌舞伎町で売春行為をしている少女、やはり帰る家が無く暴力団事務所で電話をしている少年を、何の手当もせずに釈放し、社会に放り出してよいかという問題である。特に、現在、高度な情報社会になったにも関わらず、メディア・リテラシー教育は十分でなく、18・19歳は性非行(JKビジネス、リベンジポルノ、盗撮)や特殊詐欺事件等に手を染めやすくなっているのが実情である。そうした実情に対処するためにも、犯罪に及んだ場合はもちろん、「犯罪のおそれのある段階」で、国が教育指導し健全育成する制度が18・19歳に適用されなくなる弊害は相当重大と言わざるを得ない。
7 教育現場における問題 少年法の適用年齢の引下げは、教育現場にも悩ましい問題をもたらす。例えば、17歳と18歳の高校3年生同士の共犯事件の場合、いずれの生徒も環境や資質に問題を抱えているにも関わらず、一方だけを18歳だからとの理由で「教育より刑罰だ」と対処し、場合によっては前科者のレッテルを貼る結果になるのでは、不公平感が残るだけでなく、生徒達の成長を支える教育現場の責任を全うすることが困難になってしまう。17歳〜18歳は、少年非行が一番起こりやすい時期でもあり、そうした時期に、少年司法か刑事司法かという線引きがなされることが適切なのか、残念ながら法制審少年法・刑事法部会ではほとんど議論されていない。 (続く)
2020年05月28日10時20分掲載 無料記事 印刷用 [編集] 司法 なぜ少年法適用年齢の引下げ反対なのか(1)実態を無視した「改正」審議 伊藤一二三
少年法適用年齢を20歳未満から18歳未満に引下げる必要はないという、元裁判官有志177名による意見書は、2019年9月の元家庭裁判所調査官有志(297名)による意見書、同年10月の元少年院長有志(77名)による意見書に続くものである。なぜ、こうした意見書が法務省(法務大臣)に提出される必要があるのか、その背景事情について報告したい。
1 法制審議の経過 民法の成年年齢が18歳になる(2022年4月実施)に合わせ、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満へ引下げる少年法「改正」審議は、2017年から法制審議会少年法・刑事法部会で進められてきた。18歳から成人になるなら、少年法適用年齢を引下げるのは当然だろうといった市民感覚は強いかもしれない。そうした感覚に乗じて、アベ政権は引下げのための審議を進めてきたのである。しかし、審議開始から3年以上を経ても、実は議論は迷走してきた。迷走してきたのは、以下のような現実があるからである。
2 少年非行は過去30年以上、少年人口の減少以上に、減少を続け、凶悪事件も激減している 少年法と聞くと、『匿名報道の陰に隠れて悪質な非行少年が増加し、凶悪犯罪だらけになっている、それは少年法が甘やかしているからだ、非行少年など成人と同じ刑事裁判にかけて厳罰にすればいいのだ』といった感想を持たれるかもしれない。
しかし、司法統計等で明らかなとおり、現行少年法のもとで、少年人口の減少以上に、少年非行総数は減少を続け、殺人、強盗致死、傷害致死といった凶悪非行も激減している。1983(昭和58)年、少年人口は1学年約200万人、少年非行総数は約70万件、殺人等の凶悪事件(未遂を含む)は150件ほどであったが、2019(令和元)年、少年人口は1学年約100万人で2分の1、少年非行総数は約6万件で10分の1以下、凶悪事件は30件ほどで5分の1になっている。この減少傾向は、過去35年、一貫してきたと言ってよい。
非行総数、凶悪非行が増加しているというのは全くの誤解である。この誤解は、長年にわたるワイドショーやマスコミ情報によって危機感だけが煽られてきた結果と言わざるを得ない。そして、現行少年法が非行防止に有効に機能してきたことは、法制審少年法・刑事法部会の全委員が一致して認めていることでもある。
付言するなら、被害者遺族の思いを受け止め、被害者の生命を奪ったような凶悪非行については、2000(平成12)年の少年法改正以後、成人と同様、家庭裁判所から検察官に送致(少年法第20条)され、刑事裁判(裁判員裁判)によって刑罰を科すことが既に常態化している。さらに、18歳以上の凶悪事件について、現行少年法は死刑も認めている。既に刑事罰相当とされる事件については、少年司法から外されているのである。
3 少年法の適用年齢を引下げた場合、若年犯罪者の犯罪発生率は高まる危険性が高い 少年法の適用年齢を18歳未満に引下げることで最も影響を受けるのは、外形的に重大でない事件(凶悪非行とは言えない大多数の事件)を起こした18・19歳に対する再犯防止効果である。
適用年齢を引下げた場合、犯罪を起こした18・19歳は、「少年ではない」として刑事裁判対象となる。刑事裁判の法理では、「行為責任の原則」(犯罪行為の大きさに応じた責任を国が課す)が適用される。そして、刑事裁判の実情に照らすと、約5%が実刑となるものの、約20%は略式起訴(罰金)、約20%が執行猶予となるだけで、50%以上は起訴猶予もしくは不起訴で終了している。 仮に、現在、法制審議会少年法・刑事法部会で検討されている「新たな処分」で保護観察の割合を増やしたとしても、18・19歳の犯罪者の多くが野放し放置の結果に終わる事態にならざるを得ない。そして、統計的にも現行少年法による再犯発生率と現行刑事裁判による再犯発生率を比べるなら、少年法の方が有効に働いているのである。つまり、適用年齢を引下げた場合、かえって若年成人の犯罪発生率は高まってしまう危険性が極めて高いのである。
4 現行少年法の実務 現行少年法であれば、18・19歳は少年であるとして、家庭裁判所調査官が、少年の資質、生育環境、非行傾向等を査定し、非行の原因を解明する。それだけではなく、少年にどのような教育的・福祉的・心理的・医療的処遇を行えば効果的かという処遇を見据えた調査とケースワークを行い、その結果を踏まえて、約10%が少年院収容、約30%が保護観察となり、それ以外の者についても、すべて家庭裁判所におけるケースワークに基づく教育的措置を受けている(前記の刑事裁判の実情と比較してほしい)。家庭裁判所調査官は総数1600名ほど、全国の少年事件の現場を担当する者はおよそ500名ほどであるが、極めて軽微な事件まで個別具体的に処遇している。
ここで重要なのは、少年法は、犯罪行為の大きさだけでなく、「再犯の可能性」を重視していることである。仮に非行(犯罪)が軽微であっても、環境や資質上の課題が多くあると認められるならば、少年の健全育成を目的とする身体拘束も可能とする、強制介入的な教育指導の処遇が課せられる。「刑罰に代えて教育を」という少年法の理念は、再犯防止を図る上でも極めて重要で、実態として、甘やかしではなく刑罰以上に厳しい面があると言ってよい。
また、問題性が深刻な保護者ほど少年を虐待し、突き放すだけに終始しがちといったことも少なくない。少年法は、家庭裁判所に対し、少年だけでなく、家族や事実上の監護者に対しても丁寧に働きかける権限を付与している(少年法第25条の2)。
これらが、刑事裁判と少年司法の決定的に違う点であり、現行少年法の再犯防止効果に繋がっていると考えられる。仮に、少年法適用年齢が引下げになった場合、18・19歳へのケースワークに基づく教育的措置など、きめ細かい処遇や保護者への働きかけは消滅せざるを得ない。繰り返すが、若年成人による犯罪発生率は高まる危険性がある。
5 現行少年法に基づく、ケースワークに基づく教育的措置や矯正・更生保護教育の後退 現在、家庭裁判所が扱う非行少年の約半数が18・19歳であり、少年院入院者の約半数が18・19歳である。そのため、少年法の適用年齢が引下げられると、家庭裁判所が取り扱う少年は半減し、家庭裁判所調査官による調査及び教育的措置(補導委託、試験観察、社会奉仕活動、講習等)のケースワーク機能が大きく後退・縮小せざるを得なくなる。少年院の収容少年数も半数に激減し、少年院教官と少年との間の信頼関係を基礎とする24時間態勢での矯正教育の効果が減少する。保護観察も同様である。
6 現行少年法の定める「ぐ犯」の消滅 少年法の適用年齢を引下げると、18・19歳には「ぐ犯」という犯罪予備軍を教育指導し、健全育成する制度が適用できなくなる。犯罪(非行)として立件するには至らなくても、家出中で歌舞伎町で売春行為をしている少女、やはり帰る家が無く暴力団事務所で電話をしている少年を、何の手当もせずに釈放し、社会に放り出してよいかという問題である。特に、現在、高度な情報社会になったにも関わらず、メディア・リテラシー教育は十分でなく、18・19歳は性非行(JKビジネス、リベンジポルノ、盗撮)や特殊詐欺事件等に手を染めやすくなっているのが実情である。そうした実情に対処するためにも、犯罪に及んだ場合はもちろん、「犯罪のおそれのある段階」で、国が教育指導し健全育成する制度が18・19歳に適用されなくなる弊害は相当重大と言わざるを得ない。
7 教育現場における問題 少年法の適用年齢の引下げは、教育現場にも悩ましい問題をもたらす。例えば、17歳と18歳の高校3年生同士の共犯事件の場合、いずれの生徒も環境や資質に問題を抱えているにも関わらず、一方だけを18歳だからとの理由で「教育より刑罰だ」と対処し、場合によっては前科者のレッテルを貼る結果になるのでは、不公平感が残るだけでなく、生徒達の成長を支える教育現場の責任を全うすることが困難になってしまう。17歳〜18歳は、少年非行が一番起こりやすい時期でもあり、そうした時期に、少年司法か刑事司法かという線引きがなされることが適切なのか、残念ながら法制審少年法・刑事法部会ではほとんど議論されていない。 (続く)
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