安倍首相退陣後の重要な機会となった今年の衆院選は自民党の勝利で終わり、野党共闘は政権を取れなかったばかりか、第一党の立憲民主党は議員を減らす結果となった。最近のインターネット政治時評を見ると、連合が共産党との共闘を嫌がっていることが指摘されていた。しかし、もう1つ挙げると、立憲民主党とれいわ新選組の間に存在している分断線も関係しているのではなかろうか。これは左派陣営が中道と極左に分断されていることを意味する。今回の選挙では表向きは立憲民主党とれいわ新選組は共闘関係に入ったが、未だ本当の意味での共闘に入り切れていないのではないだろうか。
このことはフランスの政界で2017年の大統領選と国民議会議員選挙でも顕在化したテーマだった。2012年に勝利した社会党のオランド大統領の時の左派の共闘からわずか5年で左派陣営が分裂してしまい、もはや二度と政権が取れない程に現在も低迷を続けてしまっている。来年のフランス大統領選でも左派陣営は統一大統領候補を擁する気配はなく、少数政党がそれぞれ候補を出して戦う、という最悪の事態に陥っている。
2022年はマクロン大統領への批判が極右に流れて、国民連合のマリーヌ・ルペン大統領がついに誕生か?と思いきや、ここに来て極右にも激震が走っている。それはTVコメンテーターとして知られた極右論客のエリック・ゼムールが2022年の大統領選に参戦することになり、第一回投票でだれに投票するかという世論調査でなんとマクロン大統領の次につけ、マリーヌ・ルペン候補を抜いてしまったことだ。この極右陣営の分裂で、マクロン大統領が再選される可能性が高くなった。
一方、昨年の米大統領選では民主党のバイデン候補が左派陣営をまとめて勝利した。2016年の大統領選における中道のヒラリー・クリントン候補陣営と極左のバーニー・サンダース候補陣営の分裂がトランプ候補の当選につながったことを反省し、中道と左派が手を結んだ結果だった。しかし、日本でもフランスでもアメリカのような左派陣営の大きな塊を作ることができていない。
日本の場合、根幹にあるのは非正規雇用者が40%にも達した結果、社会が分断され、そのことが左派においても非正規雇用者を重視した政策を重点に考える陣営と、正社員を中心に政策を考える陣営に分断されているのではないかと私には思われるのだ。日本最大の労組「連合」の問題はその象徴だ。そのことは立憲民主党と共産党の関係だけでなく、2017年の衆院選や2020年の都知事選ではれいわ新選組と立憲民主党の間に存在する分断線となって、野党共闘の亀裂となった。都知事選で山本太郎候補と宇都宮健司候補に割れた時、それを統一陣営に誰もまとめ上げることができなかったことも今回の野党共闘の伸び悩みの伏線にあると思える。その頃から両派の確執は毒々しい色を発していた。
左派の分断はフランスでもアメリカでも日本でも起きている普遍的な現象であり、その背後には冷戦終結後に先進国で進んだ雇用の分断がある。フランスにはボボとプロロという言葉がある。ボボは左翼だが、雇用が安定していて高収入、学歴も高い。プロロは左翼だが、労働者階級であり、生活水準はボボよりはるかに低い。ボボとプロロの分断はフランスの左派の分断線となっていると私は思う。左派は分断されていれば勝利することができない。特に二大政党制が確立できなかった日本ではアメリカよりもはるかに大きなハードルとして立ちはだかっている。左派の中道と極左の間には想像以上に深い亀裂があると見た方が良い。これは与野党間の距離よりも皮肉だがむしろはるかに大きな溝かもしれない。以下は、カリフォルニア大学バークレー校の社会学者、ジェローム・カラベル教授が2020年の大統領選の後に書いた一文の抜粋である。米国の貧しい地域が保守派陣営支持に転じている現状だ。
「意外なことに、米国で最も貧しい下院選挙区の地域群では2000年以後、共和党支持者が増えている。それらの地域では民主党よりも共和党に投票する可能性の方がはるかに高い。一方、全米で最も豊かな50地域のうち44地域で〜最もリッチな10地区ではすべて〜今では民主党議員が選出されている。民主党と共和党支持者における、この階層の逆転現象はドナルド・トランプがいなくなってもトランプ主義を再び生み出す肥沃な土壌となる。したがって民主党が弱い人々や取り残された人々を放置しておくなら、彼らの多くはますます共和党に傾斜していくだろう。共和党は彼らにすぐに使えるスケープゴートを与えるのだ。移民や、黒人、外国人、そしてその定義には問題のあるパワフルな『エリート』である」
これはフランスでもかつての社会党支持者やプロロたちが極右の国民連合支持に転じていた傾向と同じだろう。左派の中道と極左の間には「階級差」が存在しているのだ。それが反エリート主義となって、アメリカではトランプ大統領を誕生させ、フランスではマリーヌ・ルペンや極右政治家をメインストリームに押し上げている。左派の野党第一党から見放されたと思ったプロロたちが左派エリートへの怒りを増幅させ、極右支持に鞍替えするのである。
これを越えるためには、アメリカの2020年の大統領選挙でいかに左派陣営が一本化できたかは1つの参考になるだろう。2020年の民主党予備選の当初、中道のバイデン候補はかんばしくなく、極左のサンダース候補がトップを走っていた。2016年の中道のヒラリー・クリントン候補の時の敗北が響いていたからだ。ところが3月初頭の重要な「スーパーチューズデイ」でバイデン候補がサンダース候補に逆転して首位に躍り出た。その直前に民主党の重鎮が中道系の候補者をバイデン候補に一本化すべく介入していたのだった。その結果、ブタジェッジ候補らが降りてバイデン候補に中道派の票が集中することになった。私はその仕掛け人はオバマ元大統領ではないかと想像する。かつてならクリントン元大統領だったかもしれないが、昨年の選挙戦ではクリントン夫妻の影は薄かった。実はそのことは重要だったのだ。
その後、バイデン陣営は勢いに乗り、4月にはサンダース陣営を大きく引き離し、サンダース候補はついに選挙戦を降りる宣言をした。その際、バイデン候補とサンダース候補はインターネットでリモート対談を行った。有権者を前に、互いに協力し合う意志を伝えあい、敬意をもって相手に接する姿を見せたのだ。この時のサンダース候補は立派だったが、もっと目を見張ったのはバイデン候補の謙虚な姿だった。その後、驚いたことにバイデン候補は当初の「中道」のイメージを脱ぎ捨て、中道ではあるとしてもサンダース候補陣営の政治的要求を少なからず受け入れ、政治家として大きく成長したように私には感じられた。70代後半の人にそんなことを言うのは失礼かもしれないが、政治家は80間近の人であっても変わろうとする意志さえあれば変われるのだ。こうして左派は大きな塊を作ることに成功し、接戦ではあったがトランプ候補に勝利した。トランプ候補が過去になく共和党候補で票を集めたことを考えると、この左派の統一がなければ不可能な勝利だった。
バイデン候補とサンダース候補の間の提携はフランスでも日本でも模範になるだろう。過去に相手陣営を叩き合っていたとしても、4月のバイデン氏とサンダース氏の対談のように、協力するための姿勢を政治リーダーが見せることである。ただ、そこに真意があることが見えなくては効果はない。そういう姿をリーダーたちが見せなければ左派候補は勝てないだろう。
※バーニー・サンダースとバイデン候補のオンライン対談(2020年4月)
https://www.c-span.org/video/?471177-1/senator-bernie-sanders-endorses-joe-biden-president
■ジェローム・カラベル(米社会学者)「トランプ主義は生き残る」 〜アメリカの民主党と共和党の支持層の逆転現象〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202105090128010
■「Democratic Debacle 民主党の敗北」The defeat of Hillary Clinton was a consequence of a political crisis with roots extending back to 1964. ヒラリー・クリントンの敗北の根っこは1964年に遡る ジェローム・カラベル(社会学)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202002290302266
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