今年、ロシアへの経済制裁の関係でエネルギー価格が高騰したため、エネルギー価格を安定させるべく、今年7月にバイデン大統領がサウジアラビアを訪問しました。その際、皇太子のモハマド・ビン・サルマン(通称MBS)とグータッチをした瞬間がメディアで全世界に拡散されました。MBSは2018年にトルコのサウジアラビア総領事館内でジャーナリストのジャマル・カショーギ記者が殺された事件の黒幕と指弾されていた人物で、人権外交を旨とするはずのバイデン大統領自身も非難していました。バイデン大統領は現地で記者団から厳しい質問を浴びせられ、「MBSと対談するために来たのではない」と答えました。
ところが、今日のニューヨークタイムズでは、米側が約束されたと思っていたサウジの石油の増産は裏切られたという旨の記事を掲げていました。「U.S.thought it had secret oil deal with the Saudis」(米政府はサウジと石油に関する秘密協定が成り立っていたと思っていた)と題するものです。サウジがロシアと組んで、産油国に対して1日当たり200万バレルを減産するように誘導したと書かれています。今年の11月に中間選挙を迎える民主党のバイデン政権としては裏切られたというものです。インフレを少しでも鎮静化して選挙を有利に進めたい思惑が逆になったのです。
ジェトロの9月下旬のレポートによると、「バイデン米政権、石油戦略備蓄から1,000万バレル放出、放出予定量の9割以上を消化」という見出し通り、ガソリン価格の高騰を防ぐべく備蓄を放出した結果、備蓄が少なくなってしまったとのこと。「米国のSPR(※石油戦略備蓄)は、累次の市場放出により約4億3,410万バレルにまで減少し、1984年10月以来の低水準となっている。バイデン政権は、2023年度以降のSPR積み増しのため、5月5日に原油を買い戻す長期計画を発表しており、今秋ごろから原油市場の状況に応じて6,000万バレルを買い戻す予定だ。」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/09/aba239b3d63dad76.html 米公共放送PBSが2019年に製作した「Frontline」という枠でMBSをジャーナリスト(マーチン・スミス)が追いかけた「The Crown Prince of Saudi Arabia」は、3年後の今日見ても十分に興味深いものがあります。というのも、MBSは復活したばかりか、ますますサウジで存在感を増してきたからです。これは約2時間もボリュームがあり、単に猟奇的な殺人事件を扱う、というものではなく、サウジアラビアにおいてMBSの存在がどのような意味を持っていたのかを追及しており、そこからカショーギ記者の殺害の理由も浮き上がってくるのです。特に、私が発見したと思ったのはMBSがトランプ政権と強いパイプを作ろうとしていた時に、カショーギ記者が米国から中東の産油国に向けて、トランプ政権との関係強化に疑問をさしはさんでいたくだりでした。これがMBSの逆鱗に触れたのではないか、と推察させられるくだりでした。いずれにしても、カショーギ記者の変化とMBSの変化がともに描かれており、非常に興味深い番組でした。
マーチン・スミス記者は、プロデューサーでもあり、ディレクターでもあり、PBS以外でも全国放送の番組を手がけてきたようです。カショーギ記者が未だサウジ政府のインサイダーで、イランとサウジの代理的戦争であるイエメン内戦に関してサウジ政府を正当化するコメントをしている時期から、スミス記者は映像を撮りためていて、それがこのドキュメンタリーを優れたものにしています。
The Crown Prince of Saudi Arabia (full documentary) | FRONTLINE
https://www.youtube.com/watch?v=5IBa88VkM6g
|