私は昨年、ニューヨークタイムズの電子版に切り替え、もはや紙版の配達を受けなくなりました。講読費が劇的に下がりましたし、過去の記事にもアクセスでき、さらには読み終えた新聞が堆積して場所をふさいだり、処分の手間がかかったり・・・ということもなくなりました。ただし、電子版の読者になると、新聞全体の構成、レイアウトというものが以前より見えにくくなった気がします。あまりにも一瞬に読みたい記事に飛べるので、新聞をめくっていくような作業がないのです。
紙版で読んでいた時、最後のページには写真入りの世界の旅行記事やグルメ記事が並んでいて、ビジネスパーソンにとっては週末やバカンスの愉しみを喚起してくれるものだったのを記憶しています。これは当時の愉しみでしたが、今もグルメ記事はありますし、それと並んで、別額の料金制で記事と連動した詳細なレシピのコーナーも生まれました。私は、レシピのコーナーも購読で追加するか、まだ迷っていますが、毎回、垂涎の料理が美しく迫力のある写真とともに登場します。
※食に関する記事のページ
https://www.nytimes.com/section/food ※食の特集サイト
https://cooking.nytimes.com/ これは推測ですが、女性の社会進出に伴う女性読者の増加とか、あるいは男性ビジネスマンが料理を作るようになったといった変化に関係があるのではないでしょうか、ニューヨークタイムズが食の情報に、かなり力を入れていることがわかります。そして、食事と旅を組み合わせた欄は、一種の現代の夢を与えてくれるページになっています。日本では、こうした記事は新聞の真ん中あたりのいわゆる「家庭欄」というコーナーで、主婦の人々が伝統的に読んできた地味な欄だったと思います。しかし、ニューヨークタイムズは最も目を引く最後のページに食のコーナーを設け、詳細なレシピも希望者は読めるようになっています。そして旅と連動してエスニック料理が魅力の柱の1つになっています。ぼんやりとした日常の空気に、彩を与えてくれるページになっていると思います。
ニューヨークタイムズは今年有料購読者数が予定より3年前倒しで1000万人を突破したそうです(※)。さらに、5年後には1500万人まで増やす計画だそうです。すごいですね。かつて紙の新聞だった時に購読者減で苦しんでいたのが嘘のようです。ニューヨークタイムズは当初、無料で読み放題を数年世界の人々に続け、まずはその魅力を味わってもらうことに徹していました。次に月間何本までという風に無料購読を制限し、有料化にシフトして読者に講読契約を促すようになりました。とはいえ、講読契約後も最初の1年間は1週間0.5ドル、月間2ドル程度(300円弱程度)の大割引だったので、購読への心理的障壁が低いのが特徴です。さらに1年後からフル料金になったとしても、週2ドルで月間8ドル前後(為替で変動するものの1000円+&)と日本の大手新聞のデジタル版に比べても基本的に割安感があります。
このようにニューヨークタイムズは長期的な見通しのもとに立って戦略的にビジネスを展開し、勝利しつつあります。とはいえ、ニューヨークタイムズは2005年ごろは真っ青だったと言っても過言ではありません。ブッシュ大統領のイラク戦争に追随するような記事やコラムを掲載し(サダム・フセインの核兵器作成に関する誤報も含め)、読者の中にはもはやニューヨークタイムズはジャーナリズムとは言えない、とばかりに見限る人もいました。その頃、政府に忖度した大手新聞を拒否する人々が生み出したのが電子版のハフィントンポスト(2005年創刊)だったことは記憶に新しいものです。これは今の日本の大手新聞が置かれている状況とよく似ていると私は思います。安倍政権時代の首相とのたびたびの会食、アベノミクスへの提灯記事、政府記者会見の一方的な垂れ流し、安倍首相暗殺の翌日の金太郎飴的な見出しなど、有料読者の疑問に対して大手新聞が誠実に答えたことがあったでしょうか。政権と同じで、頑なに市民に対する真摯な回答を拒んでいる印象を受けます。政治とジャーナリズムという隔絶した職業ながら、彼らの市民に対する態度はよく似ているのです。私の見方では読者から強い反対の声がありながら、首相との会食を繰り返してきたことで、読者との信頼関係が根本からなくなったのだと思います。
ニューヨークタイムズは、しかし、誤報に対する検証を行い、政府を忖度する新聞という評価を変えるために努力せざるを得ませんでした。それがトランプ大統領との戦争とも言える激しい闘争となって2016年以後、噴出します。ニューヨークタイムズが発展している理由は、確かに経営陣の見通しの正しさや、ジェンダーへの正しい対処などが関係していますが、最も肝心なところは政府の権力と一線を画し、ジャーナリズムの核を維持する努力を続けているところにあります。日本の大手新聞は、グローバリゼーションの帰結として、今後ますます世界の新聞との競争が強いられていくはずです。日本の大手紙新聞1紙の購読料があれば、欧米主要紙のデジタル版が2つ3つ読める時代です。ライバルが外国の新聞では日本の国内記事は扱えないだろう・・・と日本の新聞経営者は考えるかもしれませんが、ビジネスになれば何でも扱うのがグローバル時代であり、日本の読者の期待に既存の新聞が答えられていなければそこにビジネスチャンスがあります。ノウハウのある海外のメディアが日本の事が書ける人を新聞社などからスカウトして、新しいウェブ媒体を日本で立ち上げる可能性もあります。日本の情報だけでなく、中国・台湾・香港や朝鮮半島などの情報を日本で集めて、欧米やインドなどの本国のメディアに精度の高い東アジアの情報を還流させることもできるのです。
※米紙NYタイムズ、有料購読者1000万人目標を予定より3年早く達成(ロイター)
https://jp.reuters.com/article/new-york-times-results-idJPKBN2K728I
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