(2023年2月17日) イスラエル・ネタニヤフ政権の「司法制度改革案」が政権を揺るがす政治問題となっている。1月以来、波状的に10万人規模の市民のデモが街頭に溢れているという。三権分立の崩壊を懸念し、「民主主義を守れ」というスローガンが叫ばれている。
市民の憤りの対象となっている「ネタニヤフ流・司法制度改革」の問題点は二つ。その一は「最高裁の判断を国会が多数決で覆すことができる」という三権分立の根幹に関わる制度「改革」案。そしてもう一つは、「裁判官の任命人事への政府の関与の拡大」だという。任命時からの裁判官統制で、司法を骨抜きにしようという魂胆。
政権側は、「裁判所は民主的な組織ではない。改革案こそが民主主義の精神に合致したもの」という。言わば、三権分立を崩壊させて、ときの政権の独裁を図ろうというもの。これを「民主主義」の名のもとに断行しようというのだ。なるほど、市民が「三権分立を守れ」「民主主義を守れ」と立ち上がらざるを得ない事態である。
ネタニヤフ首相は「権力のバランスを回復する」と主張している。2022年11月の総選挙で勝利したことで、改革が有権者の信任を得ているとも訴えた。あからさまに、「国民に選ばれていない司法が力を持ちすぎている」として、最高裁による法律審査の権限を制限するというのだ。これでは、「ときの政権が絶対的な力を持ち、独裁国家になりかねない」との批判を免れない。ヒトラーの手法に似ているではないか。
もちろん、この司法改革案には、政治的な動機がある。22年12月末に新たな連立政権を発足させたばかりのネタニヤフだが、収賄罪などで19年に起訴され公判中の身である。自身の有罪判決を避けるため司法の力を弱めようとしているとの臆測がくすぶる。安倍晋三が夢みた忖度司法を、ネタニヤフも望んでいる。
それだけでなく、政権と司法の緊張をいっそう高めたのが、閣僚罷免要求事件である。最高裁は1月18日、連立与党のユダヤ教政党「シャス」の党首アリエ・デリの内相兼保健相への任命が「著しく不当」とし、ネタニヤフ政権に罷免を命じた。
脱税の罪に問われたデリは22年1月、執行猶予つきの有罪判決を司法取引で受け入れた。イスラエル基本法(憲法に相当)は、有罪判決から7年間は閣僚になれないと定める。ところがネタニヤフ支持派は政権発足の直前、執行猶予つきの場合は就任できるよう国会で基本法を改正したという。
このあたりの手続の詳細はよく分からないが、デリを閣内に取り込み、連立政権を樹立するためのお手盛りとの批判は強く、最高裁の決定に至った。ネタニヤフは同月22日、止むなくデリ氏を罷免したが、連立政権運営は顕著に難しくなった。そこで、国会の議決で最高裁の決定を覆す制度「改革」を、ということなのだという。
この改革に危機感を募らせているのは、野党や法曹だけではないという。まず、地元経済界からも懸念の声が上がっているそうだ。イスラエルはIT(情報技術)などの新興企業が勃興し投資資金を集めてきたが、「知的財産や資産の保護は司法が独立した国でこそ可能だ」「国のビジネス拠点の地位に取り返しのつかない影響を与える」という声が上がっているという。
また、「政権は『ユダヤ人優位』の国家を目指し、アラブ人ら少数派を排除しようとしている。そのため、少数派の権利を守り、民主主義の基盤となってきた司法を弱めようとしているのだ」という、司法擁護論も根強いという。
司法が、真に市民のために役に立つものとなっているとの信頼と評価があれば、司法の権威を貶めようという、司法「改革」には、市民が反対運動に立ち上がることになる。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2023.2.17より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=20836
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/ 〔opinion12827:230218〕
ちきゅう座から転載
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